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終幕2

 そうして姿を現してみるも、やはり相対してみても相手が弱いのが解るだけ。
 予想ではもっと成長しているはずだったのだが。そうは思うが、目の前のモノが現実である。なので、めいは少しだけ予定を変更する事にした。

(直ぐに来てくれればいいのですが)

 魔力を外に漏らしたので、気づく分には直ぐだろう。しかし、それからやってくるまでにはどれぐらいの時間が掛かるのか。めいはそれを頭の中で計算していく。

(あちらも思ったよりは育ってなかったですからね。やはり基準が間違っていたのでしょうか?)

 めいはここに来る前、対象やその周辺が成長しているのを観測していた。それも予想以上の速度で成長していたので、それに合わせて新たな基準を設けることにしたのだった。
 その基準として選んだのが、めいの中で最も脅威となった成長速度の持ち主。それはソシオである。
 しかし、ソシオの成長速度は異常なものだったので、基準としては相応しくなかった。おかげで、現在予測を大きく下回る結果になったのだった。
 その結果に、やはり妨害されていると観測は難しいものだと、めいは自身の未熟さを痛感する。もっとも、おかげで侵攻は非常に楽なものにはなったのだが。
 とりあえず適当な事を言って時間を稼ぎつつ、相手を試してみたりもする。

(退屈ですね・・・)

 とはいえ、それも退屈な結果しか出てこない。唯一、名乗っても相手が覚えていなかった事だけは喜ばしかったが。

(有象無象に覚えてもらう必要はありませんからね)

 めいにとって、オーガストが付けた名は宝である。それだけに、めいという名前に関しては気安く呼ばれるのを好まない。必要な時は名乗りはするが、本心ではオーガスト以外には覚えていてほしくはなかった。
 それからも話をしながら時間を稼ぐ。
 一応従属か死か、それを問うてみる。ここで相手が従属を選んだとしても、それはそれでいいかとは思っていたが。その時はきちんと受け入れてやるつもりではあった。
 逆に死を、つまりは戦いを望むのであれば、それを叶える気でいる。元々戦いに来ているのだから当然かもしれないが。その時は手加減する気はない。といっても、死を与えて一瞬で終わらせる。などとというつまらない事はしないが。
 だが、中々相手が選択しようとしない。めいとしては時間稼ぎは都合がいいので気にしないが、それでも退屈だとは内心で思う。
 それからも会話をしていくと、やっと撒いた餌に獲物が引っかかる。自身の領域だというのに随分時間が掛かったものだと思うが、地上での戦力的差を考えれば早い方なのかもしれない。
 むしろ一人抜けた事で均衡が崩れる恐れがあるだろう。もっとも、大将同士が顔を合わせている時点でそんな事も言っていられないのだろうが。
 そうしてやっとこさ姿を現したのは、一体の人形。その中身は妖精で、実力はかなり高い。標的との間に現れたそれを、めいは改めて観察する。

(人形の部分が完全に人に変化しつつありますね。まぁ、それでもまだ生き物とは呼べませんが。中身もまだ妖精の範疇。この二つがその範囲を完全に逸脱すれば面白くはあったでしょうが)

 相対して観察してみても、やはりこちらも成長が予想を下回っている。それでも標的よりは成長しているようだ。そこまで考えたところで、それにしてもとめいは考える。

(旧時代の遺産を一部取り込んでおきながら、何故こうも成長が鈍いのか・・・?)

 それについては疑問であった。新たに別世界の理を操れているので何とか恰好はつくが、それがなければめいの前に立つ事さえ許されなかっただろう。もっとも、その理もその理でおかしいのだが。

(一体基となっている理はどれだけの世界の理から成り立っているのか。それでいてしっかりと組み上がっている)

 不思議な均衡によって成り立っている理にめいは感嘆する。それほどの代物なだけに、それを構築したのが誰かなど直ぐに解った。

(流石は我が君。こうして私の為に道を築いてくださるとは、それだけで天にも昇る気持ちです)

 オーガストの真意が何処にあるのか、それは不明ではあるが、めいは自身の為だと解釈して歓喜する。といっても、現在の状況から表には出さないが。
 後はその理を自身でも取り込んでみたいと思い、めいはどうすればいいかと思案し、相手を挑発してみることにした。戦えばその理を基にした魔法を相手が使用するだろうと考えて。
 とはいえ、標的を観察していた間にそれもある程度は既に解析済みなのだが。なので、本来であれば必要のない行為。だが、それはそれとして、愛する者が構築した理というモノを一度その身で受けてみたいと思ってしまったのも、また事実なのであった。不満があるとすれば、それがまだ未完成という事か。

「ふふふ。随分と来るのが遅かったですね。それほどに苦戦していたのですか? それでは護るべき相手を護れませんよ?」

 そんな事を考えていたからか、思わず艶のある微笑みを浮かべて、めいは闖入者に声を掛けた。





「ふふふ。随分と来るのが遅かったですね。それほどに苦戦していたのですか? それでは護るべき相手を護れませんよ?」

 現れたプラタに対して死の支配者はそう言うと、妖しい笑みを浮かべた。それを受けてプラタは少しムッとしたのか、微かに魔力が揺らいだような気がする。
 何にせよ、更に緊張感が高まったと思う。どうなるのかとハラハラしつつ、どうすればいいのかと思考を回転させていく。
 先程死の支配者は、降伏するのか抗うのかを選べと問うてきた。それに対して、ボクは明確な答えを出せずにいた。今も悩んでいる最中である。
 降伏すればどうなるのか、抗うとどうなるのか。それ以前に勝てるのかどうか、だろうか。
 個人的な見立てだと、まず勝てない。死の支配者を前にして直ぐにそう思えた。明らかに強さの次元が違う。そう感じるだけの圧迫感は、プラタを間に挟んだ今でも感じている。いや、そもそも勝てるかどうか考える事自体が愚かしいのかもしれない。死は恐怖でなければならない。その言葉通りの恐ろしさだ。
 では、何故直ぐに降伏しないのかだが、それはどうしても降伏した後の事を考えてしまうから。今まで死の支配者と敵対して敗れた者達の中に生き残りは居ない。例外なく国ごと消されている。
 なので、降伏も躊躇ってしまう。どちらにしろ滅ぼされるのであれば、最期まで戦ってもいいのかもしれない。そう考えてもいるのだ。国ごと亡ぼされた中には、降伏した者だって居ただろう。
 それに、自分では勝てずとも、プラタ達なら何とかなるかもしれないという思いもある。もしくは力を合わせればもしかして、とも。
 まあその辺りは、ボクがプラタ達の実力を正確に把握していないのが原因だが。

「それで、こうして目の前に現れてどうします? 戦うというのであれば相手をしますよ。場所もそちらに選ばせてあげましょう」
「・・・そうですね」

 死の支配者の問いに、プラタは死の支配者へと鋭い視線を向けたまま思案する。その間、死の支配者はそんな様子を愉快げに微笑んで眺めているだけ。
 その様子は不気味ではあるが、それだけの実力があるのだから納得も出来る。おそらくどんな行動をされても対処出来るだけの自信があるのだろう。羨ましいものだ。
 ボクもそんな自信が欲しいものだが、これは今考えることではないな。
 とりあえず降伏するかどうかだが、プラタの返答次第といったところ。一応しない方針でいくつもりではあるが、さてどうするのか。
 次にどうやって戦うかだが・・・これはどうしたものか。正直、何をやっても通じそうにない気がするんだよな。うーん。
 折角適応が終わったのだから試してみたい気持ちはあるのだが、それの全力でもかすり傷でも負わせられれば上々のような気もしている。なんというか、想像以上に死の支配者というのは強かったらしい。いや、まだ確定ではないだろうが。

「では、ここでは狭いので外でどうでしょうか? 可能でしたらジュライ連邦から離れた場所が望ましいのですが」
「ええ、構いませんよ。なんでしたら侵攻も一時的に止めておきましょう。そうすれば、そちらは気兼ねなく戦力を集められるでしょうから」
「・・・・・・」
「無論、そちらの主力が居ない間に攻めるなんてつまらない真似はしませんよ。抵抗するのでしたら包囲を解くつもりはありませんが、私との戦いの間は下がらせはしましょう。まぁ、これを信じるかどうかの判断はそちらにお任せしますが」

 そう言って嫣然とする死の支配者に、プラタは視線を固定したまま再び考えこむように口を閉じる。

「ああそれと、戦う場所に希望はありますか? 平地とか山岳地帯とか何か希望があれば言ってください。場所の指定でもいいですよ。あまり変な場所は困りますが」

 考え込むプラタへと、死の支配者はそう付け加える。こちらの希望通りの戦場で戦っても勝てると思っているのだろう。やはりかなり警戒しないといけないようだ。

「・・・では、少し前にそちら側とソシオさまが戦われた辺りでは如何でしょうか?」
「そうですね・・・現在あの辺りはあれの領域ではありますが、あちらはもう興味もないでしょうからいいでしょう。人形の方もおそらく傍観しているだけでしょうし」
「それでは、そこで」
「いいですよ。しかしまぁ、もう少し離れた場所でもいいのですが?」
「いえ、離れ過ぎても困りますから」
「そうですか」

 プラタの返答に、女性は肩を竦めるような動きを見せた。プラタの返答は、死の支配者を信用していないという事だからな。あまり遠いと、いざという時に間に合わないか気づけないから。

「では、私は先に向かっておきましょう。部隊の方も下がらせますのでご心配なく」

 そう言って意味ありげに微笑んだ後、死の支配者は姿を消す。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 死の支配者が姿を消した後も、ボク達は暫く警戒して動けずにその場で固まる。しかし、本当に死の支配者が居なくなったのだと分かると、ボク達は少し警戒を緩める。それで思わずほっと息を吐き出してしまった。
 このまま倒れてしまいたいぐらいに疲れたが、まだ何も始まっていないに等しい。本番はこれからだろう。

「・・・地上の方は大丈夫?」
「はい。先程の死の支配者が口にした言葉通り、敵の部隊は退いたようです。しかし、それまでに受けた損傷がありますので、今はそれの回復に当てたいと存じます」
「そっか」

 今のところは死の支配者の言葉通りの動きを相手はしている。この先も約束を守ってくれるのかはまだなんとも言えないが、とりあえず今は大丈夫らしい。プラタが抜けたので心配ではあったが、なんとか凌げたらしい。

「申し訳ありません。私がもっとしっかりしていればこんな事には・・・」

 振り返ったプラタは深々と頭を下げると、そのままの状態でそう口にする。プラタが気にしている部分については理解しているつもりだ。ここの安全性についてはプラタが色々と手を加える事で担っていたのだから、ここに死の支配者の侵入を易々と許したという事に責任を感じているのだろう。
 しかし、個人的にはあれはしょうがないとも思っている。死の支配者を目の前にしたから解るが、あれだけの存在の侵入を防ぐというのは不可能なのではないだろうか。死の支配者も、この世界であれば何処へでも行けると言っていたし。
 なので、正直謝られるほどの事ではないと思ってはいるのだが、プラタの性格を考えれば、そうもいかないのだろう。どんな理由にせよ、侵入を許した事には変わりないのだから。
 かといって、責める事も出来ない。ボクも死の支配者が出てくるまでは気づかなかった訳だし。それでも何かしらの罰は必要なのかもしれないが・・・そうだな、それならばここは。

「うーん、あれはしょうがなかったとは思うけれど、それでも贖罪を求めるのであれば、これから向かう戦いで頑張ってくれればいいよ。死の支配者は強いから、無理そうなら逃げてもいいし・・・逃げ場所はないだろうけれど」
「畏まりました」

 死の支配者はこの世界であれば何処へでも行けると言っていた。それはつまり、この世界であれば、何処ででも把握出来てしまうという事に他ならないだろう。
 そんな相手に逃げるというのは不可能だ。他の世界に行くという方法は全く分からないし。というか、他の世界というのは在るのだろうか? いや、おそらく兄さんがその外の世界に行っているのだろう。だからこの世界で見つけられないという事か。もっとも、だとしても行き方は知らないのだけれど。
 つまりは、逃走は不可能という事。倒すか倒されるかしかない訳だ。分かりやすいが、結果も分かりやすい気もしている。
 ・・・いや、まだ分からないか。もしかしたら、もしかするかもしれない訳だし、希望は捨てないでおこう。こんな時こそソシオが居てくれたらと思わないでもない。仮に居ても何か助けてくれるとは限らないが。
 とりあえずやる事は変わらないし、罰はこんなものでいいだろう。張り切りすぎてしまわないように、文字通りに逃げ道も用意しておいたし。あまり意味はないだろうけれど。

「それで、誰を連れていくか決めた?」
「シトリー・フェン・セルパンでよいのではないかと」
「まぁ、他に居ないからね」

 現在のタシの実力は知らないが、報告を聞く限り、地上での戦いではプラタ達が複数体相手取っていたのに対して、タシは単体相手でギリギリだった感じだからな。成長しても強さはまだまだ足りていないようだ。
 オクト達も成長したと言っても、タシとあまり変わらないような気がするからな。セフィラの巨大ロボというのが気にはなるが、今は必要ないので措いておこう。幾ら活躍していたと言っても、プラタ達並みに強いとは思えないし。
 という訳で、プラタ達四人にボクを加えた五人で死の支配者に挑むといった感じか。連携とか今までほとんど行っていないから不安はあるが、それでも集められる戦力としてはこれ以上はないだろう。他は足手まといにしかならないだろうし。ボクも人の事は言えないが。

「各自へと連絡は済ませてあります。休憩も十分との事です」
「そっか。ありがとう」

 ボクの方もそこまで魔力が減っていないので休憩は必要ないし、まずは皆のところに合流しないとな。地上の様子も確認しておきたいし。
 そのことをプラタに伝えたところで、プラタの転移魔法で地上へと飛んだ。到着したのは、前線のやや後方に設けられている休憩所。本格的な怪我の治療所は隣の建物なので、三人は大きな怪我をしている訳ではないのだろう。
 周囲を見回してみるも、負傷者の数は少ない。やはりプラタ達を主軸に戦ったからだろうか? 何にせよ、負傷者が少ないのはいい事だ。
 そう思いながら、簡易の建物内に入る。簡易といっても、元々戦いの際に使用する目的で建てていた小屋なので、治療に必要な道具はほとんど揃っていた。
 中は広いだけの部屋で、誰も居ない。と思ったのだが、奥の部屋に反応があった。どうやら治療をしている最中のようだ。なので、邪魔しないようにそっと近づいていく。
 この簡易の建物は休憩の為や軽症者の治療の為といった隣の建物の補助が目的ではあるが、それとは別に倉庫でもあった。といっても、中身はほとんどが薬やら包帯やら担架やらと治療関係なので、やはり隣の補助が一番の目的か。
 因みに、薬といっても傷薬などの手に入りやすい部類のものだけで、貴重な薬は隣の方で厳重に保管されている。
 奥の部屋に近づくと、何やら話し声が聞こえてきた。扉がしっかりと閉まっているので内容までは分からないが、聞き覚えのある声のような気がする。
 プラタと共に扉の前まで来ると、プラタは扉を軽く叩いて数秒してから開ける。特に中から返事もなかったが、ここは誰かの部屋という訳でもないからいいのだろう。
 プラタに続いて部屋の中に入ると、中にはオクトとティファレトさんが居た。何だか意外な組み合わせだ。少し離れた場所にはシトリーが椅子に腰掛けている。
 奥に在るこの部屋はここでの治療に使われるので広く、寝床が二つに机が一つ在った。そして、部屋の隅には椅子が山のように積まれている。
 後は棚が幾つか置いてあるが、どれも鍵付きの薬品棚だ。他にも休む為の部屋はあるが、治療をするのは大体この部屋らしい。事前にプラタに聞いた話では、倉庫になっている以外の他の部屋は寝床が置いてあるだけか、椅子が置いてあるだけの休憩部屋らしく、そこには包帯ぐらいしか置かれていないとのこと。
 何にせよ、ここは治療するのが主な目的の部屋。まぁ、軽傷ぐらいしか扱えないが。
 そんな部屋に居るのだからオクトは怪我をしているのだろうかと思ったのだが、見た感じそんな様子は無い。包帯を巻いているとかも無いし、元気そのものといった感じ。
 ティファレトさんは機械なので人の治療は必要ないし、シトリーも魔物なので不要だろう。では、ここで何をと思ったところで、シトリーが立ち上がって、足早にこちらへとやって来る。

「いらっしゃ~い、ジュライ様!」

 余程暇だったのか、こちらにやって来るその表情は満面の笑みである。
 近づいてきたシトリーの後ろでは、ティファレトさんが立ち上がってお辞儀をした。それに倣うようにオクトも立ち上がってお辞儀する。成長しているとはいえ、昔を思い出してその光景が何だか妙におかしく思えた。

「シトリー、無事でよかったよ」

 二人に軽く会釈を返した後、近くまで来たシトリーに声を掛ける。

「二人も無事で安心したよ。協力してくれてありがとう」

 シトリーから視線をティファレトさんとオクトの方に向けて声を掛ける。報告によればオクト達も活躍したらしいし、ティファレトさんというか、セフィラの巨大ロボとかいうやつが特に活躍したらしいからな。お礼ぐらいは言うべきだろう。まぁ、まだ終わってはいないのだが。

「お礼を言われるほどでの事は」
「そうだよ。私達だってこの国に住んでいる訳だし、手伝うのは当然、当然!」
「はい。それに、セフィラさんの成果の実証も出来ましたので、むしろこちらが感謝しなければならないでしょう」
「ああそういえば、巨大ロボとかいうのが活躍したとか」

 ちょうどいいので、その巨大ロボというものについて質問してみる。いまいちよく分からなかったところだし。

「あれは凄かったですね!」

 ボクの問いに、オクトがティファレトさんに興奮したようにそう声を掛ける。

「ありがとうございます。セフィラさんも喜ぶでしょう」
「うんうん。迫力も凄かったですからね。何より強い!!」
「大きいというだけで力ですからね」
「あんなに大きいのに動いていて凄かったです!」
「えっと・・・」

 何だか二人で盛り上がり始めた。それだけ活躍したという事か。ティファレトさんはセフィラの成果が褒められて嬉しいのだろう。
 それからも二人で話していたので、視線を下に向ける。そこには、シトリーがうんうんと頷いている姿があった。

「それで、その巨大ロボってどんなのだったの?」

 二人の話の邪魔をするのも悪いかなと思ったので、活躍していたところを目撃したであろうシトリーに相手を変えて問い掛けてみる。

「うーんと、大きな人? 人造の巨人かな~?」
「人造の巨人?」
「うん。実在の巨人よりは動きが遅かったけれど、多分体重は本物の巨人よりもかなり重かったと思うよ~。少し中っただけで敵の部隊が吹き飛んでたもん!」
「へぇー、それは凄い」
「まぁ、雑魚専門だけれどもね~。仮に速度があっても、積極的に攻めてきていた敵の主力はあれぐらいなら回避出来るし、仮に命中しても重いだけの攻撃なんて多分大して効かなかったと思うよ~」
「そうなのか」
「うん。でも、役には立ったよ。雑兵は数だけは多いからね~」

 ため息をつくようにシトリーはそう零す。確かに数が多いと面倒だからね。死の支配者の軍はただでさえ数がかなり多いのだから厄介なものだ。

「それで、何か用があったの~?」

 そこでシトリーは思い出したようにそう尋ねてくる。敵が退いたから、というのもあるのかもしれないが、わざわざここに来た事でシトリーも何か用事があると思ったのだろう。
 そのシトリーの問いにはプラタが答える。これから死の支配者と戦うので、戦力としてシトリーとフェンとセルパンを連れて行く為に探していたのだという事を。
 それを聞いたシトリーは、ほぅと感心したような呆れたような声を出してこちらを見上げてくる。その瞳が、本当かどうか訊いているような気がして、本当だと頷いておく。

「ほぅほぅ。そんな事になっていたんだねぇ・・・ん~、無謀じゃない?」

 頬に人指し指を当てて首を傾げるシトリー。その懸念は妥当だろう。ボクもそう思うから。

「そうですね。しかし他に選択肢もありませんから」
「ん~・・・大人しく降伏するのは?」
「その先はどうなります?」
「案外普通に受け入れたりするかもよ~?」
「普通に受け入れなかった場合は?」
「はっは~、その場合はどっちみち終わりだと思うよ~?」
「同じなら挑んでみてもいいでしょう」

 プラタの言葉に、シトリーは軽く肩を竦める。

「ま、それはそれでいいけれど。それで? フェンとセルパンにはもうこの話はしたの?」
「いえ。貴女が最初ですね」
「そっか~。それじゃあ早く行こう~! 時間もそんなにないだろうし」

 そう言うと、元気に片手を上げるシトリー。プラタも「そうですね」 と頷いて二人は部屋を出ていく。
 既に別の話題になっているとはいえ、未だに会話に花が咲いているオクトとティファレトさんに一声掛けた後、二人の後を追って部屋を出た。その様子は、敵が退いているとはいえ、ここが前線に近いとは思えなかった。まぁ、あれぐらいがちょうどいいのだろう。張り詰めすぎていてもしょうがない。
 簡易の建物を出ると、今度は別の建物へと移動する。移動といっても徒歩ではなく転移だ。移動に時間を掛けたくないのだろう。それかそれだけ遠いのか。
 プラタの転移でシトリーと共に到着したのは、見慣れない塔の前。
 周囲を見回してみると近くにジュライ連邦を囲む防壁が見えるので、ジュライ連邦から然程離れていない場所らしい。しかし、平地だというのに先程まで居た建物が確認出来ないので、結構移動したらしい。
 ここは何処だろうかと思い、頭上の太陽の位置と時間を確認する。その結果、方角自体が違うようだ。先程がジュライ連邦の東側だったが、この場所は北側らしい。戦場はジュライ連邦の外縁全域だったからな。
 そうして現在地の大まかな場所の確認を終えた後、目の前の塔を見上げる。
 感想を一言で言えば、頑丈そうだろうか。おそらくかなり高い塔ではあるのだろうが、上の部分は魔法で見えなくしているようで、どれぐらい高いのかは分からない。おかげでパッと見は、少し背の高い円形の建物だ。
 遠目には判りにくいように隠蔽されているようだが、こうして目の前にすればかなりの防御魔法が何重にも張られているのが解る。それだけ重要な建物という事だろう。単なる物見櫓ではないようだな。
 プラタを先頭に、その塔の中に入っていく。入り口の扉は普通の木製の扉で、こちらには何の魔法も掛かっていないようだ。
 塔の中はひんやりとしていて暗い。見た限り窓は無いらしく、光源は入り口で頼りなげに光を放っている照明の魔法道具のみ。
 玄関扉を挟むように上部に一つずつ設置されているそれだが、光量が乏しいので扉付近しか照らせていない。その弱弱しい明かりのせいで、逆に周囲が見えなくなっている。
 そんな中でも問題ないプラタは、塔の奥の方へと進んでいく。その後をシトリーとボクが並んで付いていく。外観は狭そうだったが、道幅は広いようだ。その分部屋が狭いのかも。
 塔自体にそこまで奥行きがなかったので、通路の終わりは直ぐにやってきた。
 プラタが突き当たりを曲がり、それに続いてボク達も曲がると、その先には階段があった。
 それはやや段差の高い階段で、塔と同じ石造りだ。奇麗に切り出された石を積み上げたのか、一定の大きさの段が曲線を描いて上に伸びている。
 その階段をプラタに続いて上っていく。一段一段の段差が少し高いので、山登りよりも地味に疲れる。
 ぐるぐると塔を回るように続く階段だが、最上階まで直通という訳ではなく、直ぐ上の階で通路に変わる。そして奥まで進むと、また同じ造りの階段が現れる、という造りのようだ。
 そうして二階、三階、四階と順調に上っていく。塔は高さがあるだけで一階一階はそこまで広くはないので、今のところはそれほど時間は掛かっていない。それでも面倒というか疲れてきた。周囲も変わり映えしないし。本当に上に進んでいるのか疑問に思えてくる。
 しかし、プラタが黙々と進んでいるから、間違ってはいないとは思うのだが・・・。
 そんな疑問が浮かんだのを察したのか、隣を歩くシトリーがプラタに声を掛ける。

「ここって何階まであるの~?」
「確か三十階だったかと」
「もう面倒なんだけれども~?」
「そう掛かりませんよ。それに、頂上に用事がある訳ではありませんから」
「そうなの~?」
「ええ。用事があるのは次の階ですから」

 シトリーの問いに、階段を上っている途中でプラタがそう答える。つまりは、もうすぐ目的地という事だ。今って何階だっけ? 同じところをぐるぐる回っているような気分だったから微妙に曖昧だが・・・確か十階かな? 多分そのぐらいだ。
 全三十階だとしたら、今でやっと三分の一か。頂上に用事がなくて本当によかったよ。

しおり