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「えっ」私は目をまん丸く見ひらいた。「地母神界にも神さまがいるの?」

「うん。いるよ」フュロワはなにも迷わずまっすぐにうなずいた。「といっても“神”と呼ばれるようになったのはつい最近のことだけどね」

「どういうことだ?」ユエホワが眉をひそめてきいた。「それまでは神じゃなかったってことか?」

「そう」フュロワはまたうなずいた。「鬼魔だったよ」

「ええーっ」私は山火事を発見したときのように大声でさけんだ。

「鬼魔って……アポピス類か?」ユエホワがかすれた声できく。

「うん」フュロワはまたまたうなずいた。「我々の許しを得て、神の仲間になり世界を与えられたんだよ」

「ええーっ」私はさっきよりは小さくなったけど変わらずおどろきマンサイの声で再度さけんだ。

「なんで許すんだよ」ユエホワは両手を肩の上に持ち上げたあと、ぶんっと下に強くふり下ろした。「なんで神にすんだよ鬼魔を」

「なにかご不満でも?」フュロワはわざといじわるする時のような表情で首をかしげた。「我々が神を選ぶ際に、お前の許可を取らなきゃいけない掟はないけど」

「うむ。まことにフュロワ神おおせの通りじゃ」ルドルフ祭司さまがこっくりと深くうなずく。「鬼魔が神々に認められるということは、まれにではあるが昔から話に聞くことじゃ」

「あ……そういえば」私も思い出した。以前学校の先生に、鬼魔が神さまになることもありうると教えてもらったのだ。「じゃあ、地母神界っていうのは本当にアポピス類たちだけの世界なの?」

「今はね」フュロワは私にやさしく微笑みかけた。「この先もしかしたら、他の生き物――あるいは鬼魔たちが、すみつくことになるかも知れないけど」

「でも、ほんとうにどうして、そのアポピス類を神さまにしたんですか?」私は質問してしまってから心の中ではっと思った。私もユエホワのときみたいに、冷たく答えられるのでは――

「それはね」だけどフュロワは、とてもやさしく微笑みつづけて私に答えてくれたのだ。「そのアポビス類……つまりこのラギリスが、鬼魔同士の争いをやめさせたい、平和な世界を築きたいと、一心に強く願い努力している姿を、我々が見ていたからさ」

「鬼魔同士の争い?」

「平和な世界?」

「おお」

 私とユエホワと祭司さまは同時にそれぞれに思うことをさけんだ。

「そう」フュロワはにっこりと笑ってうなずき、もういちどうしろをふり向いて

「くわしくは、彼本人から聞くといい。ラギリス、話してやって」と、長い黒髪の背の高い男の人――元アポピス類の地母神界ラギリス神を、私たちの方へ押し出した。

「――」ラギリス神は、たしかに赤い目を持ち、アポピス類とおなじ顔だちをしていた。だけどその表情はとてもおだやかで、まつ毛が長く、肌も白くてなめらかで、とてもきれいな人だった。

 私は一瞬、女の人――いや、女神さまなのかな? と思ってしまった。でもフュロワはたしかに「彼」といってたしなあ……

 そのラギリスの、つややかな唇がひらく。

「…………」

 聞こえなかった。

 私とユエホワと祭司さまは、思わず首を前につき出した。

「…………」

 やっぱり聞こえなかった。いや、

「…………つ、…………す」

 何個かの文字だけは、聞こえた。

 でも、何を言っているのかまるでわからなかった。

「…………と」

 ラギリス神の口もとをみると、その唇はたしかに上下に動いているので、おそらく、たぶん、この神さまは今まさに語っているのだろうと思われた。

「聞こえないだろ?」フュロワがにこにこしながら言う。

「聞こえねえよ」私とルドルフ祭司さまがはっきりいえないでいることを、ユエホワはずけずけとのたまった。

「はははは」けれどフュロワ神は楽しそうに笑う。「俺たちも最初はそういったんだけどな、どうしてもこいつ、これ以上大きな声が出せないらしいから、まあこんなもんだと思ってやって」

「いや」ユエホワは手を横にふった。「地母神界の状況はどうなってるのかって話だよ」

「地母神界はな」フュロワは腕組みをして、ふう、と息をついた。「大変な状況だよ」

「だから、どう」

「妖精たちがさ」フュロワはまた息をついた。「暴れ回ってる」

「えっ」

「なに」

「おお」

 私とユエホワと祭司さまは同時におどろきの声をあげた。

「そう」フュロワ神は、まじめな顔になって話をつづけた。

「…………」その横でラギリスもまだ話しつづけていたが、ますますそれは聞こえなくなった。

「アポピス類は小さな妖精たちを集めて、地母神界に連れて行ったんだが」フュロワの声だけが私たちに届いた。「その妖精たちの中でこのところ、アポピス類に対して不満をもち、闘いをしかけようとしている者たちがいるようなんだ」

「えっ」

「妖精たちが?」

「おお」

「そう、妖精たちにも人間とおなじように、優しい性格の者もいれば好戦的な者もいるから、すべての妖精たちが悪さをしているわけではないんだが……嵐を巻き起こしたり氷を降らせたり、果実を腐らせたり泉の水を枯らしたりして、アポピス類たちの生活をおびやかす連中がぞくぞくと増えてきているんだよ」

「妖精たちが?」

「なんてことだ」

「おお」

 私たちはただおどろくほかなかった。

 いまのいままで私たちは、妖精たちというのはアポピス類に「飼われて」いる、つまりしいたげられている状態で、いっこくもはやく助けてあげなければならないものだと思っていたのだ。そう、だからそのために今ここにこうして、神さまのお力をおかりするために来たのだ。

 それなのに。

「どうして」私はぼう然とそう言うしかできなかった。「どうすればいいの」

「さっき、お前がアポピス類にさらわれそうだと言っていたよな、ユエホワ」フュロワは緑髪を見て言った。「もしかしたらあいつら、妖精に対する対抗策をお前に考えてほしくて連れて行こうとしてるのかも知れないな」

「…………て、…………く」フュロワの横でラギリスが、うなずきながら何かを言った。何個かの文字が聞こえたので、たぶん少し声を高めたんだろうと思う。

「ハピアンフェルは」私はつぶやいた。「そのことを、知っていたの、かな……」頭がどくんどくんと音をたてているようだった。

「――」ユエホワは、なにも言わなかった。

「あのう」そのとき、小さな声が上の方から聞こえてきた。

 全員が見あげると、三人のアポピス類の魔法大生たちが空中にうかんだままの状態で情なさそうな顔をして私たちを見おろしていた。

「そろそろ、下におろしてもらってもいいですか」ケイマンが震える声でそう言った。

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