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 アポピス類の三人は、人間と見た目は変わらないから、昼日中でも堂々と歩いて通りキューナン通りを抜け、聖堂の門をめざした。

 問題はユエホワで、いくら姿形は人間と同じでも、緑色の髪と赤い目、金色の爪で、ひと目で鬼魔だとわかってしまう。

 なのでこんな明るい日中には通りを歩けない。

「だからってなんであたしとならんで飛ぶの?」私は眉をひそめ箒にまたがりながらきいた。

「おばあさまのいいつけだろ」ユエホワは私の横を自力で飛びながら答えた。「俺をよくよく守るようにって。だから俺がお前とならんでんじゃない、これはお前が俺の横にならんでくっついてきてる状況だ」

「はあ?」私は箒で跳びながら顔をおもいきりしかめた。「鬼魔語? ぜんぜん意味わかんないけど」

「お、見えてきた」ユエホワはすいっと私の前にとび出した。「聖堂だ。さあてと、呪いのじいさんはいるかな」そんなことをいいながら、するするするっと高度をさげてゆき、尖塔の上に止まる。

 つづいて屋根の上にたどりつき聖堂のようすを見おろすと、今ちょうどケイマンたちが門のところで聖堂のお姉さんたちに話をしている最中だった。

 声はきこえないけど「すいません魔法大学の者です、呪いについてお話をうかがいたいのですが」とかって言っているのにちがいない。

「うし、行くぞ」となりでユエホワがそう言ったかと思うと、壁づたいにするするするっと、直立姿勢のまま下へ飛びおりはじめた。

「うわ、ちょっと」私もあわてて箒にまたがったままおりてゆき、お姉さんたちが気づかないうちに聖堂入り口からしのびこむことができた。

 とはいっても、たぶん聖堂のお姉さんたちは町の人たちとちがって、ユエホワを見ても、また魔法大生がじつは鬼魔だってことがわかったとしても、あんまりおどろいたりさけんだりしないと思う。

 なにしろここは聖堂で、神様にちゃんと守られているし、ルドルフ祭司さまもいるし。

 悪意のある鬼魔など、近づくことすらできないはずだから。

 そこに入ってゆけるのは、攻撃する意志のない、無害な鬼魔だという証拠だ。

「ユエホワ、ずっとここにいればいいじゃん?」私は箒を片手に持ち、聖堂の廊下をすすみながらムートゥー類に提案した。「ここならアポピス類にさらわれることもないだろうし」

「やなこった」ユエホワは即答した。「ルドルフじいさんと日がな一日いっしょになんていられるかよ。息がつまる」

「でも人間界の勉強がいっぱいできるんじゃないの? しずかで本読むにもいいし」

「いや」ユエホワは歩きながら首をふった。「ぜったいそんなヒマなんかねえ」

「なんで? おそうじとかやらされるから?」

「いや」また首をふる。「ここにいたらさ、気軽に神々が遊びにくるだろ。あいつらヒマだから」

「えっ」私はびっくりした。「神さまがくるの? ここに? この聖堂に?」歩きながら声を高める。

「そりゃそうだよ」ユエホワは口をとがらせる。「そのための聖堂だろ」

「えっ、そうなんだ」私はますますびっくりした。「なんで知ってんの? 神さまによく会うの?」

「たまにな……ゆだんしてると、たまーにつかまっちまう」

「へえー……会って話とかするの?」私は、はじめてユエホワに会ったときのことを思い出しながらきいた。なんだかなつかしい光景がうかんできた。

「俺はしたくねえけど、向こうが勝手にな……あ」話のとちゅうでユエホワは立ち止まった。

「ん?」私も立ち止まる。

 ルドルフ祭司さまのいる祈りの陣の部屋までは、あと少し歩かないといけない。

 どうしたんだろう?

「あいつらに、頼んでみる方法もあるな」ユエホワは宙を見ながらつぶやいた。

「あいつら?」私はきき返した。「って……まさか、神さまのこと?」

「そう」ユエホワは私を見た。「あいつらは世界壁を越えて存在してるだろ。地母神界の情報も持ってるだろうし、古いつき合いの俺が狙われてると知ったら、きっと助けに応じてくれる」

「えーっ」私は眉をひそめた。「まさか」

「なにいってんだよ」ユエホワは肩をいからせた。「俺のこと馬鹿にしてんじゃねえぞ」

「ほほう」とつぜん、ルドルフ祭司さまの声が話に入ってきた。「お前は神たちと深い親交を持つ者のようじゃのう」

「祭司さま」

「――」

 私とユエホワは、いつのまにか祈りの陣の部屋から出て私たちに近づいてきていたルドルフ祭司さまを見た。本当に音もなく、風のようにふわっと近づいてきていた。

「世界壁の外へ行こうとしているのかの」祭司さまは、いつものことながらすべてお見通しのようだった。「そのために神々の力添えを頼もうと、そういうことかの」

「――まあ、だいたいそんなところだ」ユエホワは、なんだかむすっと不満そうな顔で答えた。「あとついでにじいさん、あんたにも手伝ってほしいんだけど」

「ちょっと」私はがまんできずにユエホワをびしっと指さした。「さっきから、ほんと失礼よ、あんたたち。祭司さまのことを呪いの祭司とか、神さまたちのことをあいつらとか、今だってついでにとか、失礼にもほどがあると思う」

「ほほほ、ポピーよ」祭司さまは肩をゆすって笑った。「それだけ悪態をついておきながら、この聖堂はなぜかこの者を迎え入れておる。安心するがよい、この者に真実の悪意はないということじゃ」

「――はい」私はうつむいて答えたけれど、もう少しでこの聖堂の中でキャビッチを取り出してユエホワにぶち当てるところだった。

 そんなことをしなくてすんで、本当によかったと思う――なにしろしかられるから。

「さすれば、神たちの来訪を待つこととしよう。こちらへ来るがよい」祭司さまはそういって、祈りの陣の部屋とは別の方向へ、廊下を歩き出した。

 私もすぐにその後について歩き出した。

「――」だけどユエホワは無言で、その場に突っ立ったまま動こうとしない。

「どうしたの」私はふりむき声をかけた。「早くおいでよ」

「――こっちって」ユエホワは、ものすごくいやそうな顔でいやそうな声で言った。「裁きの陣のある方向じゃん」

「さよう」祭司さまは元気よく答えた。「神たちが、裁きの陣にて待っておる

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