第335話 まったり!イライラ?★初詣ツアー③
「これ食べ終わったら、初詣に行きましょうか」
時は少し遡って、新年初日。死神ちゃんは今年も、同居人たちと非常にだらけきった元日を過ごしていた。餅アレンジャーこと住職の素晴らしい独創餅料理を頬張りながら、死神ちゃんはマッコイの提案に目をパチクリとさせた。
「う? おあえ、きょうからおう、ろうちょうじゃあらいんらろ?」
「ちょっと
死神ちゃんは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべると、慌てて餅を食いちぎってもくもくとあごを動かした。マッコイは呆れ顔を浮かべてお茶を差し出しながら、死神ちゃんの質問に答えた。
「たしかに寮の管理権限は住職に渡したけれど、まだ班長ではあるから。だから班員の引率はアタシの業務なのよ」
死神ちゃんは〈理解した〉というかのようにうなずくと、そういえばと言ってリビングに居る同居人たちを見渡した。今年も去年同様、ケイティーから〈みんなで遊びに行こう〉とお誘いがあったのだ。死神ちゃんは参加者を募ってケイティーにメールを返すと、先に昼寝すると言ってリビングをあとにした。
しばらくして、死神ちゃんはマッコイに起こされた。何やらのっびきならぬ様子の彼に、死神ちゃんは眠たい目を擦りながら首を傾げた。
「あー……、もしかして、寝過ぎちまったか?」
「いえ、そうじゃあないんだけど……。悪いんだけれど、第二陣に参加してもらえないかしら? まだもう少し眠れたでしょうに、ごめんなさいね」
「いや、別に構わないが……。一体どうしたんだよ?」
「ソフィアちゃんが来ているのよ」
死神ちゃんは、きょとんとした顔を浮かべて目を瞬かせた。たしかソフィアは、この長期休暇を利用して実家の神殿に帰っているはずだ。しかも、年末年始は祭りや儀式で忙しいということを言っていた。それなのに、何故彼女が
死神ちゃんは初詣の第二陣に混ざって、〈四天王〉ウィンチの家へとやって来た。相も変わらず、ウィンチは様々な料理を準備して〈お参り〉に訪れる社員を手厚く出迎えていた。しかし、いつもにこにこと温厚なウィンチも何故だかピリピリとした雰囲気をまとっていた。ウィンチは死神ちゃんの来訪に気づくや否や、新年の挨拶もそこそこに安堵の表情を見せた。
「ああ、小花君。よく来てくれたね。助かったよ」
「助かった?」
死神ちゃんが怪訝な表情を浮かべると、彼はちらりと視線を送った。視線の先には人だかりができており、その人波をかき分けてソフィアが顔を出した。
「小花さーん! あけまして、おめでとうございます!」
「おう、あけおめ! ていうか、お前、実家に帰ったんじゃあなかったのか?」
ソフィアは死神ちゃんに駆け寄ると、嬉しそうに抱きついてきた。彼女は死神ちゃんの問いにうなずくと、ニッコリと笑って答えた。
「少しだけ抜け出してきたのよ。こちらの世界の人たちは、どのように新年を迎えているのか知りたかったから」
「少しだけ抜け出すって、一体どうやって――」
「それはもちろん、我が助力しているぞ」
死神ちゃんは突如背後から聞こえてきたおっさんの声に、盛大に顔をしかめた。ゆっくりと振り返ると、そこにはカイゼル髭のケツあごが威風堂々とした佇まいで立っていた。
死神ちゃんが無言でケツあごを見上げていると、人だかりのほうからマッコイの呼ぶ声がした。死神ちゃんはソフィアに断りを入れると、マッコイへと走り寄った。
「何、どうかしたか?」
「〈どうかしたか?〉ではないわ。早う、あのケツあごを追い払うてたも!」
死神ちゃんの問いかけに答えたのは、マッコイではなかった。死神ちゃんは驚愕の表情を浮かべると、目の前の人物を見上げて硬直した。
「薫ちゃん、何を呑気に固まっておるのじゃ。少しでも早うお主を連れて参れとマコに頼んだ意味が無いであろ。早う――」
「灰色ちゃん、
「
「だから何故我に冷たいのだ。灰色ちゃんと我は仲良しこよしであろう?」
「これとそれとは話が別であろ! まったり過ごしたいこの時期に、御主のその濃い顔は胃がもたるのじゃ!」
「濃い顔がもたれるとは……。そのわりに、あのようなものをお土産に選んで――」
死神ちゃんは、神様達が喧々囂々と言い争いをし始めたのを呆然と見つめた。そして事情を察すると、彼らに背を向けてウィンチのほうへと歩いていった。
「ウィンチ様、いつものあの祭壇、ソフィアに見せてやってもいいですか?」
死神ちゃんはウィンチに許可を得ると、普段の正月はこの祭壇前で祈りを捧げるのだとソフィアに教えてやった。祈りの内容は〈灰色の魔道士〉に伝えたいことなら何でもよく、お願い事をする者もいれば日々の感謝の気持ちを伝える者もいると言うことも教えた。すると興味深げに話を聞いていたソフィアは、頬を上気させ目を輝かせて「私もやってみたい」と言って手を合わせた。
少しして、閉じていた目を開いたソフィアは不思議そうに首を傾げた。
「あら、腕輪が光ったわ」
「ああ、それはきっと、お祈りに対しての返事を魔道士様がくれたんだよ」
ソフィアはうなずくと、腕輪を操作してメール画面を開いた。彼女はすっかり裏世界の超文明に馴染み、社員証代わりの腕輪も使いこなせるようになっていた。
メールはたしかに魔道士から送られたもので、一言「気にするでない」とだけ書かれていた。何を祈ったのかと死神ちゃんが尋ねると、ソフィアはにっこりと笑って答えた。
「さっき、たこ焼きという食べ物をお土産にいただいたのよ。だから、そのお礼を言ったのよ」
死神ちゃんは苦笑いを浮かべてうなずくと、心中で「本当にたこ焼きが好きだな、あの人」と呆れ気味に呟いた。
裏世界式のお正月を堪能したソフィアは、次の儀式が始まるからと言って帰っていった。死神ちゃんは彼女を見送ると、再び人だかりの輪に加わった。みな、普段は会うことなく祭壇を通してやり取りをしている女神が珍しく顔を出したということで、直接お礼やお願いを言っていたのだ。
死神ちゃんが戻ってくると、魔道士は疲れ切った表情で死神ちゃんを見下ろし、感謝の言葉を述べた。そして「今年の願いはなんじゃ」と言うので、死神ちゃんは去年一年間についての感謝を伝えた。すると、女神は嗚呼と相槌を打ってあっけらかんと続けた。
「あの、破廉恥の」
死神ちゃんは一瞬で、浮かべていた〈和やかな笑み〉が凍りついた。そのままの表情で、抑揚無く「破廉恥じゃあないですよね」と口早に言うと、女神は無言でじっと死神ちゃんを見つめた。しばらくして、彼女は心なしか俗っぽい笑みを浮かべてフッと鼻を鳴らすと、再び「破廉恥」と言った。
「おいちょっと! 今俺の何を見たんだ、あんた! 毎年毎年、破廉恥って何だよ! 別に何も破廉恥なことはないだろうが!」
死神ちゃんが素っ頓狂な声で怒りを露わにすると、女神はまたもや「破廉恥」と言った。そしてそのまま、彼女はフッと姿を消した。同僚たちがぽかんとした表情を浮かべる中、死神ちゃんはひとり憤慨して地団駄を踏んだのだった。
――――あまりの腹立たしさに、この後行われたケイティー主催〈新春ビリヤード大会〉にて鬱憤を晴らし、パフェと夕飯を奢ってもらってようやくすっきりしたのDEATH。