第294話 死神ちゃんとクロ
死神ちゃんはダンジョンに降り立つと、地図を頼りに〈
死神ちゃんが品定めするように、黒い鱗に覆われた厳つい竜人族の君主を眺めた。すると、彼は満月のような金色の瞳を
「我が相棒にとり憑いていた死神ではないか。久しいな」
「我が相棒? ……あーッ! お前、あの〈残念〉とパーティーを組んでいたヤツか!」
死神ちゃんは目を丸くさせると素っ頓狂な声を上げた。黒い竜人の彼は「そうだ」と返しながら、小さくうなずいた。死神ちゃんは満面の笑みを浮かべるとハイタッチなりハグなりするかのように腕を広げて「久しぶりだなあ!」と近付いていった。しかし、彼は無言でそれをスッと
「何だよ、久々の再会だっていうのに挨拶も受け入れてくれないってか」
「そうやってどさくさに紛れて、とり憑こうという魂胆だろう?」
「どうせとり憑かれるんだ。だから逃げずに迎え入れろよ」
「断る。では、さらばだ」
「ふええぇ……。どうしても駄目なのぉ……?」
素っ気なく去っていこうとする彼の背中を眺めながら、死神ちゃんは目に一杯の涙を浮かべて渾身の幼女アピールをした。すると、心優しい彼は気が咎めたのか「グッ」と呻いて硬直し、渋々戻ってきて頭をポンポンと撫でてきた。死神ちゃんは悪い笑みを浮かべると、心の中で「勝った!」とガッツポーズした。
そこはかとなく残念なエルフの盗賊は以前、自身の残念さを補うために〈幸運を司るドラゴンの末裔である竜人族〉とパーティーを組もうと画策した。そして実際にパーティーを組んだのが、この黒い竜人族だった。
黒い鱗の彼の一族は幸運ではなく知力を司るのだが、竜神族とパーティーを組めたということを残念がとても嬉しそうにしていたのと、自身も強面の見た目のせいで中々パーティーを組んでもらえず寂しかったことから〈本当は幸運竜ではない〉ということが言い出せずにいた。しかし、残念にも〈誰にもパーティーを組んでもらえず、一人ぼっちで寂しい〉という経験があったため、その気持ちが理解できた。そのため、真実を知ったあとも「これからも、一緒に冒険をしよう」と二人は絆を深めていた。
死神ちゃんは座り込んで頭を抱えだした彼を見下ろしながら、上機嫌に尋ねた。
「で、クロ。今日はお前一人だけなのか? 残念とは今も一緒に探索してるのか?」
「クロとは私のことか。なんと安直な。――彼とは今も定期的にパーティーを組んでいる。本日は、より強い武器を求めてやって来たのだ」
「ただのアイテム掘りなら、あいつも連れてきてやれば良かっただろうに」
「いや、彼は今、実家に帰省中なのだ。何でも、来月の収穫祭に向けての準備で、人手が足りないらしくてな。南瓜がどうのと言っていたな」
死神ちゃんは適当に相槌をしながら、何となくあの迷惑な角を連想して顔をしかめた。まさか、彼らに繋がりがありはしないだろうが――。
クロは立ち上がると、ダンジョンの奥へと進んでいった。どうやら座り込んでいたのは〈祓いに行くべきか奥に進むか〉で悩んでいたらしい。彼は気を取り直すと、歩きながら〈お目当ての武器〉について話し始めた。おとぎ話などにもよく登場する名剣らしいのだが、このダンジョンにもあると知って彼はどうしても手に入れたくなったのだという。そわそわとしながら目を輝かせると、彼は羨望に満ちた声で言った。
「見た目の格好良さもさることながら、威力も凄まじいらしいのだ。どのくらいの強さかというと、凶悪なドラゴンですら一撃らしい」
「それは竜人族的にいいのかよ」
「その名も〈ドラゴンスレイヤー〉というらしい」
「いやだから、それは竜人族的にいいのかよ」
うっとりと目を細めホウと息をついたクロに、死神ちゃんは頬を引きつらせた。そしてぼんやりと「こいつ、知力を司る竜人だったよな?」と思いながら、疑わしげな目で彼を見つめた。その思いは彼に通じたようで、彼は当然と言わんばかりの真顔で鼻を鳴らすと、これまた当然のごとく言った。
「ロマンの前ではな、知力が云々は関係ないのだ。ロマンにそれを持ち出すのは無粋だとは思わないか?」
「いや、うん。まあ、分かりますけれどもね」
「分かるなら良いではないか」
クロは大きくうなずくと、食べるかと言っておやつを差し出してきた。死神ちゃんがおやつを受け取ると、彼は死神ちゃんを抱き上げて〈食べることに集中できる環境〉を整えてやった。
しばらくして、クロはお目当ての狩場に到着した。何でも、そこは様々なドラゴンと遭遇できる貴重なスポットらしい。彼は死神ちゃんを腰掛けるのにちょうどよい岩場に降ろすと、ドラゴン相手に戦い始めた。
戦闘が終わるたびに、彼はぐったりとうつむいて深いため息をついた。どうしたのかと死神ちゃんが尋ねると、彼はしょんぼりとうなだれて言った。
「ご先祖様に申し訳ないことをしている気がして、とても憂鬱になるな、これは……」
「ああ、まあ、そうでしょうね……。にしても、どうしてドラゴンと戦っているんだよ。竜殺しの剣をご本人が所持しているわけがないだろう」
「いや、たまに殺しきれなかったのか、体に刺さったままとなっていることがあるらしいのだ。そういう個体を探しているのだが、これが中々……」
うなだれていた彼は、ハッと息を飲むと剣を握り直して戦闘態勢をとった。タイミングよく、それらしい個体が現れたのだ。彼は奮起すると、そのドラゴンに向かって行った。そしてとうとう、彼は強敵を打ち倒した。
「これはまさしくドラゴンスレイヤー! おお、とうとう、念願のドラゴンスレイヤーを手に入れたぞ!」
「ていうか、ドラゴンを倒しまくってたお前はすでに強者だよ。もはやその剣は必要ないんじゃあないのか?」
「いや。これでさらに強くなれるに違いないのだ! よし、では早速―― ……むう、おかしいな。視界が急に霞んで……」
ドラゴンスレイヤーを手にしたクロは、そう言って不思議そうに首を傾げた。そして死神ちゃんの元へと戻ってきたのだが、死神ちゃんは戻ってきたクロを見上げて唖然とした。彼は、ボロボロと涙を流していたのである。
「お前、そんなに嬉しかったのか。そんな大泣きして」
死神ちゃんが頬を引きつらせてそう言うと、彼はがっくりと膝をついた。そして小刻みに震えると、絞り出したかのような声でポツリと言った。
「くっ……。これはまさしく、ドラゴンスレイヤーだな。私はどうやら、やられてしまったようだ」
「は? 何、どういうことだよ?」
「故郷の……父上、母上がまぶたの裏に……」
「殺すって、そういう!? 物理的に討伐するのではなくて? 心砕きにいくってことかよ!」
クロは必死に何かに抗いながら、手に入れた剣をポーチにしまい込んだ。そしてフウと息をついて目元を拭うと、ぼんやりとした口調でこぼした。
「危なかった。もう少しで、本格的に
「いやいや! 名称の時点でちったあ予測できたと思うんですがね!」
「まあ、これもロマンだ。致し方ない」
「何ていうか、相方に劣らず残念だな、お前……」
死神ちゃんが呆れ返ると、クロは不服そうに口を真一文字にした。と同時に、彼は大きな黒い影に包み込まれた。振り返ってみると、先ほど倒したドラゴンよりもさらに大きなドラゴンが口から炎をチラチラと出していた。逃げる間もなく灰と化した彼の〈成れの果て〉を見つめて苦い顔を浮かべると、死神ちゃんはため息とともに姿を消したのだった。
なお、後日聞いたところによると、このダンジョンで産出するドラゴンスレイヤーは〈ドラゴンに対しては最強の剣〉ではあるものの、他のモンスターに対しては驚愕するほど弱いという〈使い勝手の悪い剣〉ということだった。これまた何とも残念な、と思いながら死神ちゃんはハンと鼻を鳴らしたのだった。
――――〈強さ〉の秘訣。それは、戦う相手に合わせて武器選びをすること。しかしそれ以上に、自分に合った武器を使うということも大事。〈強さ〉の決め手というものは、たったひとつではないのDEATH。