施設の名前決定
悩ましい!
個人的にはトワ様に友達が増えるのはいい事だと思っている。
だがしかし、平民の友人ばかりが増えるのはいい事なのだろうか!
いや、うちの子達はいい子ばかりだけどな!?
正直ワズだけでもお互いの心に傷を残さないか心配していたというのに……。
あと、トワ様がくるという事はロリアナ嬢も来るという事。
彼女がファーラを見たら……『緑竜セルジジオス』にも『聖なる輝き』を持つ者が現れたと『黒竜ブラクジリオス』にバレる!
『黒竜ブラクジリオス』王家にバレれば、トワ様とロザリア姫の婚約が……あー、考えただけで面倒事の気配しかしないー。
「子どもたちと会わせるの、少し不安ね」
「少しどころか」
「そうね。少なくとも今はまだ、トワ様……というよりロリアナ様をファーラに合わせるのはちょっとやめておいた方がいいわよね」
「うん。……『黒竜ブラクジリオス』と『緑竜セルジジオス』の関係がいい感じになのに、妙なヒビ入れたくないしなー」
うんうん、とラナと頷き合う。
まあ、なんにせよトワ様が来るなら今日の予定は町へ行くに決定だな。
「どうする? このまま町に行く?」
「あ、そうね。買い物したら児童施設には帰りに寄って〜……そういえば私、前々から気になってたんだけど……児童施設ってなんか堅苦しくない? 名前つけましょうよ」
「は? 名前? 施設に?」
「そう! 地域の皆様にも親しみやすいように……えーと……『みどり園』!」
「…………」
「……は、ちょっと安直すぎるから……うん、やっぱり施設の運営費を工面してる『レグルス園』にしましょう。レグルスは商会もやってるから同じ名前の方が宣伝にもなっていいわよね、うん」
「面白いけどレグルスに了承を取ってからの方がよくない?」
「そうよね!」
……なぜドヤ顔?
ん?
「ラナ、ちょっと」
「え?」
自分がしていたマフラーを外す。
それをラナの首にかけた。
耳や鼻が少し赤みが強い。
テンションが高いのではなく、多分寒さをごまかすために強がってたんだろう。
気づくのが遅れてしまった。
「えっ、あの……」
「あったかくして。掃除中は外してたから汗臭くはないと思う。……今、ルーシィを連れてくるから少し待ってて」
「っ……あ、ありがとう」
ラナに風邪をひかれては大変だから。
さて、さくっとルーシィに荷馬車を繋げてアーチ門の前に戻る。
ラナは家の中から財布を持って待っていてくれた。
側に行くと、なにやら駆け寄ってくる。
「ホラ、フラン」
「帽子?」
「マ、マフラーを借りてしまったから、帽子を貸してあげるわ。前を走ると風で耳が冷えてしまうでしょう。あと、貴方のもう一つのマフラー持ってきたからちゃんとつけて。手袋もよ!」
「ん……」
つけて、と言いつつラナが俺の首にマフラーを回す。
手袋まで……。
「あ、ありがとう……」
「……べ、別に……」
優しいねぇ。
それに可愛い。
おでこにキスをしてもいいだろうか?
「ラナ……おでこにキスしてもいい?」
「なっ!? ななななんでそうなるのよ! で、出かける時間なくなるから! 早く行くわよ!」
「はぁーい」
残念ダメかぁ。
まあ、おっしゃる事はごもっとも。
ルーシィに乗り、荷馬車にラナを乗ったのを確認して出発した。
なんかルーシィには「お前の後ろにラナを乗せたらいいだろう」的な顔をされたけど、町に行くのになにも買わないのはもったいなくない?
買い足すものがまったくないわけではないんだもん。
子どもたちがいなくなって食糧の消費が減るなー、と……最初は思ってたけど……昼と夜はちゃんと食べにくるので、我が家の食卓は相変わらず賑やかだし、食糧の消費はほぼ変わらないし……。
一番はお肉。
みんな成長期なので、備えとして買っていたお肉がかなり瞬く間。
店舗の大型冷凍庫にぎっしりあった肉が、すでに半分以上減った。
それに気づいた時の俺たちの気持ちは察して頂きたい。
そして小麦粉の消費も当然……。
特に男子三人は驚きの食欲。
ラナに言わせると「フランもなかなか食べるわよね……」らしいのだが、ラナの作るご飯が美味しいのが悪いと思う。
——などと考えている間に『エクシの町』に到着した。
「ラナはレグルスのところで、さっきの施設の名前相談してきたら? 俺が買い物してくるよ。小麦粉と肉だけでいい?」
「ありがとう、そうするわ。えっと、あとユショーとお砂糖もお願い。紅茶の茶葉もそろそろないからそれも! あとは……卵ね」
「どっちにしろワズに用事があるから、ちょうどいいな」
「ええ。ワズのところへは一緒に行きましょう。ついでにレグルスにお金の話もしてくるわ!」
「……いってらっしゃい」
なんか壮絶な現場になりそうなので、商会の前にラナを置いて手を振った。
この時期のお金の話というと小麦パン屋の関係かな。
ラナがオーナーでレグルスが出資し、この町の端っこの方で始まった小麦パン屋。
元々あったパンノミパン屋には正々堂々宣戦布告して、毎月売上勝負しているらしい。
詳しく聞いていないが、立地の不利などものともせず連戦連勝。
理由は種類の多さと、持ち帰りの手軽さ、柔らかさと美味しさは言わずもがな。
中でも種類の多さは人気らしい。
特にサンドイッチは働くおっさんたちにとって、大変手軽、かつボリューミーな昼食として愛されている。
さらに町の奥様方にはジャムが大人気。
乳製品製造機の『生クリームとクリーム特化型』で作られた生クリームとカスタードクリームが瓶に詰められて売られると戦争が始まるそうだ。
……まあ、この二つは普通に家庭で作るとなると大変だからな……。
「ん、お肉と小麦粉よし。あとはユショーとお砂糖、紅茶って言ってたかな」
荷馬車に頼まれたものを載せ、言われたものを思い出す。
お肉と小麦粉は間違いなく児童施設用。
……消費が本当、早い。
まあいい、たくさん食って大きくなれよ。
「よお、ユーフラン! 肉買いに来たならうちの肉も買っていけよ! お前が仕留めたラックの肉だ、安くしてやるぜ!」
「俺が仕留めたのはボアであって、ラックは別に仕留めていないんだけど……。まあいい、じゃあロースを一キロ」
「まいど!」
子どもたちのところに持っていけば二日保つか分からない量。
もう少し買っておいてもいいかな?
「ああ、それとクローベアの肉も残ってるぜ」
「薫製にされてるんだな?」
「まあ持たせるためにはな。ちゃんと臭みは取ってある。酒のつまみにオススメだ! このクセがいいんだよなぁ〜!」
「……じゃあ、一つ。……なんのお酒が合うんだ?」
「そうだなぁ、だいたいなんにでも合うと思うが……麦のエールと飲むのがオススメだぜ。うん、あんまり上品なのよりはそういうやつの方がいいな」
「なるほど」
麦のエールはラナいわく「ビール!」とかいうやつだな。
シュワシュワしていて苦くて俺はちょっと苦手。
口の中でパチパチいうし、ラナが「この喉越しがいいんじゃない!」と拳つきで言うが、喉越しってあの口の中パチパチするやつを飲むって事だろう?
うちの近所にある『天然炭酸水』とやらも苦手なので、麦のエールはちょっとなぁ。
しかしラナは好んでいるし、肴で酒の味が変わると言う話はよく聞く。
肴でを目新しいものにしたら、美味しく飲める……?
そんな希望を抱き、クローベアの燻製——なお、部位を聞いたら首の部分だった——を購入。
改めて人間の肉への情熱の恐ろしさを感じるよ。
「ユショーも買ったし、砂糖も買ったし、紅茶も買ったし……ついでに麦のエールも買ったし……」
よしよし、買い忘れはない。
それを確認してから、商会の本部まで行くとホクホクした顔のラナとレグルスがいる部屋へと通される。
なんだかな、この笑顔にいい感情が浮かばない。
「お疲れ。話し合いは終わった?」
「ええ! がっぽり色々!」
がっぽり色々。
とはいえレグルスの方もご機嫌そうなので二人にとっては、大変有意義な話し合いだったという事かな?
「フフフ……ついに町の中心部にあったパンノミパン屋が根を上げたのヨ」
「早くない? まだ二ヶ月かそこらだろう?」
「お客さんの足が減ったのもあるけど、お客に直接『小麦パンは売ってないのか』って問い合わせが多数で心が折れたそうよ。……まあ、確かに……常連さんにまで毎日言われたら、ね」
うわぁ、可哀想。
「なのでレシピを売る事にしたわ。……話を聞いてちょっと可哀想だったから、少し割引してね。同業のよしみよ!」
「余計な同情は相手にとってなかなかのマウントのような気もするけどネ。あれほど憔悴してる姿を見ちゃうと、マァ……」
うわぁ……超可哀想……。
「あと、子どもたちの施設の名前も『レグルス園』に決定よ!」
「正確には『レグルス商会こども園』ヨ。看板を発注しないとネ!」
「……さすが……」
しっかり商会の宣伝を入れている。
いや、ラナの考えていた名前を両方盛り込んでくれているあたりもさすがレグルスだ。
「あと、メニューの相談にも乗ってもらったの。コーヒー、紅茶、ソーダ水、ミルク! 飲み物はこの四つにして、食べ物のメニューはトースト、ホットケーキ以外はその日の気分! そして日替わりケーキを売り切り!」
「は? その日の、え、気分?」
「そう! 深く考えるのをやめたわ!」
「…………」
思わずレグルスを見てしまう。
いや、ウインクではなく、なぜその結論に達したのかを聞いているんだが。
「エラーナちゃんなら、その方がいいと思ったのヨ。それに、町からのお客はあまり見込めてないんでショ?」
「まあね」
「なら、すぐ作れる固定を二品、お土産に出来そうなお菓子を一品で十分ヨォ。まあ、若干『赤竜三島ヘルディオス』からまた子どもを引き取る話が進んでいるから、雇用の話も含めてあの辺りは発展の余地があると思うワ。……『紫竜ディバルディオス』の方も少しきな臭い噂を聞くし……難民受け入れとかしてくれると助かるカモ」
「? ……もしかして『紫竜ディバルディオス』の王様と『聖なる輝き』を持つ者の……」
「アラ、よく知ってるわネェ。そうヨ」
みなまで言わずとも分かる。
シャオレーン・ディバルディオス王は来年三十一歳となるのに、まだ未婚。
そしてあの国の『聖なる輝き』を持つ者……ティム・ルコーは、カールレート兄さんの婚約者を掻っ攫っていくレベルの女好き。
……あともっと言うと、ティム・ルコーはシャオレーン王の一番下の妹、マーフィー姫と婚約している。
……お分かり頂けただろうか?
その辺りが原因で軋轢が生まれているという話は、前々から流れていたのだ。
ティム・ルコーの女好きから端を発する面倒事の山積。
それはシャオレーン王から婚活する時間さえ奪う。
そもそも、妹の婚約者なのに他国の令嬢にも手を出すのだ。
他国も『聖なる輝き』を持つ守護竜の愛し子相手に強くは出られないものの、制御すべき『責任者』へのクレーム……もとい苦言は殺到するわけで……。
シャオレーン王可哀想すぎて目も当てられない。
「……だ、大丈夫よ。『紫竜ディバルディオス』の二人も『青竜アルセジオス』の『聖なる輝き』を持つ者に会えば……」
と、ラナが頭を抱えて告げる。
んん、という事は『紫竜ディバルディオス』の二人も『逆はーれむ要員』というやつなのだろうか。
ラナが『青竜アルセジオス』の王子と三馬鹿……ンン、スターレット、ニックス、カーズは『逆はーれむ要員』と言っていた。
あと、なんかうちのクールガンも。
ちょっと信じられないけどね。
「あら、そんなに美少女なノ?」
「『青竜アルセジオス』の王子と公爵家の三バ……御子息たちを骨抜きにする程度には美少女よ。会えば男はだいたい無抵抗で落ちるわ!」
「なによそれ怖いんだけド……。ユーフランちゃん、よく無事だったわネ」
「フランはモブだからね!」
「モブ?」
モブらしい、俺。
これもよく意味が分からないので聞いてみたのだが「その他大勢の意味!」と親指を立てられて説明された。
……やはりよく分からない……どういう事なんだ。
確かにアレファルドの『友人』の中ではその他の部類だろうけれど……?
「まあ、二度と会う事もないもの! フランは大丈夫よ!」
「それもそうネェ。『青竜アルセジオス』の王族に嫁入りが決まっているんでショ? その愛し子様。それじゃフランちゃんは大丈夫ネェ」
「ええ!」
うんうん、心配しなくてもリファナ嬢とは話した事もないし、俺はラナが世界一可愛いと知っているので大丈夫。
ラナ以外にグラつく事はない。絶対。
……アレファルドもこんな感じなのだろうか。
なるほど、ラナが他の男にアプローチをされていたら確かに殺したくなるかも。
あ、もちろん男の方を。
「…………」
たとえ『紫竜ディバルディオス』の『聖なる輝き』を持つ者であっても。
まあ、会う事はないだろう。
こちとら平民……じゃない、田舎貴族だ。
「ラナ、そろそろワズに会いに行こう。卵売り切れてるかも……」
「ああ、そうね。じゃあ、 レグルス。またね」
「エエ、行ってらっしゃイ」
ワズも久しぶりのトワ様との再会楽しみだろうなぁ。