『収穫祭』【中編】
翌日。
昨日の可愛らしい格好で馬車に乗り込むクラナを、ニータンがエスコートしている。
女子組も、ラナが大市で買っておいた冬のお洒落な装いでとても可愛い。
女性は『収穫祭』は着飾るものなんだってさ。
『緑竜セルジジオス』の王都の方だと、独自の衣装で祝う風習もあったはずだけど……その文化は国境沿いのこの辺りには届いていないんだろう。
……なお、シータルとアルはものすごく、拗ねている。
クラナがあのダージスに惚れているという事があのやんちゃ坊主たちには……ふ、複雑なんだろうなぁ……!
「…………」
ん?
ファーラ、どうかしたのだろうか?
馬車の外を見てて……。
「出発するから顔引っ込めな。危ないよ」
「う、うん……」
「どうかしたの?」
一応レグルスが『子どもたち用』にテント型の大型馬車を貸してくれている。
後ろを布で覆えば冷たい風も入らない。
その布をめくってまで外を見ていたファーラ。
景色が見たいなら開けておくけど……座ってないと舌噛むぞ。
「分かんない……なんか、黒いの見えたような気がして……牛さんたち大丈夫かな……?」
「一応畜舎は閉めてきたから大丈夫だよ。シュシュもいるしね」
「そうだよね……」
しかし、不安そう。
……まあ、確かにクローベアがうちの近くに来ていないとも限らないしな。
だが、この辺は虎の住処だ……クローベアは近づかないだろう。
行くとしたら畜舎側……うーん……。
「とりあえず、みんなを町に連れて行ってからね」
「!」
うん、心配だ。
まずはガタゴト馬車でラナたちを『エクシの町』に送り届ける。
馬車はレグルスの店の馬車置き場に預けて、ラナは小麦パン屋に顔を出すという。
「クラナはダージスと広場で待ち合わせだそうよ」
「ん、俺ちょっと家畜が心配だから一度戻る」
「ファーラが見た影、ね。うん、分かったわ。でも、いくらフランでも熊相手に無茶しないでよ? フランが怪我したら泣くからね」
「え……えぇ……は、はい……分かりました……」
す、凄まじい脅し文句……。
「ユーお兄ちゃん、ファーラも行きたい」
「え!」
「!? ……えぇ、でもせっかく来たのに?」
「だって、すなぎもが心配だし!」
「…………」
すなぎもとは、最近卵から孵ったひよこ。
ファーラがお世話を担当している。
ちなみに、命名はラナ。
どういう意味なのかは、聞いても教えてくれなかった。
なお、今その命名者は盛大に顔を背けたのであまりいい意味ではない可能性が高い。
一緒に生まれてきたひよこは他に二羽いるが、そちらは「ハツ」と「テバサキ」。
……手羽先はさすがに俺でも意味が分かったが、まさか「すなぎも」と「ハツ」も……?
「仕方ないわね……じゃあ、他の子たちは私がパン屋に連れて行くわ」
「うん、分かった。じゃあ、すぐ戻るから」
家畜が心配なのはラナも同じ。
生活に必要な存在だ、なにかあっては困る。
杞憂であるならいいが、もしファーラの見た影がクローベアなら、作ったばかりの防犯センサーを設置していくか。
一応自宅の作業部屋に作り置きしてるやつあるし。
ラナにアドバイスを受けて、新しいやつはセンサーに引っかかると音が鳴って光る仕組み。
多分クローベアもびっくりすると思う。
「とりあえずセンサーだけつけてくる」
「本当に気をつけてよね」
心配症だなぁ。
とは思うが、心配されるの意外と嬉しい。
ファーラを手前に乗せて戻る。
ルーシィはファーラを心配しているので、一瞥した瞬間に『ラナの言う通り無茶するんじゃないわよ』という顔をしていた。
「そういえば、ファーラたちが住む新しいおうちも結構出来てるね」
途中、左手に建設途中の建物を見る。
柵に覆われ、貴族のお屋敷級の広さ。
二階建て、赤い屋根、広い庭、遊具らしきものまで……おじ様、気合入れすぎでは。
「ファーラたちの、新しいおうち……? ファーラたち、ずっとお兄ちゃんたちと一緒じゃないの?」
「ん? 最初に説明聞いてなかったの?」
……いや、そういえばこの国に来たばかりの頃、ファーラは『加護なし』と診断されて落ち込んでいたな。
人の話をそれ以降耳に入れても理解を拒んでしまっていたのかも。
仕方ないので、うちはあの新しい養護施設が出来るまでの間の借宿だと説明した。
するとずいぶんショックを受けた顔をされる。
「お兄ちゃんたちと一緒にいられないの……」
「ん……そうだね。でも、ファーラたちが毎朝うちにご飯を食べに来て、うちで家畜の世話や畑の仕事を手伝って温泉に入ってから新しいおうちに帰る、それくらいじゃないかな」
「……!」
「だって『お隣さん』だしね、あの場所」
寝る場所が狭すぎるのだ。
今の子ども部屋は、クーロウさんが俺とラナの子どもが生まれた時にと気を利かせて作ってくれたのだが……正直その想像がつかない。
というか想像したら死にそう。いや、死ぬ。
そもそも一人部屋なのだ、あの子ども部屋は。
そこに十歳前後の子ども三人ずつ。
どう考えても狭い。
それにこれから全員もっと大きくなる。
手狭どころではないし、男の俺としては男三人部屋とかあと二、三年で地獄レベルになると宣言しておく。
「ファーラ、みんな大きくなる。ファーラも、あっという間に大人になるだろう。自分の部屋が欲しくなるし、今の部屋ではとても狭い。だから、新しいおうちが出来たらそっちに引っ越すんだ。うちで働きたいなら、うちとしても助かる。その時はお小遣いではなくお給料として働いた分を支払うし、他にやりたい事が出来たなら俺もラナも応援する。ファーラはファーラの、他のみんなは他のみんなのやりたい事をやっていいんだよ」
「……やりたい、事……」
「うん。あとは、そうだね……行ってみたい場所があるなら、そこに行ってみてもいい」
制限は多いが他国にも行けない事はない。
『加護なし』の事は伏せておくのがいいだろうが……。
「まあ、俺としては……ファーラは竜石学校に通うのがいいと思う」
「え? でも……」
「前に手伝ってくれた時、ファーラのおかげで竜石の暴走が止まった事があっただろう? 慣れない生徒が、竜石核を作る時失敗して暴走させてしまいそうになったら、ファーラにはそれを収める力がある。普通の人間には出来ない事だ」
「……あ……」
一度経験があるから、すぐにその理由には納得してもらえるだろう。
しかし、それでもまだ寂しさが上回るのか俯かれてしまった。
頭を撫でて前を向く。
牧場のアーチ門を潜り、ファーラをルーシィに任せて先に畜舎の方へと向かってもらった。
その間にその隣にある作業小屋に行って、作り溜めしてたセンサーを持ってくる。
すでにロープに取りつけてあるので、それを畜舎の周りの柵に引っかけていく。
「…………」
鳥が鳴いていない。
ファーラの言った通りだな……気配がおかしい。
「ユーお兄ちゃん! ファーラもお手伝いする!」
「うん、じゃあこれ、柵のここに引っかけていって」
「分かった!」
やり方を教えて、やりかけの厩舎側をファーラに任せる。
鶏小屋のある川側は俺が……と、ゴソゴソやっていると……唸り声のようなものが『青竜アルセジオス』側の川向こうから聞こえた。
「…………」
——いるな。
どうしよう、ラナには怒られるかもしれないけど、準備はとうに終わっている。
ブーツの爪先部分に仕込んである刃には麻痺毒。
拘束用の手甲。
それに、『青竜アルセジオス』側ならばまだ『青竜の爪』も使える。
「ブルルルルゥ……!」
ルーシィが不機嫌そうに足を鳴らす。
分かってるよ、とにかくファーラを家の中に入れて……。
「ヒヒィイィン!」
「ふぁ!?」
「!?」
ルーシィが
前脚を高らかに持ち上げてから、ファーラの首根っこを加えて柵の中へとジャンプした。
その瞬間、巨大な影がファーラとルーシィのいた場所を覆う。
赤い目をギラリとさせた、その巨大生物。
手が大きく、爪と牙は鋭く長い。
分厚い毛に覆われた——これが……!
「ヒィン!」
「サンキュー、さすがルーシィ、デキルオンナ」
「ヒィイィン!」
ほーい、とばかりにルーシィがファーラを俺へ放り投げる。
ファーラを受け取って、ルーシィの背中に乗せた。
ギョッとされたが、その意味をルーシィはすぐに理解する。
反対に、ファーラはなにが起きたのか全く分かっていない顔だ。
柵を飛び越えて、こっちへ突進してくるクローベア。
思ってた以上に速い。
まあ、でも——。
「ルーシィ」
「きゃう!」
ファーラを乗せたままルーシィはアーチ門の方へと駆ける。
クローベアの標的はすでに俺になっているようだ。
とはいえ、『青竜の爪』で串刺しは毛皮が取れなくてもったいない。
奴が勢いのままジャンプした瞬間、いっぺんしゃがんでブーツ爪先の刃を両方出す。
俺がしゃがんで一瞬驚いたようだが、五メートルもある体だ、手を振り向きざまに振り払うようにすれば届く。
……俺が避けなければな。
「ぎぃああおおぉぅ!」
でかい分、動きが読みやすい。
そして、手がマジででかい。
成人男性一人分くらいある。
だがそれだけでかいものを振り回すのには当然、タイムラグが発生するわけで。
「ほっ」
『青竜の爪』を一本だけ出す。
それを踏み台にして、跳ぶ。
両手を持ち上げようとしていたクローベアは、俺が真正面から跳んでくると思わずギョッとしている。
その身開かれて大きくなった
「ギャーァァァ!」
大口開けて待機していたので口にも入ったっぽい。
で、その怯んだ瞬間に身を捻って左目に靴の爪先の刃をたたき込んだ。
手がでかいので顔をガードするのは間に合わなかったクローベア、どんまい。
と、思いつつ、もう一度逆に身を捻り反対の目にももう一つの爪先の刃をえいっとね。
「ぐぁあぁぁ!」
「!」
『青竜の爪』で、叩きつけてこよとしたクローベアの掌を防ぐ。
これ、側面に触れると切れるのでクローベアもの掌からは血が舞う。
その間に着地して距離を取り、最初に出した『爪』でクローベアを地面に叩きつける。
腰に下げておいた大型ナイフを取り出す。
さて……あとは麻痺毒が効いてくるまで待つばかり……。
「ぎゃーおおぉ!」
「!」
あっぶね。
咄嗟に避けたけど……!
「チッ……」
右手思いっきりが擦った。
服が裂けて血が出る。
続け様の攻撃は『青竜の爪』一本で防げたが……これは予想外。
「クローベアが、もう一体……」
「がるるるるるるっ……」
ちらりと、地面に押しつけてあるクローベアを見る。
あれはクーロウさんが言ってた『五メートル』のやつ。
そして、俺を後ろから襲ったこいつは『三メートル』程度。
まあ、クローベアにしては標準サイズだろう。
「…………」
もしかして、元々この森にいた奴か?
五メートルの余所者が入ってきた事で、警戒のためにうちの側まで来ていた?
で、俺を狙った五メートルがテンション上がっちゃったのを見て、こいつもテンションあがっちゃった、と……そんなところかな?
ん、ちょっとヤバイ。
麻痺毒塗った投げる用のナイフはまだポシェットの中にあるけど、利き腕怪我したからちょい不安。
五メートルの奴よりも速いし、これは——……これは、毛皮を諦めるしかないかも……。
「はーぁ……もったいない……」
いい値で売れるのに、なぁ……。
「ぐるああぁ!」
『青竜の爪』、三本目。
それを取り出して、側面から先端で貫く。
三メートル程度のクローベアならそれで終了。
「さてと、こっちはそろそろ麻痺が効いてきたかな?」
仕方ない、こちらは綺麗に剥ぎとろう。
血抜きもして、ラナが言ってたボア鍋ならぬベア鍋にしてやろう!
三メートルのやつも損傷は激しいけど、子ども部屋の敷物くらいにはなるかな……ちょうど真っ二つだし。
「じゃ、やりますか」