本当に死ぬかと思った
「わ、わあ……」
ラナの言っていた『危険』に関しては一応正しく理解した。
しかし、だから彼女の願いを無碍には出来ない。
だってラナ自身もこの危険を承知の上で『欲しい』と言ったのだ。
「綺麗……」
竜石玉具を手渡すと、ラナは瞳を輝かせながら呟いた。
お気に召してなにより。
だが、問題はここから。
使い方の説明をして、ラナもふむふむと聞き入って、じゃあいざ、という事になる。
俺は、ラナの声を耳元で聞いて死なないだろうか?
「あ、えーと、じゃ、じゃあ……た、試しても……いい?」
「う、うん」
「レグルス! つ、使ってみ——」
「あらァ、そこは製作者のユーフランちゃんに確認してもらった方がいいんじゃなぁイ? エラーナちゃン」
「ですよねぇ〜〜〜っ」
クッ、レグルスめ……この竜石玉具の危険性をすでに正しく理解した上で!?
「あ、あの、じゃあ、フラン、試すから、ちょっと離れて」
「は、はい」
「なんで敬語?」
「うるせぇ」
余計なチャチャを入れてきたダージスを本気で睨みつけつつ、応接間を出る。
ああ、あのまま人が磔になってるところで立ち話もアレなので、レグルスが気を利かせて連れてきてくれたのだ。
ダージスはお茶でも出しておけって感じだよな。
……と、現実逃避しつつ、ラナやグライスさんたち職人にチラ見されつつ扉を閉め、隣の部屋へと移動する。
こちらも別の応接に使えるよう、整えられていた。
まだ建設中の棟はあるものの、室内はほとんど出来上がってるなぁ……。
「…………」
うん、これはなんつーか……俺から連絡をしなければいけない?
そうだよなぁ、俺からだよなぁ、俺が作ったんだもんな〜。
肩を落とし、息を吐く。
よし! 道具の安全確認は職人の義務! これはその義務!
「…………」
二つに割り、数字を指でなぞり、そして、待つ。
隣の部屋から「ひゃあ!」と可愛らしい声がして、その間に片割れを耳に寄せる。
『もしもし』
もしもし?
いや、ラナの声が……近い。
「あ……えーと……ど、どうかな」
と、とりあえず感想を伺ってみる。
しかし、応答がない。
布ズレの音は聞こえたけれど……。
「ラナ?」
『え、あ、ま、待ってちょっと色々……ここここ心の準備的なものが……』
「あ、う、うん」
そ、それな!
わ、分かる。分かるし、み、耳元でこんなにラナの声を聞くのは、は、恥ずかしい。
膝から力が抜けるように、しゃがみ込む。
いや、本当マジになに話せばいいの?
『あ、いや、うん、えーと、いい、いいと、思う。も、問題なし……』
『アーラ、エラーナちゃん、それってどの程度の距離まで使えるのとか確認したノ〜?』
『うー! フ、フラン、これはどのくらいの距離まで使えるのっ』
「す、数字を入れてあるんだ。その数字をなぞると、通話が出来る。数字以外でも、文字、名前とかでも繋がるようになってるから……まあ、その……たとえば『青竜アルセジオス』のラナのお父様と通話するなら、『青竜アルセジオス』の竜石でこの竜石玉具を作らないといけない。通話自体は文字で『繋がり』を作るから……国が違っても、使える、よ……」
『え? 『青竜アルセジオス』の竜石で作るの?』
「えーと竜力の流れを使うんだ。それは他の竜石道具も同じ」
竜石道具はエネルギーとして使う。
竜石玉具の場合、エネルギープラス空間のベクトル制御。
その辺を説明しても、理解出来るのは『竜石職人』のみだろう。
なのでやんわり「なんとかした」で終わらせる。
ラナも『なんとかしたのね!』と納得してくれた。
『そ、そうなのね……えーと、じゃあ……そ、そろそろ……』
『アラァ、エラーナちゃん、商品名の確認はしたのかしラ?』
『ふえぇ……っ……しょ、しょうひんめいぃ……』
「だ、大丈夫?」
レグルス、あまりラナをいじめないで欲しい。
あと正直俺もなかなかに限界。
声が近いだけでこんなに心臓痛くなるもの?
さっきから痛いぐらいうるさい。
いや、うるさいくらいだから痛い?
うう、本格的にわけが分からない。
『そ、そうね……うーん……』
ちょっと鮮明に聞こえすぎではないだろうか、この道具。
床に膝と手をつかなければ保たなくなってきた、色々。
ゆっくり声の出る方を床に置いて、正座する。
とりあえず呼吸を整えよう。
「すー……はー……すー……」
変な汗出てきた。
『うーん、うーん……そうね、電話というよりは通信機って感じだから……』
「…………通信玉具、とか?」
『あ! それかっこいいわね!』
ぐっ!
『……? フラン? どうしたの? なんか今変な呻き声が聞こえたような?』
「な、なんでもない……」
……かっこ、いい……。
本当に死ぬ、そろそろ、マジで、本格的に、むり……息が苦しくなってきた……!
「あ、えーと、じゃあその価格はレグルスと相談して俺分からないから」
『え、あ、そ、そうね』
『あら、そんな事言わず——』
ぱこ。
っと、割れていた玉具を合わせる。
そのあと両腕を床に……うつ伏せになるように、倒れた。
膝立ちで、額を床に押しつけて、真新しい床の木の匂いを存分に吸い込む。
木の香り……落ち着く。
わ け も な く !
はあ?
無理だけど無理だけどあんな声近くにあるし息遣い分かるし色々無理なんだけど!
アレファルドすげええてぇ!
好きな相手にあの距離! 俺は無理!
心臓破裂したりとかしないの!?
つーか、声だけで俺このザマなのに、ダージスが言ってた『手を繋いで』とか『馬に二人乗り』とか『あーん』とか無理すぎない? 無理すぎない!?
ふおおおおおおおおおおっ!
エスコートの時は平気なのに……。
「…………ふう……」
とりあえず深呼吸。
うん、多分、大丈夫。
顔見て話せるかな? という不安は残るが……あまり遅くては不審がられる。
隣室をあとにして、ラナたちのいる応接間の方へと戻ると……。
「いいえ! 金貨五枚!」
「金貨十枚!」
「馬鹿言え! 小型とはいえ竜石を融合させているんだぞ! こんな事が出来る竜石職人が他にいると思ってるのか! 金貨三十だ!」
「いやいや、こりゃ発明だぞ! 金貨五十は積まねーと!」
「はあーーー? お前ら忘れたのか! これは一つじゃなく二つでセット! 二つもこんなものを作らなきゃならんとするならば五十でも足りん! 一つ四十として金貨八十が妥当だ!」
「八十!? そんなの王族にしか売れないワ!」
「「「「そんくらいの価値だって言ってるんだ!」」」」
…………紛糾しておる……。
「お、お帰りフラン」
「う、うん」
ギャイギャイ騒ぐレグルスと職人たち。
その合間を縫うようにラナが近づいてきた。
……しかし、顔を合わせられない。
隣にいるのにここまで緊張する事、久しぶりだな。
「と、ところでなんの話で盛り上がってるの?」
まさか価格とか言わないよな?
金貨の枚数が二桁になってるんですけど。
「もちろん通信玉具の価格よ。普通の竜石職人じゃ作れないってみんなが口を揃えて言うの。一体どんな作り方したの?」
「えー? んー……なんとかした?」
「そっか! そうよね! ……けど、かなり特殊なんでしょ?」
「まあ、竜力の流れを感じ取れるレベルでないと無理じゃないかな?」
「…………(この男がなにを言っているか分からないけど普通の人間が出来ない事をやらかしたのだけは分かる……)」
「? どうしたの?」
「なんでもない」
でも、そうか……あまり作れる職人はいないのか。
俺一人に全部任されても困るし、価格設定はプロに任せた方がいいな。
レグルスは買い手の財布事情もある程度把握してるだろうから、もう少し値下げしたいみたいだが……。
「あ、そうだ。とりあえずこれ、もう少し大きいやつをお店に置い……」
「ううん、いらない。お店が困ると思うから。ほら見て、聞こえるでしょう? 飛び交う値段。置いたら大惨事間違いなしよ」
「……とりあえず俺たち分と、宰相様用のを帰ったら作る、で、いい?」
「ええ。そのくらいに留めておいた方が多分、いいと思う……」
オークションのように「金貨九十!」「いや、百!」「セットで百十!」……と、一国の年間国家予算並になってきている。
そんなん王族でも払わないでしょ。
それ以上値が上がったら国宝みたいな扱いになるわ。
「なんかもーほんと……フランってほんとフランだわ……」
「えぇ……なにそれぇ……」
「迂闊に物を作ってって頼むと、市場荒らしみたいになるっていう意味」
「…………」
否定はしない。
自覚はある。
でも……。
「俺は『ラナが作って』って言ったもの以外、作らないよ」
「うっ、そ、それはぁ……」
もう、二度と。
ラナが『欲しい』『作って』と言ったもの以外は作らない。
アレファルドやスターレット、ニックス、カーズ……あいつらはもちろん、他の誰がなにを望んでも。
俺はラナの望むものしか、作らない。
俺には竜石道具に関しての才能があるらしいから。
職人を目指せば多分……ますます世界を混乱させてしまうと思う。
ラナに迷惑がかからないならそれでもいいけど……俺の『竜の爪』はいつか消える。
『竜の爪』がなくてもそれなりに戦えるけど、それでもあまり目立ちすぎると『邪竜信仰』に目をつけられるかもしれない。
あれは竜石道具を不要のものだと訴え、守護竜との決別を目的としている過激派。
竜石道具で最先端の生活を送る、というラナの願いもまあ、いいと思うが、最先端を突っ走りすぎると逆に連中の目に留まって『危険分子』とみなされかねない。
この辺が引き際だろう。
とはいえ、その前に……。
「ああ、あとこれね」
「? なにこれ?」
ポケットから取り出したのは、小型竜石の竜石道具。
縄に通し、定間隔で固定したもの。
「壁に一直線貼り付けておくと、侵入してきた者に反応する。熱探知だけど人の大きさに設定したから動物では反応しない」
「まさかセンサー!? そっちももう作ったの!?」
「まあ通信玉具よりははるかに簡単。道具も縄で済んだしね」
「お、おおう……」
問題は必要となる小型竜石の数だろう。
竜石は壊れる事こそないが、雨風と使用年数で劣化する。
小型はその速度が早い。
そして、このセンサーは複数個の竜石を使う。
まして、使うのは外。
劣化が早いだろうから、定期的にそれなりの数を取り替えなければならない。
せめて使用するのを夜間だけとかにした方がいいが、それでも夜にずーっと起動させてたらダメになるのは早そうだ。
でも、城などに売り込むのならいい儲けになるだろう。
だって器の道具がロープだし。
悪くなる……イコール定期的に必要になる、だ。
まあ、ロープ以外……例えば鎖を器の道具にする事も出来る。
その辺はみんなにお任せー。
「これを取りつければセンサーになるのね?」
「まあ、使うのは夜だけにして節約した方がいいけど。小型竜石って消耗激しいから」
「そう、なんだ。…………。儲かりそうね」
さすが……。
「……なんにせよ、これでこの学校の竜石核は守られるのね!」
「そうだね……」
ああ、あと、学校に通う職人見習いたちの練習用にしてもいいかもな、このセンサー。
他のやつより簡単だと思うし、大量に必要だし。
設計図描いて置いて行こう。
「えーと、それじゃあフラン……一応お父様の分も、作ってね……。それでお父様に、直接釘を刺すわ!」
「ん、了解」
ラナの……『悪役令嬢』としての末路を防ぐためなら喜んで。
それに、純粋にラナが家族と気軽に話が出来るようになるのはいい事だと思うし。
俺も……実家の分作ろうかな。
親父はともかく弟たちや母さんはちょっと心配。
ルースなんか別れ際ギャン泣きしてたし。
元気だろうか……手紙では元気そうだけど。
「…………」
二度と会う事はないだろう。
そんな風に思ってたけど……俺も実家にはそれなりに未練があったらしい。
ラナが『でんわ』を思いつかなければ、俺もこの気持ちに気づかないフリをし続けられただろうに……。
毎回毎回、まったく、本当にこの人は——。