5-5. 学園長の告白
ユウリの放った言葉に、時が止まったかのような静けさが訪れる。
誰一人として微動だにせず、けれど、その視線は、彼女の前に佇むラヴレに向けられていた。
「本当に……予想外なことばかり起こりますね」
彼は大きく溜息をついて、額に手を押し当てる。その表情は、意外にも、どこか清々しさを感じさせた。
「……シーヴ。彼女の本名は、シーヴライト= ヴォローニ。……私の、伯母です」
絶句して目を見開くユウリの隣に近づき、ラヴレは小刻みに震える肩を優しく撫でる。
「貴女の言うように、伯母は一族で一番力を持っていました。そして、彼女の夫グンダハール、ああ、貴女はグンナルと呼んでいましたね。その二人が《始まりの魔女》を保護したことは、誰にも、教会にさえ知られてはならない一族の秘密でした。けれど」
二人が命を落としたことは、直ぐにラヴレの父に伝えられた。
それも、一番避けたかった最悪の事態の中で彼等が逝ったということを知って、父親はラヴレに告げたのだ。
「彼等の行ったことに対する教会からの追及を逃れるため、生贄になれと、そう父に言われました。表向き彼等は、突然行方不明になったとされていたのです。彼等の行動が、一族の総意ではないと断言することが必要だった。私の実力は、一族の中で二番目です。教会幹部に名を連ねることも、学園の長に納まることも、全ては、一族の忠誠を教会へ示すために、私に与えられた責務だったのです。そして、その地位は首輪のように、何があっても私を教会に繫ぎ止める」
ラヴレは、あの柔らかな微笑みを湛える伯母を思い出す。
一族に課せられた使命のために、喪われた命。
では、何故自分は、それを奪った奴らに従っているのだろう。
彼もまた、独りで闘っていた。
伯母の死を、無駄なものにしないために。
一族の悲願を、叶え届けるために。
「貴女を見つけた時、息が止まるかと思いました。その魔力の意味を理解すると同時に、《始まりの魔法》を持ったまま、不完全な魔法で記憶の無い貴女を、どうしても手元に置いておきたかった。そうすれば、教会の手が貴女に伸びるのを、学園という隠れ蓑の中で、一番近くで阻止できる。伯母が、身命を賭して逃がした貴女を、
「学、園長……」
ぎゅっとラヴレのローブを握って、ユウリはその胸に顔を埋めた。静かな嗚咽が響く。
すっかり沈んでしまった夕日が、名残惜しそうに空を鮮やかなグラデーションに染め上げている。
「皆さんに、お願いがあります」
ユウリの背中を撫でながら、ラヴレは神妙な面持ちで佇む五人に向き直った。
「私と、そしてユウリさんの話したことは、ヴォローニ家が何百年もの間守り続けてきた秘事です。それを知ってしまった貴方達の記憶を操作することは容易いですが、やはり、お願いしたいのです」
言外に、秘密を漏らすことはないと信頼している、というラヴレに、五人は頷きあう。
「俺たちは、誰にも漏らしません」
ヨルンがそう告げると、ラヴレは瞳を伏せて、小さく、ありがとう、と呟いた。
「ユウリさん。そして、皆さんにも。話しておかなければならないことがあります」
緊迫した声音に、ユウリは顔を上げる。
先程とは打って変わって、ラヴレの顔には暗い影が差していた。
「教会は、ユウリさんが《始まりの魔女》の力を持っていると知っています。ただし、過去に消滅させた《魔女》であるのかということに、確信は持っていません。また、《始まりの魔法》が、生まれ変わる前の貴女と同じであるのか、という疑問も持っています」
「では、ユウリにそれを使用することを禁止すれば良いのでは」
ユージンの提案に、ラヴレは首を振る。それほど単純であれば、どんなに良かったか。
「教会は……現法皇様は、貴女が以前と同じように、
「待ってください。では、今回、いえ、前回も合わせて二度もあった魔物の襲撃は、教会ではないと?」
俄かには信じ難いといった表情でロッシが問うのに、ラヴレは肯定の意を示すように瞳を閉じた。
「そう。二度の魔物の襲撃、そして、伯母と伯父が命を落とした、あの襲撃。どれもが、法皇様の命ではなく、悪意のある何者かによって行われていた」
「そ、んな……」
顔色を失って、二、三歩後退しながら
消耗している彼女に、今告げるべきではないことなのかも知れないが、今後起こり得る危険を回避するためには知っておいた方が良い。
「キマイラの襲撃後、その死体から一部を回収し、私はある紋章を発見しました」
両手を突き出したラヴレが詠唱すると、その紋章が立体的に投影される。何処かで見たことのあるようなそれに気付いたのは、レヴィだった。
「それは確か、四大王国以前の、帝国の紋章ではないですか」
《始まりの魔女》が現れて、四人の王となる人物に魔力を渡した後、四大王国として四分割され、事実上消えてしまった帝国。
その名を、クタトリア帝国と言う。
歴史の授業の中でも習う、その帝国の紋章が何を意味するのか。
「和平のために四分割された後、有志たちが《魔女》とともに平等と平和を維持する目的で教会を創ったことは、皆さんご存知ですね? しかし、クタトリアについて、伝えられていない事実があります」
「伝えられていない……?」
はい、とラヴレは頷いて、その事実を告げる。
「クタトリア帝国は、和平の後消えてしまったのではなく、
——《始まりの魔女》と、四大王国の王達によって