3-4. 《始まりの魔法》
学園に戻ると同時に、無事を認めて泣きついてきたナディアをユージンに引き剥がされて、ユウリは学園長室へと連行された。
ヨルンとユージンに一部始終を説明されたラヴレは、深い溜息を吐く。
「そこまで正確に発現するとは、予想外でした」
「正確に?」
ユージンの鋭い疑問に、苦笑しながらラヴレは続ける。
「そもそも《始まりの魔法》とは、《始まりの魔女》にしか使えません。何故なら、それには、なんの呪文の詠唱も必要としないからです」
「呪文を、必要としない?」
二人は先ほどの奇妙な魔力の回復を思い出していた。
どんな高度な呪文よりも高速で爆発的な回復量。
——その時、彼女の詠唱は聞こえたか?
柔らかな眼差しを向けながら、ラヴレはユウリに問う。
「あなたは、何を思いましたか?」
びくりとその細い肩を抱きなから、ユウリは青白い顔を上げた。
彼女自身、そんな魔法の使い方など知らなかった。機械時計のせいで不安定な魔力が、通常魔法の妨げとなっている、と聞かされ続けていたからだ。
「とても、怖かったんです。魔物から逃げたい、それに」
——鋭い爪が二人の背中から見えて
目の奥に残る映像に、知らずに身体が震える。
「私のせいで、
にこりと微笑んで、ラヴレは未だ疑問符の浮かんでいる二人に向き直る。
「彼女は、祈るだけでいいのです。彼女の心がその魔力を魔法へと変える。我々の目には、突然発動したようにしか見えない、無制限の魔法」
——それが、《始まりの魔法》
——《始まりの魔女》の力
「魔物への恐怖が炎を、そしてお二人に向けられた守護の心が回復魔法へとなったのでしょう」
「待ってください! それじゃあ彼女は」
ヨルンの言葉が遠く聞こえる。ユージンは難しい顔をしたまま、黙っている。
言葉の意味がよく分からず、ぼんやりとしているユウリの頭に、ラヴレの手がポンとのせられた。
見上げた顔に張り付いた不安を拭うよう、ラヴレは極めて易しく説明する。
「魔法とは本来呪文が必要です。呪文は、私たちの操る魔力に行き先を示す指標のようなもの。
それがなければ、放たれた魔法は霧散してしまう。けれど、あなたの場合は
それがどんなに異質なことなのか。
実感こそ湧かないものの、ヨルンとユージンの顔色がそれを物語っている。
「カウンシルのみなさんには引き続き、彼女のサポートをお願いします。《始まりの魔法》の練習も加えた方が良いですね」
ラヴレは本棚からいくつの文献を取り出し、険しい顔のカウンシルの二人に手渡す。
この学園の内にある間はあくまでも秘密裡に、と穏やかながらも拒絶を許さぬ眼光に睨まれて、ヨルンとユージンは頷くしかない。
何処か他人事のようにそのやりとりを眺めていたユウリは、自然と胸元の機械時計を力強く握っていた。