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1話

気がつくと、そこにはゲームの世界が広がっていた。
「さぁ、今日から治療頑張りましょうね!」
眩いばかりの金の髪を靡かせながら、天使ガブリエルは明るく俺に言ってきた。どうしてこうなった。


俺の名は田中
タナカ
 充
ミツル
。高校ではクラスで端に追いやられてても気にせずに、勉強に打ち込み続けることが出来た。お陰で日本でも有名な私立大学に無事に入学出来た。

大学では弾けようと、大学デビュー。そして可愛い女の子と付き合った。
「俺の人生にも、とうとう春が!?非リアの奴等ども、グッバイ!今日から俺は勝ち組かぁ!」
そんな順当な人生を歩んでいた…

…ここまでは良かったんだ。ここまでは。

付き合うとかは、よくわからなくて、彼女には今まで貯めていたお金を使い、いろんなプレゼントを買ってあげた。更に、親がネグレクトしてるということで、不憫に思った俺は彼女に大金を貢いだ。そんなことが1年と少し続いたある日。


「ごめんね、もう用済みだから」



そう静かに笑って、彼女は突然別れを告げた。その後の目撃情報では、彼女は他にイケメンや社会人と歩いている現場が目撃されていた。要は、俺は財布だったわけだ。


これを話せば、周囲は俺の愚かさを嘲う。情けない。浮かれてたことも、俺が彼女に同情したこともすべて、情けない。

「もういいや。」
俺は部屋に閉じ籠った。

今までが嘘のように何のやる気も起きずに、そんな自分が嫌で、また、布団に戻る。

何かをしようと、必死にアルバイトや大学に行ってはみるものの、周りが全員敵に見えて仕方ない。そもそも、学ぼうにも働こうにも、指示や内容が頭に全くはいらない。ノートを書く気力も湧かない。
そうして、ミスを連発。単位もとれない。

………こんな自分、もういらないや。

部屋の中心に吊るした縄に首をかけ、そのまま


「そのまま、自殺と。なるほど、それはなんとも悲惨でしたね。」
柔らかく包み込むような笑顔で、天使ガブリエルは俺にそう言った。涙腺の弱い今の俺には、もう涙を堪える術もない。

ただ、黙って涙を流す俺に、ガブリエルは優しく続けた。
「さて、事情をお聞きしたところで。ミツルさん。お話を聞く限り、あなたは鬱病になってしまったようです。そんなあなたにあるプログラムに参加して頂きたいのですが…」

プログラム?なぜそんな面倒なことを。断ろう。
俺は首を横に振った。もうそういうのはごめんだと。

すると、ガブリエルの顔がにこやかになって
「よかったぁ!私も付き添いますから、安心して下さいね!実は、今天界では鬱の方をせめて次の世界では幸せになっていただくためのある計画を…」
「え、あ、その」

どういうことだ、天使には首を振ることがYESのサインだったのか!?
やられた!これはすぐ訂正しなくては!

「どうかしました?」
潤んだ瞳に上目使いでそんなことを言ってくる。

…あぁ、これは反則だろう。
「なんでもありません。続けてください。」
「…それでは続けますね!」
ガブリエルは不思議そうな顔をしながらも、話を続けた。

「天界では、エコロジカルアプローチといって…」
あぁ、また長い話だ。全然聞く気になれない。適当に頷いておこう。

その後も適当に相づちとして首を振っておくと、話が終わったらしい。
「それでは、いきますよミツルさん!あ、私のことはガブリエルではなく、ガブと呼んでくださいね!」
ん?え?なに、どこに!?
そして急に目の前は真っ暗になった。


目を広げれば、ファンタジーの世界。武器を持った人がチームを組んで何処かへ行く。

…おい、ちょっと待ってくれ。
もしかしてあれ、モンスターの討伐か何かじゃないだろうな?

「さぁ、今日から頑張りましょうね!」
「いや、待ってくれ。ここはどこなんだ!?」

そういうと、不思議そうにこっちを見たあとで、何かに納得したかのように。
「あぁ、そうか!頭に入ってないんだ!えっと、あなたは今、ファンタジーの世界にいます!武器を持ってモンスターを狩りにいく、あの!因みに、この街の名前はクランケットという町です!」

頭に入ってなくて悪かったな。それより、なんだ。鬱病であろうと診察しておいて、なんでそんな活発な世界に連れてこられたんだ?

「この世界は今、古の龍とその配下のモンスター達によって襲われているのです。というわけで、ミツルさんにはモンスターを倒しながら、古の龍を倒して貰いたいと思います!」
俺は固まった。何を言ってるんだこの天使は。

え、なに、というか鬱病患者にモンスターのいる世界で生きろというだけでかなりの無謀なのに、古の龍?何を言ってるんだ本当に。こいつ、実は悪魔なんじゃないのか?

俺はそっと目を閉じ、先ほど俺の中では悪魔に転職したガブリエルに告げた。

「ガブリエル、これは流石に無理だ。」
こうして鬱な俺の憂鬱な異世界暮らしが始まった。


「さて、ミツルさん。まずは何をしましょうか。」

え、待ってくれ。何て言った?まさかとは思うが、こいつこんな世界に送り込んだだけならいざ知らず、この悪魔は特にナビゲーターになる訳でもないのかよ!

俺はおもむろに口を開き、
「それじゃあ、、、とりあえずどこかで寝ようか。」
俺のそんな言葉にガブは驚いたように

「え、いやここは何か冒険するための準備というかその、もう少し頑張りません?」
「なんだとこの悪魔!ここに来ただけでも十分頑張ったじゃないか。今日はここまでだ!早く寝かせてくれ!」

悪魔は取り乱したようで、手を不自然に動かしながら

「え、待ってください、え、悪魔!?私天使ですって!あんまり大きな声で言えないんですけどね!それと、寝かせるっていったって、私お金もないですから家はおろか宿も取れませんよ!?」

はいはい、天使天使。鬱病患者とモンスターを戦わせるような…

…え、なんだと?
「今、最後に何て言ったこの悪魔。」
「天使です!お金がないんです!あるわけないじゃないですか!なので、今日はまずは宿代を稼ぐためにメンバー登録してからクエストに行きます!」
ガブの大きな声に驚いた。

お金があるわけない理由がわからなかったがビックリしてしまったので、とりあえずは良いことにする。

というより、登録では無料どころか勇気ある行動として、最低限の武器を買うお金までくれるらしい。それだけモンスターに苦しめられてるのか。

しかし、そんなことより、今日このままクエストだなんて冗談じゃない。

「クエストなんて無理だ。せめて登録までだ!クエストは一人で行ってきてくれ!お前、天使なんだろ!?頑張れよ!」

「さっき悪魔って言ってたのに!あとあんまり大きな声で天使って言わないでください!…もう、そんなこと言ったって私一人で戦えるかなんてわかりませんよ…最大限私が頑張るので、協力してくれません?」

なんとも甲斐甲斐しいことを言ってるが、そんなことを天使にさせなくてはならない上に、こんなことで本当に疲れてしまっている自分に嫌気が差す。

…せめて登録までは頑張ろう。


さて、いかにもゲームで見たそれを感じさせる大衆酒場にたどり着くと、ガブは楽しそうに

「私もこれから冒険者になるんですね!楽しみ!」
あぁ、天使だ。なんでこうも、女性の笑顔は人を癒せるのだろうか。俺が笑っても周囲は気持ち悪がるだけなのに。

そんなガブとは対照的に気だるさのようなものを感じながらも酒場の扉を開ける。

これは、驚いた。外見の様子とは裏腹に、閑散としていた。数名いる冒険者達も怪我を負っていたり、生気のない様子でうつむいていたりとする。なんだこれは。俺が馴染めそうだ。

俺は周囲に聞こえないような声で、ガブに尋ねた。
「おい、ガブ。こういうところってもっと活気づいてるというかなんというかじゃないのか?」

「あぁ、現状、古の龍の軍勢がかなり強力で。どの冒険者もクエストに行っては命からがらで逃げ帰ってきて、なんとか狩ってきた、少ない討伐数に応じてお金が貰えるといった感じで…」

えぇ、なんかこうもっと楽しい感じじゃないのか。まぁ、周りが騒がしいとそれだけで精神的にしんどいものがあるから、静かなのは良いけど…これは……

冒険者登録の受付にたどり着いた。受付嬢は明るく元気な声で、
「メンバー登録ですか?でしたら、まずはこのペンで、名前だけをお書きください。」
そういって、羽のついた黒いペンと紙が渡された。とりあえず言われた通りに名前を書いてみる。

すると、

書いた名前が光だし、その下に空欄になっていた欄に数字が浮き出てきた。これは…!
さすがの俺も少しだけテンションが上がる。

そんな俺に受付嬢は笑顔を絶やさないまま
「あぁ、大方平均以下ですね!ただ、知力だけ以上に高いです!これは役職には関係ないんですけど、きっと役に立つかと!」

なるほど、この世界において大切な部分は平均以下だけど、なんとなく頭は良いねと。なにより、受付嬢の"きっと"という言葉が慰めにしか聞こえないのは心が濁ってるからなのか。

そんな俺を尻目に、ガブも名前を書いて、それを渡した。

受付嬢は「攻撃が低いですね。防御と攻撃魔力も平均以下。ただ、回復魔力はほぼ上限ですよ!これは回復魔法のスペシャリスト!ヒーラーになるのが良いですね!」と先ほどとは異なったテンションでガブに伝えた。やっぱり俺のは愛想笑いか。

ガブは天使らしいお仕事につけたことで満足したのか、笑顔が止まらない様子だ。

…おいまて、俺は何に向いてるとか言われてないぞ?
「ミツルさんは、その、まぁ、旅人とかどうでしょう。その、いろんな事が出来ます。」

俺はすかさずに聞き返した。
「例えば?」

「……攻撃とか。」
みんなできるじゃねえか。

もうやだ。無理やりこんなところに来て冒険するんだから、せめて強くしてくれよ。てか、俺とガブの二人ってなったら、ガブはヒーラーだから、俺が戦うのかよ……そんなの無理だ。

そんな俺の気も知らずにヒーラーになった悪魔ガブはあどけなさすら感じさせる、満面の笑顔をこちらに向ける。

「これから、一緒に頑張りましょうね!ミツルさん!」

これだから女の笑顔はずるいんだ。


こうして、俺は具体的には何をするかもわからないような旅人という名の浮浪者に。そしてガブはヒーラーになった。

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