バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

鬼という名の好男子

「おいら、妖しの中でも鬼と呼ぶ相手を見たよ。」
「同業者は恐喝が入って商売しにくくなったって言ってるよ。」

朱雀が見掛けたのは別の陰陽師の邸宅に矢を射る鬼の姿。
未だに陰陽師を続けている元道は、この鬼=酒呑童子に会うかもしれないと思った。

「妖しって強さに等級があるんだよね?」

朱雀が聞いてくる。ああ、確かにある。

「妖しはその場所に長く居たり、強烈な出来事があると強くなるんだ。」

誰かが恐れて祀った妖し、地方の主のような妖し、古事記や日本書紀に出てくるような神話級の妖し。
例えば大江山の酒呑童子という名前があったとする。その人物がどこに当たるかは戦ってみないと分からない。

「この酒呑童子は妖気を漂わせている辺り、ただの異邦人ではなく鬼の強さに達しているようだ。」

最近都に作られた高い建物の1階は遊郭が入っている。
若い男女の色を好む連中が酒を飲み、宴会芸で饗されている。
金髪碧眼の身長の高い男が店にいるとかなり目立ち、噂になる。

「シュテさん。日中から来られると他の客が怯えます。」

白拍子。今でいう舞妓にあたる人。
饗す方も、日本人とは異なる体格に怯えていたが、整った顔立ちの彼に次第に心惹かれていく。

「ああ悪かった。日の光の下で愛でたくてな。」

如何にこの国が閉鎖的なのか、彼は分かっているが、心が我慢できない。

酒呑は元道の家の近くに来る。今日は小物が何人か家の周りにいる。
こちらに気が付いたのか、中の主人を呼んでくる。

「大江山の酒呑さん。わざわざこんな場所まで来られるとは。」

酒呑は機械式の弓(クロスボウ)を持ち出し、元道に攻撃をしようとする。
ところが髪を逆立てている男が現れ止めに入る。柚樹だ。

「シュティフィールド。殺せとまでは言われてないはずだ。」
「ふふっ、妖しを倒す人間に肩入れしますか。後々後悔することになっても知りませんよ。」

酒呑は碧眼を曇らせる。機械式の弓(クロスボウ)を仕舞い、その場を立ち去る。
柚樹はいつの間にか漆黒の禍々しい鎌を持っている。酒呑が矢を放てば斬り落とす構えだったのだ。
こちらも朱雀はスタンバイしていたようだが。

「柚樹、元気だったか?」
「ああ、元道も相変わらずだな。」

柚樹が人間としての生を捨て、妖しの立場に変わってもう数年。

「勿体無いよな、人間に拘って永遠に近い寿命を手放すとは。」
「種族としての誇りがある。石ころは永遠の寿命と言われても喜べないさ。」
「お前らしいな。それより今日は一言言いたいことがあってな。」

ただ人間側を重視して妖しを退治するだけではいけない。
妖しを使って悪事をする人間がいたら、それも討つべき敵だ。その貴族(てき)の話を元道は聞けた。

「ん・・・柚樹。分かっているさ。」

元道はこの間拾った十字の首飾りの破片を柚樹に投げ返そうとするが断られる。

「それは配下を失わせたことに対する償いだ。お前は手にかけないが、すまない――お前の周辺は手加減しない。」

元道は柚樹に聞いたとおりに地竜に上級貴族の屋敷を調査させる。

「地方に目代(もくだい)を派遣している有力な貴族じゃないか。」
「衛士の代わりに鬼を使っているようです。」

権力の差から、こちらからは手出しはできない。
ここの鬼が悪さをしないようにするにはどうしたらいいものだろうか。
と、いつもは元気な調査帰りの地竜がふらふらしている。元道は額に手を当てる。

「すごい熱じゃないか。医者に診てもらわないと。」
「くしゅん。」

病人なのに、なんだか動物病院でくしゃみをする小動物を診てもらうような感覚に包まれる。
元道は朱雀に医者の所まで行って、往診のついでに寄ってくれるように言伝てを頼んだ。
朱雀が不思議そうな顔をする。

「陰陽師が治療するんじゃないのか。」

朱雀はそう言うが、家が原因で病気なら陰陽師だけでもいいが、ここは方位や環境に気を使っている。
それでいて熱が出るのだから、祈祷より医者にかかったほうがいい。
その日の夕方、黄帝内経による漢方や鍼灸の治療が行われ、症状はすこし良くなった。

「先生は名医ですね。」
「いえいえ、年寄りと違って若い者は治りがいいですよ。」

先生を見送りに通った、都の広場。
一角で商人が妖しの取引を行っているのを見る。
その広場に別の妖しの気配が感じられる。反対側から歩いてきたのはなんと柚樹と酒呑だ。

しおり