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「なぁ、白キツネ……。思い出す事は出来るのか?」
『不可能だ。だいたい魔力切れの時に、さらに使おうとしなかったからな。《《俺たちは》》。』
「申し訳ございません。合流が遅れました。」

 不可能と言われて以降、給仕と白キツネのやり取りをどこか上の空で聞いていた。

 4回、消えてるんだな……。

「キツネさん……大丈夫?」
「エラも大丈夫か? しばらく続きそうだから休んでて良いぞ?」
「私よりも……キツネさん、痛くない?」

 何を言っているのだろう。痛くは無い、外傷など無いはずだ。
 その時、前足が少し冷たくなった。
 視線を落とすと、震える前足が血で濡れていた。

「おかしいな、悲しくなんて無いんだが。」
「早急、でしたか?」
『いや、コイツが経験した事だろ。早晩《はやかれおそかれ》行き詰まる問題だったはずだ。血涙は2番目も流していたからな。』
「……何で、そんなに冷静なの?」

 俺を抱きしめたエラが、白キツネと給仕に問いかける。
 応えようとする給仕を白キツネが前足を上げ、制した。

『何が聞きたい? 気休めか? 勘違いするなよ、俺たちの問題だ。』
「でも、それでも……。」
「エラ、俺なら大丈夫だぞ?」

 エラの腕を前足で叩き、顔を仰《あお》ぐ。白キツネのため息が聞こえてくるが、無視してエラに話しかける。

「キツネさん……。」
「俺は俺だ。記憶なんて無くても困らんだろ。こいつらに当たってやるな。」

 どうしたのだろう、エラは。俯いて涙を流している。俺の事なのにな。
 給仕を見ると、《《青く》》光る黒球に腕を沈め、何かをしているようだった。

「おい。何かしたか?」
「はい、8回目です。」

 8回目……。

 回数を反芻《はんすう》する俺を仄《ほの》かな青い光が覆《おお》う。流した血が分解され、燐光となり黒球へ集まっていく。《《泣くなんて俺らしくないな》》。

 切り替えないと――

――――――――
※ エラ視点 ※

 また……キツネさんが動かなくなった。

 今しがたまで血涙を流しながらも笑っていたキツネさんは、ぼーっと虚空を見つめている。流した赤黒い血はキラキラとした小さな光になって給仕さんの近くに吸い込まれていった。
 キツネさんを抱きしめて耳元で話しかける。

「ねぇ、キツネさん……。」
「しばらくは動くことが出来ませんよ?」
「《《前》》と同じ、なんですか?」
「はい。再構築され、留《とど》まる意図を奪います。前回も説明したと思いますが?」

 されたとしても。納得できない。私はバカだけど、置いてきぼりなのも分かってるけど……都合の良い行動をさせるために意図を奪うなんて。
 努めて平静を装《よそお》いながら白いキツネさんを睨《にら》みつけ、聞く。

「あと……何回、なんですか?」
「答えられません。」
「あなたには聞いてません!」

 給仕が答えたため、声を荒げてしまった。睨まれた給仕さんは、涼しい顔で白いキツネさんの隣に立っている。悔しい……。敵意をむき出しにした私を見つめながら白いキツネさんが言う。

『エラ、だったか? 俺を心配してくれてありがとうな。コイツに代わって礼を言っておくよ。』
「あなたに言われたって……。」
『《《今》》、《《知った》》からな。でも非常食は無いだろ。キツネの肉って食べられないと思うぞ?』
「あ、あの時は!」

 ああ、もう! 調子が狂っちゃう。白いキツネさんは雰囲気を和ませようとしてくれたんだと思う。クツクツと笑う白いキツネさんを見ていたら、考えないようにしてても考えちゃうよ。

 笑い方も声も、記憶まで同じ……。それに、こんなに《《楽しそうに》》笑うんだね……。

『やっぱ良いな。久々に笑ったぞ。』
「来ましたね。」
『お? そろそろ、時間だな。』
「え?」

 私が振り返ると、人魚さんが膜の外に待機していた。何? お別れの挨拶みたいな事……時間?
 給仕さんが腕を横に伸ばすと、手先から肘までが、何かに飲まれるように消えていった。何度も見たから驚かないけれど。
 私たちを包んでいた膜が蠢《うごめ》き、人魚さんを包む。

「お待たせしました。調整は、こちらで行います。」
『あぁ、始めてくれ。』
「え? 私に何か?」

 膜内に入ってきた人魚さんが私の手を取り、微笑む。人魚さんの目、キレイな《《紫色》》になってる。あれ、何でだろ……目が離せない……。

 私の目から、涙が零《こぼ》れた。

―――――――――

 さて、と。頭を切り替えて深海から浮上しないとな。スッキリした頭で考える。こんな所に《《一人で》》いてもな。さっさと白キツネに浮上方法を聞いて、地上に戻りたい。
 そんな俺の耳に白キツネと人魚の声が聞こえてきた。

『エラ、すぐに終わるから心配しなくて良いぞ……って、もう聞こえないか。』
「調整、終わりました。あの、よろしかったのですか?」
『問題ないだろ。後で南に送り届けてくれ。』

 エラ? 魚のエラか? 視界の端で震えている白髪の少女に目を向ける。
 何だコイツ……ぼーっとしながら泣いてる? 変な奴だな。
 俺が変な少女を訝《いぶか》しんでいると、給仕たちと話していた白いキツネが話しかけてくる。

『お? 戻ったか。どうする? もう帰るか?』
「あぁ、この世界を見て回りたいからな。」
『そうか。南《ニブルデンバ》から来たのなら、東《デューブルク》へ行くのか? 4番目は……まだ交代には早いが。』
「東は砂漠と氷の大陸だったか? 無毛の大地には行きたくないな。西の大陸の方が面白そうだ。」

 東の大陸。
 北半分を氷が、南半分を砂漠が占め、沿岸部には人もいるらしい。大陸中央に4番目の俺がいるようだ。5番目の俺には関係ない。わざわざ挨拶に行く必要もないだろう。見る物が少ない所に行ってもつまらんしな。

 その時、隣の少女《エラ》がビクっと震えた。病院――街へ送った方が良いだろう。
 人魚が「こちらで南に送ります。」と言うので任せることにする。
 給仕に目を向けると黒球から腕を抜いた。取り出した毛布を少女《エラ》の肩にかけ、俺の後ろに控えた。俺には……してやれる事がない。

 白いキツネが巨大な黒球を呼び、少女を不透明な黒い膜で包む。
 俺も給仕を呼び、俺と給仕を膜で包ませた。俺たちの膜は、透明だな。まぁ、気にしても仕方ないだろう。
 白いキツネへ別れを告げる。

『たくさん経験しろ。』
「面白い記憶を届けてやるよ。」
『痛い記憶は要らんぞ? 餞別だ。』
「うまく指示するさ。やっぱり尻尾がある方が、らしいな。」


 白キツネが薄っすら緑色に光ると、尻尾の再生が始まった。《《やはり》》黒球の大きさで出来る事が増えるようだ。

 感謝を述べ、尻尾の調子を確かめる。俺を抱える給仕が膜を浮上させていく。
 白いキツネが前足を振っているが……アタフタしているようにしか見えない。人魚も小さく手を振っている。悲しそうな顔に見える……俺と何か絡みでもあっただろうか。

 白キツネがほぼ見えなくなった頃、深海魚たちが集まってくる。だが、巨大球の真上にいる間は寄ってこない。《《どこで知った》》んだっけか……。図書館にでも行ったのだろう。
 
「あと、どのくらいで海面だ?」
「20分ほどです。」
「そうか。深海で得るものはあったか?」
「ご覧になりますか?」

 給仕が黒球を俺の目の前に移動させ、黒球の表面をなぞる。
 俺もマネして黒球の表面をなぞると、黒球は縦回転をした。給仕のため息が聞こえる……。すまん、邪魔した。

「直接の操作は、私たちが致します。指示を頂いた場合は優先されますよ。」
「おう、すまん。」
「品目が多いので項目別にまとめています。」

 給仕が黒球から取り出した皮紙《リスト》には、米粒以下の小さい文字がビッシリと書かれていた。うわぁ、見えねぇ……。
 目を凝らして読もうとしていると、皮紙上に親指と人差し指を乗せ、二本の指で押し広げるような動作――ピンチアウト――を行った。
 
「おお、大きくなった。木材に、鉱物、深海魚……何だコレ。」
「ご覧になる場合は浮上後に、お出しします。」
「いや、出さなくて良い。《《どこで》》回収した?」

 肉:人 31

 31人分の肉――ゴブリンや家畜の肉ではない。黒球は、いつ回収した? 考えろ……回収する指示を出したか? いや、それよりも……俺が、殺したのか?
 この世界で辿った経路を考えていると、給仕が皮紙を放り投げた。

「僭越ながら。」

 堂々巡りを始めた思考が中断された。黒球が高音を発したのだ。
 そして、いつもより低い給仕の声が頭に響く。

「別の事をお考え下さい。」

―――――――――

 海面へ浮上した俺たちは、膜を維持して黒球に座ることに。給仕の膝の上に俺が座る格好だ。どの方向にも街の明かりなど無い。
 月明かりに俺の体は青白い燐光を放ち始める。
 久々の空は……綺麗な星空だった。夜風が気持ち良い。お、流れ星だ。願い事でもしとくか。

 旅は、《《順調だ》》。

「お前も願い事しとけよ? 叶うかもしれないぞ。」
「はい。」

 夜通し移動すれば、朝には西の大陸に着く。給仕に睡眠など不要だから、警戒は任せて良いだろう。
 給仕が取り出した布で俺の目元を拭う。月明かりだからか、布の一部が黒く見える。《《汚れていた》》ようだ。給仕は言わなくても色々とやってくれるから楽だ……。
 波を切る音すら聞こえない膜の中で、月明かりに癒されながら丸くなって休む。

―――――――――

 給仕に揺り動かされ目を開ける。東の水平線付近から空が薄明るくなってきた。日の出が近いのだろう。
 西の大陸の岸壁が見えていた。砂浜は……近くに無さそうだ。人影も無いので岩を登ってしまうか。

「主様、地上では消費を抑えるために待機いたします。」

 俺が答える前に、給仕の姿が薄れていく。服から先に消えるんだな……まぁ、いいか。
 黒球の上に座り、崖を登る。海底でも壁は《《登った》》から要領は心得ている。そういえば、なぜ崖から離れたんだろう。記憶が曖昧だ。
 まぁ、いっか。海溝に落ちたからこそ白いキツネにも会えた。


 崖を登り終えた所で現在地を確認する。前《にし》は森、|後ろ《ひがし》は崖。左後方に海面から隆起した岩がある。ここから北西に行くと、次の街に着くはずだ。
 時間が経てば明るくなるだろうが、森はまだ薄暗い。間伐など行われていない原生林をゆっくり進む。採取も忘れずにしておこう。役に立つかもしれない。

「木の一本一本が太いな……。普通の人には根を乗り越えるのも一苦労だろうな。」
『樹齢百年を優に超える木々ばかりです。』
「ほぉ、それだけ人の手の入っていない森か。」
『前方に大きな空白地帯があります。』

 空白地帯? 人の手の入っていない森に出来るものか? 遠回りすることにならなければ良いが……。

 そんな疑問は、すぐに解消されることとなる。

 巨大な根の上を通過し空白地帯に入った瞬間、黒球は高音を発した。
 半球状の膜が形成され、風切り音とともに飛来した矢を数本弾く。俺ってすぐ撃たれるのな。
 赤い矢印が4つ浮かび上がり、バラバラに動き始める。敵は移動しているようだ。視界が開けているのは前方のみ。左右は巨大な木の幹があるため見通せない。

「相手を無力化することは可能か?」
『特に問題ありません。』

 給仕の声にホッとする。水圧にも耐えうる膜は信用できるが、給仕の戦闘面は未知数だ。聞きたい事もあるし、友好的に行こう。
 再度、膜が矢を弾く。ん? 《《矢じり》》が違う矢だ。ヤル気満々か……。

『いかがなさいますか?』
「拘束して拳骨一発くらいで許してやれ。」

 黒球の高音の後、数か所で悲鳴があがる。木から落ちたような音も聞こえ、矢印は全て黄色に変わった。給仕がすごいのか黒球がすごいのか分からんが。
 近づいて話を聞こう。

―――――――

「くっそぉ! 動けねぇ! いてぇ!」
「……。」
「きゅぅぅ~。」
「食べられたくない食べられたくない食べられ——あたぁ!」
「うるさいぞ? バカども。」

 金髪、碧眼《へきがん》、そしてとがった耳……ファンタジーの定番と言える特徴。だが惜しい。日焼けしすぎだ。褐色肌が3人に、無口な少女は小麦色の肌だ。
 貫頭衣《ワンピース》を着ているが、拘束具などは無い。この世界のエルフは背が低いのだろう。

『僭越ながら、彼らはエルフではありません。《《ドワーフ》》です。』

 給仕の声が聞こえてくる。ドワーフか。とりあえず、うるさい少年二人を黙らせる。木から落ちた際に気を失った少女とともに3人を一括りにしておく。
 以降、《《バカ3人》》と呼称しよう。

 さっきからジーっと俺を見ている女の子に目を向けると、ビクリと震えて止まる。
 どうやら気づかれない程度の動きで逃げようとしていたらしい。悔《くや》しがるように口をきつくしめている。黒球の腕で拘束しているから、10メートルも離れられないが。
 俺が一歩近づくと、ジリっと同じ程度、後退《あとずさ》る。以前にも、こういう場面があった気がする。

「良いのか? 逃げても。」
 ピタッ
  
「俺が逃がすと思うのか?」
「うぐっ……。」
 
「仲間を見捨てて逃げるのか?」
 じわっ
 
 ……じわっ?
 強がっていても、見た目通り子どもだったらしい。
 あふれ始めた涙は止まることも無く。声を出さないように我慢していたのではなく、元々無口な子のようで。
 耳を覆いたくなるような大声で泣き出してしまった。

「おいおい、どうしたら泣き止むんだ!? 泣き止んでくれ、俺が悪かった!」
『バカ主……。』

 給仕の呟きが、戸惑る俺に聞こえるわけもなく。撫でても、尻尾を揺らしても効果が無い少女に、途方に暮れる。

 黒球の腕が見えていないドワーフたちを連れ、街へ到着するのは……もう少し先になりそうだ。はぁ……給仕、出て来て、なだめてくれよ。

しおり