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第59話 怖いのは





 ◆◇◆







「はじめまして、店長さん。この街ではありませんが、パン屋の店員をしているゼストと言います」
「お、お前が?」

 アクアちゃん達からの口撃で気落ちしてた店長さんだったが、僕を見ると目を丸くしました。
 多分、ケイン君ぐらいに細くてひよっ子にしか見えない少年じゃ、パンの製造作業なんて無理からだと思ったのかも。

「いきなり割り込んですみませんが、僕なりの対策(・・)を思いつきまして」
「……どんなだ?」
「まず、台に乗せてるパン達はやむを得ないですが処分してください」
「ぜ、全部か?」
「全部です。でないと、店長さんにもお客さん達にも被害が出るからです」
『被害⁉︎』

 僕の言葉に、店長さんも皆も当然驚くが別に当てずっぽうな事を言ってるわけじゃない。

「アクアちゃんやケイン君が言ったように、生の野菜とかが暑さで悪くなるのはもちろんですが。もっと怖い事が起きます」
「な、なんだ⁉︎ 言ってくれ!」

 若造が言うことを信用しちゃうのか、周囲に聞かれてしまったから訂正したいのか。
 どちらにしても、気迫も薄れてしまった彼は僕の言葉を促してきた。
 なら、遠慮せずに言ってしまおう。

「今ある食材のストックもあやしいですが、万が一にこの台のサンドイッチを食べただけでも『食中毒』になる恐れがあるんです」
「り、理由はさっき言っていたものか?」
「そうですね。まだ真夏でなくても、食中毒の原因になるのは乾燥だけではないんです」

 そこから、僕が専門学校などで重点的に学んだ知識を披露することにした。
 もちろん、異世界用語を極力出さずに、かつ丁寧に。

「食べ物の腐敗は、匂いや見た目だけではわかりません。いい例だと、アクアちゃん……こちらの彼女が探していたチーズですね。あれはわざと腐らせることで臭いを伴いますが、実際に食中毒になる食材って臭わないんですよ」
『え⁉︎』
「ス……ゼスト、俺ら昔っから腐ったもんは臭うやつとか教えられてきたぜ?」
「それは、滅多にないことだけど……多分ゴミくらいに腐ったのを食べたからじゃない?」

 飢饉じゃ無理なかったかもしれないが、この街じゃスラムの居住区はない。
 そこを踏まえて考えてみても、わざわざゴミを漁って飢えをしのぐ生活はよっぽどないはずだ。

「しかも、やっかいなことに味も滅多に変わらないんです。だから、もし一口でも誰かが食べてしばらくしたら……ほぼ間違いなく食中毒になります。ちなみに火を通したベーコン達でも同じです」
「そ、そんな……っ」

 がっくりされるのは予想済みでも、こればかりは本当のことなので無理もない。
 なにせ、食中毒の原因は食材の中にいる『微生物』達の働きによるものが多いからだ。
 匂いも味も基本的には変わらず、巣食ってる微生物達が活発的になって増えたり毒素を出してしまう。そんな病原菌状態の食べ物を食べてお腹を壊すだけならまだいい方。
 問題は、『ノロウィルス』。

(先生達やお父さんに再三再四くらいに叩き込まれたからね!)

 食事からの感染して吐いた物を、近くにいる人も匂いを通じて感染してしまう恐ろしい病気。
 保存方法が、木箱やガラス、鉄でなんとかしてても熱遮断するような保冷剤とかがこの世界にはない。
 要は、腐りやすいからそのウィルスが巣喰いやすいんです。
 今は言わないでおくけど、僕はそれを一番可能性があると思い込んで、大袈裟に言いました。

「まだその被害届けが来ていないのが幸いですが、今日はお店を畳んだ方がいいかもしれません。このサンドイッチの処分に時間をかけるでしょうから」
「…………」

 言い過ぎなくらい言っちゃったけど、周りの人や左右のお店の人達も何も言ってこない。
 余所者の僕の話に、何か思い当たることがあったのかお兄さんも含めてだんまりになってしまった。
 だけど、こう言うのはあってからじゃ遅いんです。
 少ししてから、お兄さんが大きくため息を吐いた。

「​───────……ありがとな」

 お礼と共に、深くお辞儀までしてきた。
 食材達には当たらないように、ゆっくりと。

「坊主……ゼストのお陰で、大変な事にならずに済んだ……。目立つ以前に、食材の目利きが衰えてたんじゃ、商売する意味もない」

 と言って、僕に右手を差し出してきた。

「ここは店じまいにする。お前は住んでる街に帰るだろうが、機会がありゃこの街の南側にある"シュバルツ"ってパン屋に来てくれ。修行し直して、店を変えていくよ」
「頑張ってください」

 お互い固い握手を交わしてから、お兄さんはすぐにサンドイッチ達を慎重に片付け始めた。

「皆、行こ?」

 とりあえずご飯はお預けになっちゃったけど、お店はまだまだあるからクラウス君達も頷いてくれました。
 お兄さんにはもう一度挨拶してから、僕らはそこから離れた。






 ◆◇◆






「最初は、別のパンでも提案しようと思ったんだよね?」

 歩き回った露店でいくつかお昼ご飯になるようなのを買い、出来るだけ人通りの少ない脇道に入って食べながら説明した。
 ジェフとシェリーさんもあんまり食べてなかったみたいで、今は拳大のドーナツを皆で食べてます。

「けど、腹を壊す以上の事になるかもって?」
「うん。この暑さでも食材が悪くなるのは考えられるし、今食べてるドーナツなら作り慣れてる人が作ってるからいいんだよ。あれは初めての出店だったから、余計に心配になったんだー」

 エリーちゃんの質問に答えてから僕はドーナツを半分まで食べた。
 これは揚げたてを買ったけど、生地のボウルには魔法か魔術で薄い冷気の結界で保護していた。
 あれがあれば別に僕も言わなかったが、ほんと何の対策も無しに食材をダメにしてたから、ついつい強気で言ってしまったんです。

「が、俺達も勉強になったな?」
「だねー? 俺も実家が食堂なのにそれ知らなかったしさ?」
「ん、スバルさんのおかげで私達も命拾い」

 二度も助けてくれてありがとう、と何故かエリーちゃんも含めて全員にお礼を言われてしまいました。

「けど、一旦広場から離れてもギルドに向かうのは正直無理だぜ?」

 ジェフが自分のドーナツを食べ終えてからそう言い出した。

「どうしてだ?」
「探してる連中らの話が聞こえてきたんだよ。ギルドも商業の方も、先回りするとか」
「い、言ってたよ!」

 なんて事でしょう。
 もしかしてと思った避難先に、既に先回りされてるなんて!

「ジェフかシェリーさん、蝶の一式持ってる⁉︎」
「ねーな……」
「あ、一枚だけあります!」
「「ほんと⁉︎」」

 使っていいことになったので、シェリーさんがポーチから取り出そうとしたら……出て来た紙がふわりと宙に浮いた。

『え⁉︎』

 ジェフでも届かないくらい高く上がってしまったが、あるところで急に止まった。
 けど、落ちてもこない。

【こぉんな、ところにいたのねー?】

 声と共に紙がふわりと揺れ、その風のような動きの後に緑の色がついた霧のようなのが現れた。
 だけど、僕とエリーちゃんは声の正体がすぐにわかったので安心出来た。

「ルゥさん!」
「ギルマス!」

 僕らが声をかけると、霧が巻き毛の綺麗なお姉さんに変化して、持ってた紙を僕に渡してくれました。

【ちょっとお久しぶりねー? あら、お友達まで一緒なのぉ?】

 精霊さん越しに見えてるのか、ジェフ達のこともわかってるみたい。

『ぎ、ギルマス……?』
「あ、うん。冒険者ギルドのマスターさんだよ? ここにいるのは契約精霊?さんだけど」
【合ってるわよぉー? あらぁ? スバルちゃん、男の子になってるのぉ?】
「この人達に協力してもらって、変装しました」

 くじの騒ぎについては知ってるだろうけど、タイミングが良かったです!

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