一話 《当然の事》
傷を治してから数時間後、少女は目を覚ます。
意識が回復したばかりで、朦朧としている少女は周りを見渡し、ベットに凭れ掛かるように気絶しているアルファを見つける。
「っ!」
少女は驚き、近くに置いてある自分の剣を取り、気絶しているアルファに突きつけた。
「……」
アルファは自分に向けられた殺気で目を覚ます。その目覚めは決していいものではなく、寝起きで目の前に刃があるという人生初の体験に驚いている。
少女は驚いているアルファを睨みつける。
「こ、ここはどこ! 貴方は何者なのですか!!」
「…………」
「こ、答えるのです!」
困った顔でアルファはポケットに入れてある小石を取り出す。
少女はなぜ小石をポケットに入れてるんだろう? と首を傾げる。
「こ、小石なんか取り出してどうするのですか!」
「……」
アルファは無言で床に小石を並べていく。
__アル
アルファは小石を並べて文字を書いた。
本当は『アルファ』と書こうとしたのだが、石が足りず『アル』までしか書けなかった。
こんなことならもう少し石をポケットに入れておくんだったと後悔するアルファ。
「……アル?? もしかして名前なのですか?」
「……」
まぁ、別にいいかとアルファは頷いた。
「……」
「……」
「__で、ここはどこなのですか!?」
いきなり怒鳴る少女にアルファは少し驚いてしまう。
人間に会うのが数百年ぶりで、最後に合った人間に言われた言葉は「うほっ」だったアルファにとって人間の進化は驚くべきものだった。
数百年で言葉を使いこなせるようになるなんて驚きだ。と、アルファは思っていた。
__そと
アルファは小石を並べて書くと部屋の窓から外に出る。
少女は困惑するが、恐らく外に着いてこいと言いたいのだと理解して外に出る。
「外に出て何をするつもりなのです?」
「……」
__外なら地面に文字を書けるから
アルファは杖で地面に書いた。
「先程もですが……あなた、もしかして喋れないのですか?」
__うん
「なるほど……、それでは質問に答えなかったのも仕方ないのですよ」
__ごめんね
「いえ! こちらこそ事情があるのを知らずに怒鳴りつけてしまって……申し訳ないのです」
申し訳無さそうな表情をするアルファに、逆に申し訳ない気持ちになる少女。
しかし、アルファはすぐに笑顔になり、誤解が解けたならいいかとポジティブな気持ちで考える。
__ここがどこかだったよね
「あ、はい! 確か私、狼の群れに襲われてズシャッ! でブシャー! な状態だったと思うのですが……」
__うん、そんな状態だったよ
「……もしかして、あまりに体付きが弱々しいからありえないと思っていましたが、アルさんが私を助けてくれたのですか?」
弱々しいと言われて、ほんの少しだけショックを受けるが本当の事なので仕方がないと微笑しながら、アルファは頷いた。
アルファが頷くと少女は顔を青くして、即座に頭を下げた。
「……?」
「勘違いとはいえ、恩人に剣を向けてしまうなんてデルタ家の恥なのです!! 本当に申し訳ないのです!!」
別に怒っていないアルファは困惑しながら両手をブンブンと振る。
「お、怒らないのですか?」
「……」
頷くアルファ。
「優しいのですね……。普通助けた相手に剣を向けられたらいっぱい怒ると思うのですが」
「……」
まぁ、確かに。と苦笑いをしながら少女を見るアルファ。
「あ、名乗り遅れました。私はベータ・デルタ、ベータと呼んでくださいなのです」
呼んでと言われても喋れない。と言いたいが喋れないアルファ。
「……あ、喋れないのです」
__ベータはなんであんな所に? 危険だよ
「え、あぁ、そうでした! 私、村の人達に頼まれたのです!」
__頼まれた?
アルファは首を傾げる。この山は薬草などは取れるがあんな獣の居る奥地に行かなくても大丈夫だし、それどころか奥地に行くほど獣も強くなっていく。
何かを探すにしても、貴重なアイテムなどに心当たりもない。
正直、獣の居る奥地に行く理由に心当たりがないのだ。
「はい、このアルファ山の最奥に住んでいると言われているアルファ様を連れてきてほしいと頼まれたのです!」
アルファ……山?
アルファの思考が一瞬止まった。
自分の住んでいる場所が自分と同じ名前だったというのを初めて知ったアルファ。
そして、自分が神と同じ様に様と呼ばれている。
「最近村に強力な獣が降りてきて畑の作物を食い荒らしていて……お恥ずかしいのですが私では刃が立たず、この山に住んでいると言われている英雄アルファ様にお力を借りたくて……」
……英雄?
アルファは本当に自分のことを言っているのかわからなくなる。
自分が英雄と呼ばれるような事をした心当たりがない。
自分がやった事と言えば、神様に力を授かって、邪神『ウプシロン』を倒したくらい。
あとは……野ウサギに餌をあげたくらいだ。
どちらもして当然の事……やはりベータが話しているアルファと自分は無関係だ……。
と、結論付けるアルファ。
「私を狼の群れから助けてくれたという事はアルさんもそれなりの腕の持ち主だと思うのです!」
ベータは再び頭を下げる。先程よりも深く、アルファの膝下まで。
「どうか、『村のため』アルファ様を探すのを手伝ってほしいのです! 助けていただいた上に、こんなことを言うのは厚かましいと思うのです! それでも『お願いする』のです!」
__いいよ
アルファはすぐに地面に返事を書いた。あまりの即答ぶりにベータは困惑した顔でアルファを見る。
「い、いいのです?」
__うん、準備するから待ってて
アルファはそう書くと振り返って家に戻る。
ベータは驚いているが、アルファにとって今の行動は当然の事なのだ。
『困っている』なら『お願いされた』なら助けることは『当然の事』なのだ。
夜は寝る。朝は起きる。これと同じくらい当然な事。
「アルさん……絶対変わっているのです……」
ベータは笑顔で準備をしているアルファを窓から見て、呟いた。