第三十六話
大悟はメイド服のスカートを軽くつまんでうやうやしくお辞儀をしてから、喉を鳴らした。
♪アタシはひよっこ神様 人呼んで神見習い
神頼み受けても いつも転んで失敗ばかり
でも熱い血潮と情熱は 誰にも負けないわ
この薄い胸は アイスバーンじゃないのよ
いつか雪崩のように 大惨事性徴するんだからねっ
どこにでもいないアイドル神様に なるという未来が
アタシの鏡を輝かせるの ひゅーひゅー
貧乳はオッパイ聖人の殿堂
空気乳は究極の 正義なんだからねっ♪
「この歌、名付けて、『新曲・なんちゃって神曲』。ですわ。」
「先生、うますぎィ。声が透き通っててェ、心がとろけたっぽいィ。えすかのからだも溶解
させてくんない?溶求の字~。」
衣好花は、丸みを帯びた腰をなまめかしく左右に振っている。
「なんだか、誰かのことを想定して、オブラートに包まずに作ったような感じがして、ひどく気分が悪いのは気の迷いなのかしら?」
「楡浬様。考え過ぎですわ。公共の音楽という媒体で個人を特定するのは、個人情報保護法に反していますから、そのようなことは決してありませんわ。衣好花様。早く歌ってくださいな。」
衣好花はおなかに手を当てながら声を出すと、思わぬ美声が大悟の耳に馴染んでいく。
「トレビアン!衣好花様。腹筋の使い方が素晴らしいですわ。」
「先生、超うれしいィ!でも、褒められるよりは、けなしてくれた方がよくない?罰欲の字~。」
熱心に指導する大悟を見て楡浬は、そわそわと落ち着かない素振りをし、だんだんと苦虫を噛み潰したような表情となった。さらに、顔は赤く、頬は膨らんでいく楡浬の口が、破裂するように開口した。
「あ、あたしも歌をやるわ。衣好花なんかに負けてられないわ!」
唐突な楡浬の要求に、不可思議な表情を全面に出して対処する大悟。
「楡浬様。なぜ、張り合うんですの?」
「べ、別に何の理由もないわ。ただ、ちょっと運動不足を解消したいという筋肉からの要請を神妖精として受容するだけよ。」
「神妖精?現在位置の神見習いからすると、傲岸不遜な昇華ですわね。どうして歌に走り出したのかよくわかりませんが、いいですわ。歌は心身の健康にもいいですから。」
「あ、あ、た、た、アタシはなんてったって、なんちゃってアイドルなんだからねっ!」
堂々となんちゃってアイドル宣言をした楡浬。
「あ、あ、あ、あえいうえおあお。」
続けて発声練習を開始してまった楡浬。
「楡浬様。音楽のおの字も見つかりませんわ。まったくダメダメです。歌を忘れたカナリヤは焼鳥屋行きですわ。」
「歌を忘れたりしないわよ。暗くて音楽スイッチが見つからないだけなんだから。今、アタマの中に放火して明るくするんだからねっ!」
消防法違反な脳内放火主義者はやはり歌えない。