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脳内回路 ~会社にて

「いい? 南君、よく聞いててね。千里の道も一歩から。習うより慣れろで板についてくるもんだからね」
太田店長は、小柄で気のいいおじさんだ。いつも妙に崩れたことわざを使って指導してくれる。が、ときに使い方がまちがっていることもある。
この店に来たてのころは社訓のようなものかと思って、研修を担当してくれた谷沢さんにいちいち意味をたずねていた。そしたら、何回目かに「あれはジョークだから真に受けなくていいよ」とかわされた。きっと、谷沢さん自身もよくわからなかったのに違いない。

今日は店長自ら、特注の記念品の包装の仕方を教えてくれている。私の目をのぞき込んで、オーバーに抑揚をつけながら力説してくれる。だから、しっかり聞かなければと構えているのに、間近にせまる毛穴の迫力と流れるような音律に、私の脳神経はとらわれてしまう。
‥豊かなバリトンの響きだなあ。花見の後のカラオケではシャンソンなんか歌うから、びっくりしたよ。昔の吟遊詩人ってこんな感じで語ってたのかなあ。ギリシャ風の服に月桂冠をかぶった店長の姿が浮かび、あまりに漫画っぽくてにやつきそうになる。

「‥‥で、わかった?」
「はい!」
わかったわけはないけど反射的に答えてしまい、我に返る。いかん、そんなのん気なこと考えてる場合じゃないんだった。
「質問はある? 聞くは一時の恥、聞かないと一生の後悔先に立たずだから、遠慮しないで聞いてね」
念を押されるけど、質問って七割がたはわかった人だけができることなんだよね・・。
「いえ、今のところは」
勘でできるかもしれないし‥という望みは、一人で作業を始めると程なく崩れおちる。滞る厚く重なった包装紙と箱の群れ。まったく丸い筒型の箱なんて、店員泣かせもいいとこだ。
しょうがない、細かいところは菊池さんに聞くとするか。

駅から四分のこの地には昔は商店街があったのだそうで、店長は先代からの個人営業で太田スポーツ店を構えていたという。主に地元の学校相手の商売をしていたらしい。体操服や、クラブ活動で使うユニフォーム、スポーツ用具がメインで、手堅い商売だった。
それが少子化で経営が苦しくなり、駅前再開発でできたビルに入るのをきっかけに、地方のチェーン店にくら替えした。今は中高年を含めた年齢層を相手に、健康維持関連の商品も含めて手広く扱っている。首尾よく転身できたともいえるし、ライバル傘下に吸収されたともいえる。

もっとも、二代目店長は親から受け継いだだけで、野心もないから気にする様子もない。商売より、趣味の混声合唱団に熱を入れていて、ときどき発表会のチケットをくれる。
定期的に巡ってくる本社員からは、さらなる業績を求めてはっぱをかけられるけど、その場かぎりの平身低頭でやり過ごしている。月々の決算さえ帳尻が合えば、いたって仕合わせそうだ。
そんな人だから、私なんかでもパワーハラスメントもせずに使ってくれているのかもしれない。

店は、太田店長、社員の谷沢さん、パート主任の菊池さんのうち、平日は1~2人、休日は2人、繁忙日は3人全員の体制で回している。加えて私のような派遣社員や主婦パート、学生アルバイトが2人。
小さな子のいる人は早番を希望するので、それ以外は遅番が多くなる。朝の弱い私には好都合だ。

菊池さんはベテランのパートさんで、身なりも口調も育ちのよさそうな女性だ。あまり自分のことは話さないけど、私と同年代の息子さんがいるそうだ。
ただ、やせてるというよりは、やつれてるといっていいほどスリムで、およそスポーツ・健康用品店に似つかわしくない。それでも、パソコンにしろ書類にしろ事務は手早くミスも少ない。だから、店長の信任も厚くシフト編成を任されている。

その菊池さんは、ただいまパソコン入力中だけど、私はそっと脇に立って遠慮しつつたずねてみた。
「あのぉ‥お仕事中申し訳ありませんが、このタイプの包装を教えていただけないでしょうか」
菊池さんは、いいよとも言わず、すぐに立ちあがって手本を見せてくれる。

「紙は、横巾は箱の円周+2~3㎝、縦は箱の直径+高さに切ります」
無駄口は少ない人だけど、必要なことはていねいに説明してくれる。だから、メモしようと思うのだけど、「聞く」と「書く」とが同時にできなくて、苦労する。せっかくのお手本だって、このうえ「見る」なんて、もう神業でしかない。
だから、とりあえず見るほうはパスして〈円周+2~3㎝ 直径+高さ〉と書きとめる。

「片方の端を1㎝折って、両面テープを貼ります。これは、いつもと同じね」
「折ってないほうに筒を置いて、転がして巻きつけます」
「折ったほうをかぶせて、テープで固定」
菊池さんは一工程ずつ説明を中止しては、私がメモするのを冷静な目で見ている。待たれると、焦って字が書きづらい。かろうじてキーワードだけ書いて顔をあげると、次の手本と説明が始まる。

「次は筒の上下ね。巻いて下になってるほうの紙を、円の中心に向かってしっかり引っぱりながら、プリーツを折ります」
うわあ、菊池さんって全部の指に逆むけができてる。もともと乾燥肌じゃあるけど、体調悪いのかな。痛そう、爪切りで切ってしまえばいいのに。あとで、私のハンドクリーム貸してあげ‥
「あとは、真ん中に寿シールを貼ったらできあがり。じゃ、南さんやってみてくださいな」
「はい・・!」

いつのまにか、見事な放射状のプリーツが完成している。
またやっちゃった。指先を見てたんだから、よそ見してたとは思われてないはずだけど、メモが途中までしかできてない。仕方ない、覚悟を決めて挑戦。
紙を切って、端を折って、テープを貼って、巻いて、留めて。そこまではいつもの応用でわかる。問題はプリーツだ。どうやったらきれいに折れるって?
完成品の見よう見まねでやってみたら、折り目がぶわぶわになってしまった。

「・・じゃあ、プリーツの手前のところまで、やってくださる」
はじめから期待などしていなかったように、私の出来損ないのプリーツを、菊池さんは手ばやく直しはじめた。

「袋に貼付リボンなら楽なのにねえ。古風にのしをかけるから、包装紙でないとだめなんだとさ」
谷沢さんが分厚い手で、後ろから両肩をもんでいってくれた。学生時代、バレー部のキャプテンだったというだけあって、男並みに上背がある。それでいて気配りもできて、私が少々ヘマをしでかしても笑いとばしてくれる。
「あんたってほんっと要領悪いよねぇ。けど、元気なあいさつとスマイルはピカ一!」
なんとなく小学生へのほめ言葉のような気もするけど。でも、一番下のお子さんが熱をだしたときには、私も休日返上で代わってあげたりもしてるし、あいこだよね?

ついでにいうと、谷沢さんは丈だけでなく横幅もある。‥というよりは最近ありすぎて、店長から、
「店がらシェイプアップ用品はよりどりみどりなんだから、努力していただかないと。不養生はお医者さんだけの専売特許にしといてくださいよ」
と釘をさされている。といっても、じつは毎週ママさんバレーをやり、犬の散歩がてらのランニングも欠かさないらしい。ただ、ハードトレーニング時代の高カロリー食癖が抜けないとかで、本人のいうには「必要なのはダイエット」だそうだ。

「では、こちらの〈晩ごはんな~に〉を試してみてくださいよ。天は人事を尽くして自ら助けるものを、ごひいきにしてくださるそうですよ」
届いたばかりの新商品を、店長が社員相手に売りこみはじめた。
この人は押しが弱そうな風情をただよわせていながら、一度まといつくとなかなか離れないナメクジみたいなところがある。本人は、学校相手だったころは地元企業との取引優先で楽だったとぼやくけれど、バリトンの美声で相手を笑わせながら、長期戦でなんとなくその気にもっていってしまう。

「なになに、身長・体重・年齢・性別を設定。ちょっとぉ見ないでくださいよ!」
谷沢さんがさっそく試しはじめた。タッチペンで、朝と昼に食べた食品や調理法と、その見ための量を選ぶ。すると、今日中に食べてよい残りのカロリーと、摂るべき蛋白源や野菜の量が表示されるらしい。
「ふーん、『夕食は魚か大豆で』とか『色のついた野菜をもっと』とかコメントがつくのが親切だね。毎日献立に悩まされる主婦とか、単身者でも外食メニューを選ぶのに便利かも」

中年の女性客が入ってきた。
すばやく谷沢さんが付いて、バランスボールの実演をはじめる。いくつかの使い方を見せ、
「テレビ見ながらのっかってるだけでいいんですよ。息苦しい運動なんて続かないじゃないですか」
と客にも座らせる。
「CMになったら、あお向けになって背中伸ばして‥‥ね、気持ちいいでしょう」
谷沢さんは、どの商品についても使い方をじつによく心得ている。客の好みを一瞬でつかみ、言葉よりパフォーマンスで相手をのせてしまう。

と思ったら、お次は新商品を片手に、
「私これでも1週間で2キロやせたんですよ!」
と客の今日の朝食・昼食を二人で入力しはじめた。両者とも小太りの親近感が功を奏してか、とうとう、二つとも買わせてしまった。なんでも自分の強みにしてしまえる人だ。

「そんなに大風呂敷を広げてしまって、看板に偽りの誇大広告じゃないでしょうかね」
店長が苦笑いでつっこむと、
「これ気に入った。私、本当に2キロやせて見せますから!」
とクソ真面目な顔でガッツポーズをした。これでは、店長も文句のつけようがない。
事務処理は菊池さんが強い。けど、接客技術は谷沢さんのほうが圧倒的に上だ。店長が指示しなくても、二人それぞれに持ち場で力を発揮している。それに引きかえ、この私の取り柄は‥

退社時にロッカーで着替えていると、菊池さんから宿題を渡された。
「おうちで練習してみてちょうだいな」
筒箱の包み方が、手書きで順を追って図解してある。プリーツは絵でも等間隔に定規できっちり引かれている。休憩中に書いたんだろうか。人の倍働いてエネルギーを消費するから、太れないんだろうな、この人。
その何分の一かは私のせいだ。おかげで助かるのだけど、手間のかかる人と思われているようで気が引けて、間の抜けたお礼しかとっさには出てこなかった。
「あ、すみません。どうもありがとうございます‥」

谷沢さんはママさんバレーの高原の温泉旅行に、菊池さんも誘っている。
「夫婦そろって安月給じゃ、豪華マンションも高級老人ホームも無理だからさあ。せめて一泊2万円する露天風呂付きの温泉宿くらい行ったっていいじゃない? 夏休み前なら女性グループ限定の格安値で特典付きなんだからさ。あ、でも旅館の大ごちそう食べたら、せっかくのダイエットが・・」
グループに関係ない人まで誘って輪を広げるところが、谷沢さんらしい。菊池さんはあいまいな笑顔でごまかしているけど、家族旅行しかしないタイプじゃないのかな。

それにしても、どうして年に何回も泊まりがけの旅ができるんだろう。同じ職場で働いてるのに、私は安宿さえ尻ごみする。
大学のころには貧乏旅行くらいはできてたんだけどなあ。でも今は、小売業は週末が勝負だから、昔の友人に誘われても断ってばかり。遅番の半数は学生アルバイトで、同じ年代の人はシフトが別の日だから、新しい連れ合いに巡り会うチャンスさえない。これも世代間格差?

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