バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

初めて告白される

 それから2週間が過ぎた。正確には学校に復帰してから22日目だ。未来人からは何の連絡もない。
(ずっとこの並行世界で生きていくのかな?)
 装置が再起不能になるまで壊れていたら、本当にそうなるのだ。学校生活には慣れてきたが、元の世界に戻れない不安は募るばかりである。

 四時限目の授業中に居眠りをしていた俺は、教師に見つかり廊下に立たされることになった。
 この教師は本当に目のいい奴だ。前にも見つかって立たされたことがある。
 窓から(のぞ)くと教師はこちらを見ていないので、また逃げることにした。
 屋上に行くため足を踏み出した途端、向こうの角を曲がってこちらに来る二人が見えた。
 カオル先生が別の先生と話をしている。カオル先生のポニーテールがリズミカルに動いているのが面白かった。
 二人はお互いに顔を見合わせながら歩いているので、こちらには気づいていない。
 そこで二人に背を向けて、そそくさと反対側の階段へ逃げたが駄目だった。
「こら! マモル!」
 カオル先生の声だ。
(やばい!)
 急いで昇降口へ向かった。ダメ元で外へ逃げるのだ。

 誰もいない昇降口にたどり着いて下駄箱を開けると、中からヒラリと白い封筒らしい物が出てきて下に落ちた。
(何だろう?)
 足下に落ちた封筒を手にとって見ると、裏に<歪名画ミイ>と書かれている。
(なんて読むんだ?)
 読み方を考えていると、追いかけてくる先生の足音が近づいてきたので、慌てて靴を履き替えて外に出た。
 そしてひたすら逃げる。まさに脱兎の如く。
 すると、近くに臍ぐらいの高さで幅が10メートルくらいある植え込みが見えたので、その裏に隠れた。カオル先生ともう一人の先生は、俺に気づかなかったらしく、走りながら植え込みの前を通り過ぎていった。

 ヤレヤレと地面に腰を下ろし、手にしていた封筒を見た。
(これは朝の時は入ってなかったから、その後に入れたな)
 息を整えながら封筒を開けて中を(のぞ)く。
 可愛い絵柄の便箋が折り畳まれて入っていた。
 それを取り出しておもむろに開く。
(なになに……『あなたのことが前から好きでした。』)
 急に顔が熱くなり、周囲を見渡した。
 横から便箋を(のぞ)いて見ている奴などいないのに何を警戒しているのか、おかしな話である。
(えーと……『お話があります。17時に体育館の裏で待っています。』)
 この並行世界にいた偽の俺は、乱暴者だったはず。しかし、実は優しい一面もあり、誰かに好かれていたのかも知れない。
 どうしようか大いに悩んだ。告白か、実は裏をかいた果たし状で決闘の申し込みか。
(いやいや、この文面で決闘はないな)
 会うだけでも会ってみることにした。

 後でカオル先生にたっぷり絞られた俺は、放課後に反省文を書かされた。
 職員室に反省文を持って行くと、これじゃ駄目だとか注文をいくつもつけられた。言われたとおりに直して持って行くと、また駄目出しされた。
 どう書けばよいのか悩んでいるうちに、約束の時間が17時だったことを思い出し、時計を見た。
 17時直前である。
(やばい! こんなことしてられない!)
 修正中の反省文を机の上に放り投げ、教室を飛び出した。

 17時に体育館の裏と言われながらも、17時にまだ昇降口で靴の履き替えに手こずっていた。焦るとうまく靴が履けない。
 ようやく昇降口を出ると、3階の方から僅かにピアノの音と女声合唱の声が聞こえてきたので立ち止まった。
 上を見上げると、窓が開いている。聞こえてくるのはあそこからだ。
(合唱の練習、ご苦労さん)
 いつもはこういう音楽に対して聞こえないふりをするのだが、ちょっと立ち止まったのも不思議だと思いつつ、体育館の方向に足を向けた。

(じらすのもいいよな。……いや、やっぱり駄目だ。急がなきゃ)
 と指定の場所へ向かってスピードを上げて走っていると、目の前に130~140センチくらいの背の低い女生徒が、体の半分の大きさの人形を持って俺と同じ方角へ歩いているのが見えた。
 ミディアムのヘアスタイル。少し赤毛。
(ああ、廊下でよく見る小学生か)
 あの髪で人形を持っているのは一人しかいない。
 彼女はうちの学校の女生徒だが、背が低いので俺は<小学生>と名付けている。
 すると、その彼女のポケットから何かが落ちた。
 俺は彼女を追い越す際に、「落ちたぞ」と声をかけながらその場を走り去った。拾ったところまでは確認していないが、拾っただろう。

 少し行くと渡り廊下が見えてきた。そこに一人の女生徒と四、五人の男子生徒がいた。
 彼女には見覚えがある。ロングのツインテール。つやつやした黒髪。小さい顔に大きな丸い眼鏡。
(あ、あの子。廊下で本を読んでいる<本の虫>だ。男友達が一杯いるのか?)
 男子生徒達はニヤニヤしているが、彼女は深刻そうな顔をしている。
(仲いいのか知らないけど、うまくやれよ)
 そう思った時、一人の男子生徒が彼女に向かって何か言ったが、俺は無視してそこも通り過ぎ、体育館の裏に急いだ。

 指定の場所に着くと、20~30メートル先に女生徒がこちらを向いて立っているのが見えた。
 俺はドキドキした。
 それは走ったせいでもあるが、俺に好意を寄せている彼女と初めて会うからだ。
 呼吸を落ち着かせるため気づかれないように深呼吸をし、少し間合いを置いて俺の方から近づいて行った。徐々に顔がはっきりと見えてきた。
 ショートヘア。少し茶髪。髪の両側に太くて赤い髪留めをつけている。
(ああ、あの似ていない双子だ)
 髪型や髪飾りが全く同じで背格好も同じ二人が腕を組みながら廊下を歩いているのを何度か見たことがある。その一人、目の細い方だ。

 二人の間が10メートルくらいに近づくと、彼女は頭を下げる。俺は3メートルほど距離を置いて足を止めた。
 彼女は頭を上げたが、すぐ下を向いて口を開いた。
「わ、歪名画(わいなが)ミイです」
「ワイナガ ミイさん?」
(そう読むんだ)
 彼女は下を向いたままだ。
「は、はい」
鬼棘(おにとげ)マモルです。初めまして、かな?」
 俺はこの並行世界で偽の俺の全てを知らないので、探りを入れてみた。
「い、いいえ。ま、前に助けていただいたことがありまして。そ、その時はお話しできず、こ、こうやってお話するのは、は、初めてです」
「そう。記憶喪失なので、覚えてなくてゴメン」
「い、いいえ。……あ、あのー」
 彼女はずっと下を向いたままだ。少し震えているようにも見える。
 気の毒なので、俺から声をかけた。
「手紙読んだよ」
 彼女は、俺の声でやっと顔を上げた。
「あ、あ、ありがとうございます。……わ、私の気持ち、う、受け取っていただけますでしょうか?」
 彼女は、ビクビクしている割には言うことはストレートだ。そこで聞いてみた。
「俺のどういうとこが好きなの?」
「か、格好良くて、つ、強くて。わ、私の憧れです」
「それほどでも」
「い、いいえ。ご、ご謙遜を。……わ、私と、お、お付き合いしていただけますでしょうか?」
 ここで考え込むのはイコールお断りだろう。そこで首を縦に振った。それが答えだった。
「み、ミイと呼んでください」
「俺は、マモルでいいよ」
「き、今日、お、お暇でしょうか?」
「そんなに緊張しなくていいよ。……この後は特に予定はないよ」
「お、お茶でも飲みに行きませんか?」
「分かった」

 彼女と俺はそれぞれ鞄を取りに教室へ戻り、門で待ち合わせることにした。
 カオル先生になんとか反省文を受け取ってもらい、彼女が待っている場所に行って街へ繰り出した。
 歩いていると、彼女が俺の左手を握ってから言う。
「て、手を握っていいでしょうか?」
(おいおい、事後承諾か)
「いいよ」
 ギュッと握ってきた彼女の手は温かかった。

 駅の近くにあるパーラーに入った。狭い店で、10人も入れば一杯だろう。
 パーラーと言っても古びた喫茶店の構えだった。テーブルも椅子も古ぼけている。相当年季の入った店なのだろう。
 ジャズっぽい音楽が流れているが、音楽のことはよく分からない。
 そばにいた女店員に案内されて、俺達は奥の席に座った。
 彼女はフルーツパフェと紅茶を、俺はショートケーキとコーヒーを頼んだ。

 自己紹介を兼ねて少し話をすると、彼女の緊張がほぐれていって、普通の話し方になった。
(何だ、普通に話せるじゃないか。相当あがり症なんだな)
 彼女がフルーツパフェを嬉しそうに頬張る姿が可愛い。
 紅茶も美味しそうに飲む。

 彼女の話は家族のこと、好きな食べ物のこと、学校のこと、今夢中になっていること等々。だいたい彼女が質問して、俺が答えるパターンが多かった。
 彼女は2年1組。家では母親と二人で暮らしているらしい。
 父親は戦死。母親は元志願兵で、大怪我をして退役したそうだ。
 一番困るのは、昔の話をされることである。
 俺というか偽の俺に憧れている理由として偽の俺の武勇伝を語ってくれるのだが、一応記憶喪失ということになっているので、「覚えていない」で誤魔化した。知らない昔の話はそれで逃げるしかなかった。

 帰り際に彼女が言う。
「私、習い事があるので、木土月しか空いていません」
「今日は木曜日。じゃ、ほぼ一日おきという感じだ」
「はい。……で、習い事のないときに、またこうしてお話しできますでしょうか?」
「いいよ」
 彼女は微笑んだ。
(と言うことは、ほぼ一日おきにデートを申し込まれたわけだ)

 パーラーの店の前で俺達は別れた。
(偽の俺がモテていたとはねぇ……)
 暴れん坊がモテるとは理解できない世界である。
 家に帰ると、帰りが遅い俺に対して妹がいろいろと詮索してきたが、サラリと交わした。
 妹は不満そうだった。

しおり