退屈のあまったアスタロト猊下は、散歩をしようとサルガタナス伯爵と僕にご提案あそばしました。
そこでわれわれはしばらく、地獄の情景を楽しみながら、とぼとぼと歩きまわっていたのです。
ステュクス川のほとりにさしかかると、赤紫色の瞳をギラギラさせたグラシャラボラス博士が、たこつぼをひっくり返したような大きな機械とにらめっこをしています。
「これ、グラシャラボラス。そこでいったい、何をしているのかね？」
いぶかった猊下はお声をかけられました。
「おお、猊下、ちょうどようございました。こちらはわたくしめの、新しい作品にございます」
猊下がたずねますと、博士は青紫色の髪をふりみだしながらお答えになりました。
「またいつものおかしな発明かね？」
博士はそれを聞くと、ギョロっと目を丸くされました。
「おかしなとは心外ですな、猊下。わたくしめの作る機械はアート、すなわち芸術なのです。ご覧ください、このフォルム。実に美しい双曲線でございましょう？ この形を出すために、実に苦労したのですよ。地獄の窯の温度は特別に調整いたしましたし、鋳型には天からちまちまと降ってくるきれいな砂を、せっせとかき集めたものを使用したのです。いやいや、久しぶりにすばらしい傑作が完成したものだと、わたくしめは歓喜いたしたのです。ところがどっこい、すっとこどっこい！ このように故障して動かなくなってしまったのですよ！ まったく、実にけしからん！ なんというポンコツであることか！ ですから猊下、わたくしめはさきほどから、このように寝る間も惜しんでときどき休みながら、このクソッタレのできそこないと格闘していたというわけなのです。どうです？ このもどかしさ、わかってくださるでしょう？」
博士のするお話があまりにも長いうえに、至極どうでもいい内容でしたので、猊下は腰に手を当てられながら、すっかり寝入ってしまわれておりました。
「猊下、猊下！」
「むにゃ？」
「眠りにつくなら棺桶の中でございますよ！ しかし立ちながら寝入られるとは、まっことご器用でございますな。さすがは地獄帝国の大魔王、七君主の一柱を担うお方だ。いわく恐怖公、地獄の教皇猊下。きょうこう、きょうこう、きょうふこう！ いぇあっ！」
「グラシャラボラス、君の話は長すぎる。そして退屈だ、実に。そのよく回る舌をいますぐに止めないと、君の口ごと真横に引き裂いてしまうぞ？」
「ひっ……」
猊下がギラリとにらみをきかせられたので、博士はお顔を青くして、黙ってしまわれました。
「ところでこれは、何をするための機械なのだ？」
猊下がそんなことをおっしゃったので、博士はまた調子をよくされたようです。
「さすがは猊下、お目が高い！ この機械はですね、人間どもの魂を特殊な魔術言語によって変換し、すっかりピカピカの黄金に変えてしまうという機能があるのですよ。要するに錬金魔術をシステマティックに再現したメカニズムになっているわけなのです」
「錬金魔術だと？ はて、それはアマイモンの使う技ではなかったのかね？」
「はへえ、そのとおりでございます。さすがは猊下。まさにまさしく、この機械は大魔王アマイモン提督閣下の命により、このわたくしめが発明いたしました作品なのです。アマイモン閣下はご自分の新しい御殿を築かれるご様子。その部品を手っ取り早く作るため、わたしくしめに機械の作成をご命じあそばしたというわけなのです。動力となるエンジンには、閣下が特別なスペルを封じ込んでくださいましたし、その燃料はそこに横たわるステュクス川の、ありあまる水を電気分解して動くのです。ところがどっこい、すっとこどっこい！ ステュクス川の底に沈んでいる、渡りそこなったバカ亡者どもの躯の山がノズルに詰まってしまって、ポンプがぽしゃってしまったのですよ。ああ、腹立たしい！ 天まで届くような水圧に設計したのが、裏目に出てしまったのです。ぷんすかぷんすか、ぷんすかポン！」
博士はトコトコと地団太を踏んでいらっしゃいます。
「ふん、アマイモンめ、さすがは七つの大罪のうち、強欲を司る者だけのことはある。そのようなこすずるいことを考えていたとはな」
猊下はあごに指を当てられました。
「アマイモン閣下はピカピカと光るものが大好物ですからねえ。先だっても捕獲した下級天使を、黄金の彫像に作り変えたうえ、ニヤニヤしながらながめていらしゃいましたし」
サルガタナス伯爵は猊下によりそうようにおっしゃいました。
「ふん、アマイモンめ、御殿だなどとほざきおって。やつのことだ、ほかにもっと、おそろしいたくらみがあるに違いないのだ。どれ、散歩のついでだ、ちょっとやつのところに行って、問いただしてやろうではないか」
猊下は踵をお返しになり、もと来た道をまた歩きはじめました。
「猊下っ、閣下のところに行かれるのですか！？ 触らぬ神、いや悪魔に祟りなしでございますよ！ 閣下のことでございます、何かしらのおそろしい罠がしかけてあるやもしれません！」
伯爵は必死で猊下を止めていらっしゃいます。
「サルガタナス、わたしは誰だ？ 地獄帝国の教皇、大魔王アスタロトであるぞ？」
猊下は顔を少しだけひるがえして、そうほほえまれたのです。
「猊下、僕もおともいたします」
「さすがだね、ダミエル。サルガタナスとは肝が違う。よし、いっしょにおいで」
「はっ」
サルガタナス伯爵がうしろからあわててついてまいります。
「猊下～、ダミエル～、お待ちくださ～い！ 不肖わたくし、サルガタナスもおともいたします～！」
「ふふっ、楽しいね、ダミエル？」
「は、猊下。おっしゃるとおりでございます」
僕たちはいっしょに笑みを浮かべながら、万魔殿へいたる道を、のんびりと歩いたのでございます。
ステュクス川の水面がとてもキラキラとしています。
きっといまは、昼下がりなのでしょう。
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