ユニコーンの角

「世界はファンタジーなんだ」

　窓辺の席で宇佐木眠兎(うさぎ　みんと)がそうつぶやくと、かたわらに立っていた有栖川達也(ありすがわ　たつや)は、ひどく退屈そうな顔をした。

　レースのカーテンがひらひらと揺れている。

　ときおり入りこんでくるそよ風に向かい、宇佐木は反らせた人差し指で三拍子のリズムを取った。

　その顔があまりにも穏やかなので、このままでは風に乗ってどこかへ連れていかれてしまうのではないかと、有栖川は心配になった。

「宇佐木、またお得意の思索か」

「そうだよ有栖川、ずんたったー」

　宇佐木はあいかわらず風の楽団を指揮している。

「ずんたったーじゃない。お前といると眠くなる」

「眠ればいいじゃん、ずんたったー」

「おまえな……」

　コンダクティングに飽きた宇佐木は、机の上に腕を組んで顔を沈ませた。

　それからちょっと経って、彼は腕の中から少し顔を出し、有栖川のほうを見た。

「ねえ、有栖川。君と僕だけの世界は、なぜ存在しないのだろうか？」

「はあ？」

　有栖川は腰に手をかけてポカンとした。

「知ってるかい？　僕の見ている世界と、君の見ている世界は違うんだ。人の数だけ見ている世界があるんだよ。ドイツの哲学者、マルクス・ガブリエルの思想さ」

「はあ……」

「ゆえに、総体としての世界は存在しないのだよ、有栖川くん？」

「わかんねーよ、そんなの」

「概念の総体としての世界はファンタジー、ユニコーンの角といっしょなのさ。だから世界は、ファンタジーなんだ」

「そう、すか……」

「ねえ、有栖川」

「なんだ？」

　宇佐木は顔を全部出すと、

「君と僕だけがいる世界に行きたいね」

そう言ってほほえんだ。

　有栖川はその顔をジトっと見つめた。

「くだらねえ、宇佐木。お前の言うことは、ユニコーンの角よりくだらねえ」

　顔を寄せてそう言い捨てた。

　憎たらしいその鉄面皮を、宇佐木はちょっぴりとにらんだ。

「つまんないの。死んじゃえばいいのに」

「はあ？」

　そしてまたほほえんで言った。

「そうすれば君を、僕の中へ永遠に封印できるのにね」

　有栖川はムスッとした。

「……くだらねえ」

「……」

　有栖川は体を翻して、窓の外を見た。

　その横顔を、宇佐木はしばらくながめていた。

　入りこんでくるそよ風が、二人の時間をしばし、封印した。