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刺客

 早乙女は険しい表情をしている。
「あ、桜澄さんのお知り合いの方でしたっけ。昨日も来られてましたよね」
「……」
「天音下がれ」
「え? ど、どうしたのげんじーそんな怖い顔して」

「風河。どういうつもりじゃ?」
「俺は桜澄を、表舞台に引きずり出す。あいつの強さをこんなところで腐らせるわけにはいかない」
早乙女はげんじーを睨みつけた。

「どうしたのーって早乙女さんか。今日も来られたんですね」
「あー本当だ。今日は望月さんはいらっしゃらないんですね」
恭介とけいが部屋から出てきた。

「……桜澄を出せ」
「生憎外出中じゃよ」
早乙女は静かに怒っているようだ。

恭介が天音に耳打ちした。
「日向と桜は?」
「寝てると思う。ね、ねぇどういうことなの?」
「説明は後だ。今すぐ叩き起こして三人とも屋根裏に隠れろ。天姉は二人を守れ」
「え、でも……」
「聞き分けてくれ」
「……うん。わかった」
そういって天音は階段を駆け上がった。

「俺一人がそんなに怖いか?」
「ご冗談を。今この家を包囲してる人間は数十人はいる。一体どういうつもりですか早乙女さん?」
「気づいていたか。仮にも桜澄に教育を受けているのだから当然といえば当然か。謝罪しよう。正直見くびっていた」

「そんなこと聞いちゃいない。僕が聞いてるのはなんのためにこんなことしているのか、その理由だ」
「さぁ。どういう理由だろうな」
そういって早乙女はマスクを外した。

マスクの下には頬を斜めに横切る傷跡があった。
「……思い出しました。あなたは父に僕を買い取る話を持ちかけたあの男だ」
「よく覚えていたな」
「下手くそな笑顔とその傷跡のギャップがどうにも気味が悪かったのを覚えてます」
「僕もあいつの葬式で見たことあるな」

げんじーは緊急用の携帯で先生に電話をかけた。
「……どうした師匠。緊急事態か?」
「ああ。マズいことになった。今すぐ帰ってこい」
「わかった」

「……桜澄は来るのか?」
「そりゃ来るじゃろうな」
「そうか。……お前たちは人質にする」
「そうなるでしょうね。ゆず! 聞いてたでしょ? 家の仕掛けで天姉たちを守って」
「はい」

「もう一人隠れていたのか」
「さあ。それじゃ僕とけいは逃げるか」
「そうだな。逃げるぞ」
そういってけいは物置小屋に、恭介は山の中に向かった。

「追え」
早乙女がインカムで指示するとけいと恭介をそれぞれ七人ずつの人間が追いかけた。
「そんじゃわしの相手は桜澄が来るまでお前かの?」
「もうあんたじゃ俺の相手は務まらない」
「どうじゃろな」


 物置小屋に入ると遅れて到着した七人が入りロに立ち塞がった。
「追い詰めたぞ!」
一人がニコニコしながらバットをくるくる回している。

「あなたたちの仕事って僕を捕らえることじゃないんですか? なんで逃げ道塞いだだけで満足してるんですか」
「あ? 調子乗んなよクソガキ」
ニコニコバットが近づいてきた。
「死ね!」

バットを振り下ろすのを見て、けいはスイカ割りのことを思い出した。
けいはこの小屋に入った時点で木刀を握っていた。
バットを木刀で受け流すと、ニコニコバットの脛を蹴り、痛みで蹲ろうとしたところを後頭部に手を回し鼻に膝を叩き込む。
「ブハェ!」
「この木刀もう古いからこのバット使わせてもらいますよ。これあんま重くないし加減しやすそうですからねー」


 山の適当な場所まで走ったところで止まると恭介を追ってきた七人は二人組が二つと三人組がーつの三つのグループに分かれて恭介を囲んだ。
「七人釣れたか。確かけいのとこにも七人釣れてましたよねー。全員で何人いるんですか?」
「……」
「無視ですか」

面倒臭いな。
多対一だったらやっぱり壁とかを使って相手を正面だけに集めるのが理想だ。
少なくとも背後は取られないようにしたい。
全方位に敵がいるのはマズい。

この家の戦闘においての力関係は、先生、げんじー、僕とけいが同じくらい、天姉、ゆず、日向って感じだ。
状況によって変わるかもしれないが大体これで間違いない。
細かくみると僕の方がけいより技術が上で筋力が下となっている。

だからこういう事態になったときには、けいはあの小屋に行くと決めていた。
相手が正面からしかこないので筋力でごり押しできると思ったからだ。
それに僕よりは少し下かもしれないけど、けいの技術も一般的なものよりは遥かに高い。
けいの方は心配いらないだろう。

天姉は……正直に言えば僕やけいよりは弱い。
持ち前のセンスと、大切な人を二度と失わないために強くなるという覚悟と努力で強くなったが先生に戦闘訓練を受けているわけではない。
自己流であそこまで強くなったのは驚異的だけど、今回襲撃してきたこいつらはかなり強そうだ。

天姉にも勝てる相手と勝てない相手がいるだろう。
特に早乙女さんには絶対敵わない。
あの人の相手は多分げんじーがすることになるだろう。
自分より強いげんじーの心配をするのはおかしいかもしれないけど、場合によっては助太刀した方がいいこともあるだろう。
早く戻らないと。

攻撃を捌きながら状況を整理していたが、これは結構きつい。
こいつらはヒットアンドアウェイで数の利を存分に使ってる。
それに強さにムラがある。

弱い奴を仕留めようとすると強い奴がその隙を狙ってくる。
二人組は強弱、三人組は強強弱の組み合わせで弱い奴を囮にしてる感じだ。
早く戻りたいし、もう手加減するのはやめよう。

弱が正面、強が背後から迫ってきた。
弱の右ストレートを左手で手首を掴んで止め、背後の強には右の裏拳で顎を振り抜く。
強は少し身を引いて、浅かったので左のハイキックで仕留める。
掴んだままの弱の右手首を右斜め後ろに引っ張りながら、空いた脇の下に右膝を抉り込む。

次の二人組に向かって走り、弱を押しのけ、強に軽く左ジャブ打つ。
強はそれを右手ではたき落とした。
僕は右手で強の右手首を掴み、手前に引きながら左肘で側頭部を突いた。

危ないし急所は狙いたくなかったけどちょっと余裕がなくなってきた。
この人たちの安全に配慮している場合じゃない。
さっさと潰そう。


 「ハァハァ。さすが現役の格闘家じゃの。年寄りにはちときつい」
「あんたは確かに伝説だった。だがそれは何十年も前の話だ」
「ほんと歳は取りたくないもんじゃ……フン!」
「どうした、動きが鈍くなってるぞ。もう終わりか? 老いたな爺ィ!」
「抜かせ若造ォ! グッ!」
「悲しいものだな。あんた程の人でも老いには勝てないのか」

「……何をしている風河」

小野寺桜澄が到着した。
感情の読めない表情をしている。
「桜澄……ようやく来たか。少し話そう」

「……これはどういうつもりだ?」
「お前を表舞台に引きずり出すためだ。桜澄、お前の強さは異常だ。俺が今なんて呼ばれてるか知ってるか? 日本が生んだ化物、人類の宝だとさ。笑えるよな。その俺は昨日手合わせした時も、今こうして向き合っていてもお前に勝てる気がしない。人類の宝はお前だ桜澄」
「……」

「どれだけ褒め称えられようが、俺は自分より強い奴がいることを知っている。こんな屈辱があるか? 俺はどんなことをしてもお前を世間に認めさせる。表舞台に引きずり出す」
「……できると思うか?」
「なに?」
「お前が今言ったんだ。俺は人類の宝なんだろ? 俺に勝てると思ってるのか?」

「い、いくらお前でもこの人数に勝つことなど不可能だ!」
「素手なら厳しいかもな。だがそっちが武装してるんだ。俺が武装してはいけない道理はないよな?」
「それは……真剣か?」
「模造刀さ。ズルいか?」
「なめるなよ。こっちは二十人いるんだぞ。囲め」

 俺は刀を杖のように逆手に持った。
「……」
風河たちはこちらの隙を探っているようだ。

「どうした? 来ないのか?」
「……クソッ! うおぉ!」
一人突っ込んで来た。
「待て、一人で突っ込むな!」
迫り来る右フックを軽くのけ反って避け、刀の柄の部分でみぞおちを刺すように突いた。
「ゴッ!」
男は倒れ、気を失った。

それを見て今度は二人同時に仕掛けてきた。
右から来た奴は刀で喉仏を、左から来た奴は裏拳で頬を殴る。
二人とも吹っ飛ばされ、気絶した。
「どんどん来い。どうせ結果は変わらん」


 七人全員を倒した恭介は全速力で家に向かった。
家に着くとたくさんの人が倒れていて、先生と早乙女が対峙していた。

「二十人だぞ! こいつらは決して弱くない! なぜだ……なぜそれ程までに強いのにこんなところで燻っている! お前は、なんなんだ!」

「……お前曰く人類の宝、日向曰く強さの権化、けい曰く怪獣、天音曰く河童、恭介曰く世界のバグ、だそうだ。風河。俺はな、あいつらの親だ。お前の言う通りにするのも面白そうだが、生憎とそんな暇はない。悪ガキ共の親は大変なのさ」

「畜生! うおぉぉ!」
先生は早乙女の右ストレートを刀の柄で受け止め、そのまま刀を振り上げ早乙女の顎を打ち上げた。
早乙女はそのまま後ろ向きに仰向けで倒れ、気を失った。

「おっ倒しましたねー」
けいがバットを持って戻ってきた。
「あ、このバット持ってきちまった。まぁいいや」
「とりあえず決着はついた感じですね」
「そうだな」

こうして僕たちはなんとか早乙女さんを退けることができたのだった。

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