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小話

 風呂から上がってリビングでのんびりしていたら桜が話しかけてきた。
「恭介さんって好きな部首とかあります?」
「え、何その質問」
「いや誰にだってマイ部首があるじゃないですか。推しの部首ですよ」
「聞いたことないよマイ部首とか」

「え~。照れなくていいですから、教えてくださいよー」
「照れるようなことなのか? ちなみに桜のマイ部首は?」
「きゃ! 恭介さんったら女の子に何聞くんですか」
「キモ」
「ひどい!」
「っていうかずっと気になってたんだけど、なんで僕に絡んでくるわけ?」
「そんなのあなたが好きだからですよ」
「いやそういうのいいから。本音は?」

僕は正直桜を信用していない。
桜の母親は、もう小野寺家の人間ではないと言っていたが確認したわけじゃない。

先生も多分信用していない。
だからこそ近くで監視できるように同行をあっさり許可したのだろう。
桜が同行を求めた理由もかなり無理があった。
あれは本心じゃないだろう。

「あなたが好きなのは本当ですけど。まぁでもあなたが私に対して思っていることと似てると思いますよ」
「へぇ。僕が桜のことをどう思ってるって?」
「好きだけど信用してはいない。違いますか?」
「……違うって言いたいけど、まぁ大体当たってるね。驚いた」
「多分私と恭介さんは似てるんですよ。好きになるハードルは低いのに、信用するハードルが高いから人と打ち解けることができない」

「人から言われると自分でも面倒臭い奴だなと思ってしまうね」
「そうですね。ですから私のことは信用しなくていいですよ。私も信用しません」
「てかさらっと僕が桜のこと好きだってことにしやがったな?」
「てへ」

少し納得がいかないことも残っているが、警戒のレベルは下げることにしよう。


 ある日の夕食時。
「はぁ。今日も先生に当たんなかったなー。なんでそんなに強いんですか? 先生がげんじーに訓練を受けてた時はどんなことしてたんですか?」
「そうだなー。基本的にはお前達と同じようなことだが……いや。そういえば昔、変わったことをさせられたな」
「へぇ。どんなのですか?」


 まだ師匠の道場があった時のことだ。
俺とその他数人の弟子は師匠から次の訓練の説明をされていた。
「あとで案内するが、この山の中に人数分の岩がある。その中から自分の好きな岩を選ベ。それがこれから二週間、お前たちのパートナーになる」

それから、それぞれの岩を見てまわった。
それぞれの岩は五十メートルくらい離れていて、一つ一つに番号が彫られていた。
「それぞれ自分の岩が決まったようじゃの。では、その岩を砕け。殴っても良いし蹴っても良いが道具を使うことは禁ずる。期限は二週間じゃ。」


 ……。
「いやどうかしてるでしょ。正気だった?」
「もちろん正気じゃったよ。いやな? これは精神を成長させるための訓練だったんじゃよ。岩を殴り続ければ拳が傷つき、血がでる。つまり己が傷つく。相手を傷つけるということがどういうことかを説くためのものだったんじゃ。それを二週間続けることで忍耐力もつく」

「んー。なるほど?」
「当然岩を砕けるものなどいなかった。砕くことが目的ではないし、できない前提で出した指示じゃったしの。ただし桜澄以外は、じゃがの」

「は?」
「こいつは二日で岩を砕いた。桜澄はわしの弟子の中でもぶっちぎりでヤベー奴なんじゃよ。あの時わしマジ萎えた」
「……体どうなってるんだよ」
「やっぱ勝てる気しない。怖すぎる」
「な、なんだその目は。もうなんか可哀想な奴を見る目じゃないか……」
先生を超える日はまだまだ遠そうだ。


 僕たちが暮らしているこの家は結構山の中にあって僕たちは半分自給自足みたいな感じの生活をしている。
電気はギリ届いてて、水は山から引いている。
うちには畑があって今は夏野菜を収穫している最中だ。

「ぎゃあ! 虫だぁ!」
「いや虫くらい普通いるだろ」
「私虫とか苦手なんですよ!」
「ほれミミズ」
「ぎゃあぁ!」

「私も最初苦手やったけど慣れれば大丈夫やで? ほら桜ちゃん。大丈夫やって」
日向が桜に声をかける。
「七歳児に励まされていては私の立場がないですね……よし! 私も頑張ります!」
「ほれミミズ」
「ぎゃあぁ!」

「やめてあげろ」
「その歳でアメとムチを使いこなすとは……。将来が楽しみですね……」

「おっ。今年のきゅうりは良いな。これは良いきゅうりだ。きゅうりだ! きゅうりだぞみんな! きゅうりだ!」
「聞こえてますよ」
「なんか桜澄さんおかしくなってますね」
「先生はきゅうり好きなんだよ」

「はぁー。これは良い。お! このきゅうりなんかデカいぞ! 大物だ! 今年はすごいぞ。このきゅうりも良いな!」
「桜澄さんは河童なんですか?」
「部分的にそう」

「あら? マリーゴールドも植えてるんですね」
「あー虫除けでね。マリーゴールドって虫除けの効果があるらしいよ」
「そうなんですねー。マリーゴールドの花言葉って何でしたっけ?」

「色々あった気がするけど勇者とか健康とか可憐な愛情とかだったかな」
「まさに私ですね」

「桜って勇者だったの? んーまぁ花言葉ってなんか興味深いよな。神話とかに由来があったりすることもあるとか。薔薇とか本数によって花言葉が違うらしいよ」
「へぇ。私に送るとしたら何本ですか?」
「十三本かな」

「きゅうりだぞ! みんな! きゅうりだぞ!」
「分かりましたって。落ち着いてください」
「おー腰いってーのー。はぁ。歳はとりたくないのー」
「ゆず! このきゅうりデカいぞ!」
「フフ。そうですね桜澄さん」
「なんかゆず楽しそうだね」
「桜澄さんはいつも仏頂面ですからね。こういうレアな桜澄さんを見るのは楽しいです」

「ゆずさんは桜澄さんが好きなんですね」
「はい。大好きです」
「あ、あれ。照れるかと思いました」
「好きじゃなきゃついてきませんよ」
「無粋なことを言いましたね。すみません」
「いえいえ」
「きゅうりだ!」

先生の強さの秘訣はきゅうりなのかもしれないな。
今度からたくさん食べるようにしよう。

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