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日向の過去の話

 家に帰るとその日はみんなそのまま寝てしまった。
桜は天姉の部屋に泊まることになった。
あの二人はすっかり仲良しだ。


 次の日、日曜日だったので訓練とかはなく、のんびりした。
ちょっと走ったくらいだ。
あとは桜を案内したが、家の周りは特に何もないし家も基本的には普通なので
「はー。何もないですねー」
と言っていた。

夕食を作ろうとしていたら桜が
「私が作りますよ!」
と言ってきた。
「手伝ってくれるの? ありがとう」

「ていうか恭介さんがいつもご飯作ってるんですね。やっぱりあなた女子力高いのでは?」
「褒められてるのかそれ?」
二人で作ることになったが、桜は意外とできる。
母親から叩き込まれたそうだ。

「普通に美味しいな。これ桜ちゃんが作ったんやろ?」
「ありがとう日向ちゃん! 恭介さんと二人で作ったんですよ。ねー?」
「うん」
「そういえば母から聞いたんですけど、桜澄さんは子供の頃から落ち着いていていつも冷静で、怒ることはほとんどなかったけど一度だけ本気で怒っているのを見たことがあるって。桜澄さんって怒ると我を忘れて暴れまわるようなタイプなんですか?」

「俺は怒ったくらいで理性を飛ばす程未熟じゃない。あの時はそうでもしないと相手に響かないと思ったから机を蹴り飛ばしただけだ」

「ですよね。我を忘れて暴れまわる姿とか想像できないですもん。あ~それと一度だけ桜澄さんに相談されたことがあるとか。いつも自分一人で何でも解決してたから珍しかったって」

「ん? あー多分小学生の頃のことだな。いや中学生だったか? まーとりあえずそのくらいの時のことだな。同級生に相談されて話を聞いたんだが、その時の相手の態度が気になってな。なにか失礼なことを言ってしまったのかと思ってお前の母親に相談したんだ」
「ややこしいけど相談されたことを相談したってことか」


 ある日の放課後に同級生の女子に呼び出された。
相談したいことがあるとのことだ。

「あ、小野寺君。来てくれてありがとう」
「構わん。でも正直驚いた。普段話したりしないからな」
「そうだよね。話は……歩きながらでもいい?」
「ああ」

「……えーっと。あ、そういえば来週テストがあるね。小野寺君は……まー大丈夫だよね」
「どうだろうな」
「私はあんまり自信ないなー。小野寺君は頭良いから羨ましいなー」
「そうか」

「……」
「……」
「……えっと。あの……それで相談っていうのはその私、実は女の子が、好き、なんだ……」
「そうか。……それで? 好きな子は誰なんだ? うちのクラスか?」
「……あ、あれ? もっと驚くかと思ったんだけどな……」
「うわー。ビックリしたー」

「……小野寺君ってもしかして天然?」
「あ? バカにしてるのか?」
「いやいや。でも小野寺君に相談してみて良かったよ。そういうこと全然気にしなさそうだと思ってたんだよ」

「まー意外と大事なことほどどうでもいい奴の方が話しやすいよな」
「いやどうでもいいだなんて思ってないよ。今まで誰にも言えなかったんだ。今日はありがとう」

「? 何言ってるんだ? これは恋愛相談だろ? これからじゃないか。誰が好きなんだ?」
「い、いや。そこまでは恥ずかしいというか……」
「ここまで聞いたんだ。気になるだろ。言えよ。言うまで帰さんぞ」
「こ、こわい」

「言えよ。ほら言えって。言ってみろよ」
「こわいこわい!」
「言えって、怒らないから。今すぐに。言えよオラ」
「ぎゃああぁ!」

この後渋々といった感じで教えてくれたが苦い顔をしていた。


 ……んー。
なんというか。
「先生らしいエピソードですね」
「その後はどうなったんですか?」
「そいつは相手に想いを伝え、相手は真剣に受けとめてくれた上でそいつをフったらしい。それ以来そいつとは割と仲良くなって今でもたまに会うくらいだ」
先生がちょっとずれたようなとこがあるのは昔かららしい。


 桜澄さんの昔話を聞いた翌朝、私は洗面所で背伸びをしていた。
「くぅ~届かねー」
「何してんの天姉」
「けい! いいところにきた! 肩車してくれ」
「えーなんで?」
「化粧してたら手元が狂ってアイブロウが天井に突き刺さった」
「そんなことある!? まーいいや。ほい。乗れ」

「よっと。……よし取れた。ありがと。降ろして」
「……なんかさ。天姉」
「おっとその先は」
「痩せた?」
「あ、そっち? んー。多分私が痩せたってよりけいの力が強くなったんじゃない?」
「あ~そっか。うん。めっちゃ軽いもん片手で持てる」

「おい肩に担ぐな。わたしゃ米俵じゃねーぞ。……いや違う。お姫様抱っこしてってことでもないとっとと降ろ……いや待って。これ割といいな。この感覚は……いいぞこれ。このまま昼寝したい。つまりは……」
「つまりは?」

「ハンモックだ! ハンモックを作るぞ!!」
「ほーん。勝手にがんば」
「てめぇもやるんだよう」
そんなわけでこの日からハンモックを作ることにしたのだった。


 夕食を食べた後、子供組は天姉の部屋に集まっていた。
「そういえば家からお菓子を持ってきてたんでした! 私たちだけでこっそり食べちまいましょう!」
「本当に言ってる? え、すご。本当だ! おー! すご! お菓子だ!」
「え、そんなテンション上がります?」

「すっごい久しぶりだ! いやへタすると初めて食べるかも。見たことはあるけど」
「和菓子ならたまに食べるけどこういうお菓子は普段食べないからね~」

「私は初めて食べるわ~ほえーすごいな。ほな遠慮なくいただくで?」
「どうぞどうぞ」
「いただきます!」

「あ、しっかりしてますね。ちゃんと手も合わせて」
「昔、桜澄さんに言われてな。いただきますとごちそうさまはしっかり手を合わせて必ずするようにしてるんや」


 いきなり過去回想に入るけど、私も天姉達と同じように桜澄さんに誘拐された感じでここに来た。
三人と違うのは私の場合、桜澄さんは人に頼まれて私を連れ出したというところだ。

桜澄さんはゆずと二人でなんでも屋みたいなことをやっている。
二年くらい前、二人の元に坂本日向を連れ出してほしいという依頼が届いたのだ。


 私の母は体が弱かった。
私は物心ついた時から母が病院のベットで寝ている姿を見てきた。
私はよく一人で病院にお見舞いに行っては、母に描いた絵を見せていた。
母はいつも嬉しそうに絵を眺めては、私を褒めてくれた。

 私の父は酷い人だった。
人をいじめるのが好きで、私が嫌がることをして私が泣くのを楽しそうに見るような人だった。

父と母は望んで結婚したわけではない。
母はいつも私のことを心配していた。
父は小心者で特に暴力を振るうようなことはなかったが、日々の嫌がらせと孤独感で辛かった。


 ある日、お見舞いに来ていた私に母が
「いつも寂しい思いをさせてごめんね。もしあなたが良かったらなんだけど、ハムスターを飼ってみない? お世話はあなたがするということなら飼ってもいいとお父さんからも許しをもらったわ。どう?」
「飼いたい!」

 そして我が家に一人、住人が増えた。
父が仕事の間は、お見舞いに行くか意味もなくテレビを眺めているだけだったのでとても嬉しかった。
毎日お世話を頑張った。
何もなかった私の人生に生きる意味が生まれた気がした。

それがいけなかった。

父は私の大切なものを壊すのが大好きなのだ。
今までも母からもらって大切にしていた手袋を燃やされたり、母からもらってお気に入りだったぬいぐるみをぐちゃぐちゃにしてゴミ箱に捨てられたりしていた。
私は父の前で何かを大切にしてはいけなかったのだ。


 ある日、朝起きてケージを見てもハムスターがいなかった。
家中探してもどこにもいない。
父に言っても知らぬ存ぜぬで、私は泣きながら探し続けた。

その日の夕食後、父が私に
「今食べた肉なんだと思う?」
と聞いてきた。

私は目の前が真っ暗になった気がした。
その先を聞いたら、私は……

「お前が大切にしてたハムスターだ」

私は金縛りにあったように動けなくなった。
絶望する私を見て父は笑っている。

「アハハハハハ!」


 私はその日から喋れなくなった。
何か言おうとしても喉の奥に球があるかのようにつっかえて声が出なくなった。

母に筆談でそのことを伝えると母は何かを決意したようだった。

……以前母がもう長くないということを耳にしてしまったことがある。

運命は私から何もかも奪うつもりらしい。


 ある日、俺たちの元に依頼が届いた。
娘を預かってほしいという内容だった。
とりあえず依頼主に会ってみることにした。

 数日後、俺とゆずは病室のベットで横たわっている女性の前にいた。
「坂本さんですね?」
「はい」
「娘さんを預かってほしいとのことですが、詳しく話を聞かせてくださいますか?」

それから坂本さんは夫のことや自分の余命が残り数ヶ月であることを話した。
「なぜ我々に?」

「色々な施設に話をしてみましたが無視されたり、受け入れてもらえなかったりして……。あなた方への負担が大きいことは重々承知しております。しかし、私はもう長くありません。どうか最期の願いを聞き届けてはもらえないでしょうか。お金はできるだけ用意します。どうかお願いします」

俺は迷っていた。
あの三人を誘拐したことが正しかったのかということでさえ、いまだに悩んでいる。
簡単に決められることじゃない。

俺が何も言わないでいると、坂本さんは俯いてしまった。
そんな様子を見ていたゆずが
「桜澄さん、引き受けてあげられませんか?」
と言ってきた。

ゆずは主に俺のサポートで、普段は仕事の話は一歩引いたところから見ているだけだから珍しかった。
ゆずは真剣な目をしている。
思いつきで言ったわけではないだろう。
俺は悩み抜いた末、承諾することにした。


 日向は大人しかった。
大人しいというより何もかも諦めているという感じかもしれないが。

食事を出すと
(肉は食べたくない)
と紙に書いてみせてきた。
「わかった。サラダを持ってくる」
サラダを差し出すと
(ありがとうございます)
と書いてみせてきた。

それから黙って食べようとしたから止めた。
「日向、よく聞け。事情はある程度知っている。お前が肉を食べないというなら別にそれでいい。世の中には肉を食べずに生活している人もいる。何も悪いことじゃない。だがな、俺たちは他の生物を殺し、命を奪い、それを食べて生きている。これは人間だろうが動物だろうが、肉を食べようが食べまいが変わらない。それは俺たちが決して目を逸らしてはならない事実だし、逃れようのない現実だ。だから俺たちは他の命に対して責任があり、その責任を果たさなければならない。つまり、いただきますとごちそうさま、だ。自分の糧となったものに感謝し、敬意を払う。これが何よりも大切だ。ちゃんと手を合わせろ。それだけは忘れるな」

「……い、ただき、ます……」
「よく頑張った」

こうして日向は少しずつだが声が出せるになっていった。

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