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祈り


 サンタンジェロ城からほんの少し離れた場所に、ポリウーコス教会という名の教会がある。

そこはそんなに大きくは無いが外装はとても綺麗に整えられている。しかも、そこまで派手では無いのにまるで輝いて見える、不思議な事に。もし、教会の目の前を一瞬んでも通ることがあれば目を奪われ崇めてしまうだろう。それぐらいこの教会には何か惹きつける力があるのかもしれない。



 そんな教会の中から人の声が聞こえてくる。中には正確に並べられた長椅子がそれなりにあるが、どうやら今は二人の男女しか居ない様だった。

 鎧を着ていて盾と槍を装備した女性が槍をたくましく天へと掲げている派手に装飾されたガラスを背にダルそうな態度で講壇こうだんに立ち、聖卓の後ろでめんどくさそうに本を片手に持った修道女の様な服装をしている人物が目の前の男をチラチラ見ながら小難しい事が書かれているボロボロな本を頑張って読んでいた。



「えぇ~神は言った『わたしはえ~、すべての人を~、絶やそうと決心したぁぁ....。え~彼らは地を、ぎゃ..え? ああ、虐殺で満たしたから、わたしは彼らを、地とともに滅ぼそう~。』っと....」

 この修道女ポイ人物はだらしなく修道服を着ていて髪の毛がチラホラ飛び出ている。しかも本人が嫌々着ている感が否めない。それもそのはずだ、こんなにも修道服が似合わない人物は滅多に居ない。恐らくだが本人も気づいている。不細工という訳では無く、赤い瞳のつり目で真っ赤な長い髪の毛、それなりに筋肉がある体、その姿は正しくたくましいといった感じ。そんな感じの雑な修道女はさっき読み終えたページに手を置く、そうすると一旦やる気の無いため息を一呼吸入れた後。

「ん~と」

っとダルそうに次のページをめくろうと手を動かそうとするが、目の前の男がそれを止めた。



「もう十分だ」

 真っ白なマントを着ている男は修道女の前で片膝を床に着けたまま祈る様両手を握っていた。

そして、鼻からため息混じりの呼吸を出し、背中を丸くしたままで呆れた感じで言う。

「ふぅ..しかし、貴様きさまはいつになったらちゃんと読んでくれるんだ?」



 顔が下を向いていて修道女からは見えないが、この声の感じから悲観的な顔をしているのだろうと察しが出来る。そんな男は下を向いたまま、やれやれっといった感じで頭を横に振っていた。



 それを聞き、見た修道女は聖卓の両端を掴み、男を襲いそうな勢いで体を前に出し、片目を見開き怒っているのか気迫のある声が出る。

「あぁ~!? 老いぼれこの! こんな掠れてボロボロな本なんて読めるかっ!!」

っと言い上半身をを起こし聖卓をバンっと思い切り叩くと、綺麗に真っ二つに割れてしまった。しかし、そんなのは気にせず持っている本を自身の前に突き出し更にヒートアップする。

「そもそもねぇ! あたしがこういうの嫌いだって分かってるでしょ!?」



「..また壊したか....」

 壊れた音に気付いた男は祈るのを止め、ゆっくりと立ち上がり修道女を見る。

「サラ、いいか? 神への祈りは大事なのだ。神を信じていればいつか必ず救われる」

 そう言いながら装飾されたガラスの女性をサラ越しに見上げた。

「そう..全てが救われるんだ....」

 

 この時サラは普段の鋭い眼光から疲れ切った目に切り替わった事に気付いた。いつからかこの様に疲れた目よくするようになった。それがいつからなのかは分からない。普段の威厳ある態度が嘘みたいに全て吹き飛び、孤独、不安、そんな感じの態度が表立って見えるが、サラにとってはそんなの関係ない。神とか救われるとかそんな事はどうでもいい事なのだから。



 本を肩にトントンっと適当なリズムで叩き、鼻で笑いながらサラは男に向かって言ったやった。

「救われるねぇ~....老いぼれは何かに縋ってないと生きては生けない生き物なのかなぁ?」

 

 ゆっくりとガラスから目を離し再びサラを見る。

「貴様は何も変わらないな....ほんと..」



「はっんっ! 老いぼれは変わったね! 歳か? ハッ!」



 陽気で小馬鹿にしたように笑うサラを目を細めて見た後、男は「変わったね」と言う言葉で何故か遠い昔の事を思い出し、後ろを振り返り誰も座ってない長椅子に目をやる。そうすると誰も居ないはずなのに、小汚い服装をしていて泥だらけの灰色の毛を体に生やし椅子に座っている少女の姿が薄っすらと見え始める。その少女は両手を真剣に祈る様握り何かを祈っている様だった。



「..我が変わったのはあの少女と出会ってからか? ..それとも....」

 遠い目で少女を眺めていた男の目はいつの間にか優しい目へと変わっていた。



「なに、思い出に浸ってんの? 歳だねぇ~」



 後ろからサラが煽り顔をしているのがヒシヒシ伝わってくる。そのせいで集中力が切れたのか見えていた少女の幻覚は掻き消えた。その直後教会の正面の扉が開く。



「王様ここに居られましたか」

っと女性の声が教会に声が響き聞こえてくる。



 その声を聞いた王は瞬間に普段道りの威厳ある態度に戻り、女性の方を黙って見る。そして、特にサラに別れの言葉を告げず、そのまま女性への一本道を歩いて行った。



 そんな王の後ろ姿をサラは腕を組み、黙って見送る。

(何で黙って行くの? まぁいいさ、あたしはただ従うだけさ....ダラダラ過ごせるからね)

サラはあくびをかき、その辺に寝そべった。







 王が軽装な女性の元に着き、質問を始める。

「どうしたソフィエル。何か用事でもあったか?」



「はい。これからデーモン・バビル魔国、ビース獣国、エルドラ森国しんこくの三カ国の会議がありますのでお呼ばせていただきました」

 すぐさま質問に答えた後、ソフィエルは王を外に出す為扉を開けたままに固定したのちに、扉の隅に立った。



 その言葉を聞きながら王は手を後ろで組み、目を瞑り静かにソフィエルの側を通り抜けて行く。王が外に出て行くのを確認したソフィエルは後を追う前に教会全体を見渡した後、軽く一礼したのちに王の後ろについて行く。





 外は明るく、雲一つもない快晴かいせいだった。



 そんな天気がいい日差しを浴びた王は眩しかったのか手で目を少し隠しながら天を軽く見上げ、(よい天気だ)っと思った後、丁度教会から出てきたソフィエルに素直な感謝を伝える。

「そうか、すっかり忘れていた。ありがとうソフィエル」



「ご寛大なお言葉、大変恐縮でございます」

 王に向けてソフィエルは軽くお辞儀をする。



 普段どうりの堅苦しい感謝には王は慣れてはいるのだが、やはり違和感があるのか嫌悪感をいだいてしまう。そんな嫌悪感はいつもどうり心の隅に置いておき、何事も無かったかのように歩き始める。王が先頭を歩きソフィエルが後ろを歩いており、二人のは会話は教会から出た後から無くただ黙々と城まで歩き続けている。そんなつまらない帰り道を歩くのが苦痛だったのか王の耳に何やら賑やかな声が花園から聞こえてきた。

 帰り道に丁度花園が近くにあったので何をやっているのか気になった王は花園の方をチラっと覗いてみると、五人組が楽しそうに遊んでいる姿が見えた。



 寄りたいという気持ちと丁度知っている人物が居たので挨拶をしていこうと思ったので優しくソフィエルに聞いてみる事にした。

「すこし寄ってもいいか?」



「はい、時間は十分にあります」

 目を瞑りながらソフィエルはそう答えてくれた。



「そうか」

 ゆっくりと軽い足踏みで花園の方に歩いて行く。







 恐らく十代ぐらいの少女だろうかその子は何やら誰かに向かって嫌な顔をしながら騒いでいる様だった。



「お姉ちゃんきたな~い! ねぇ~何でそんなに汚くなるの!? ねぇ何で?」



 少女の目線の先には土まみれの灰色の女性が笑いながら立っていた。

「えへ~つい楽しくて~」



 そんな満面の笑みを見た一人の男は興奮したのか片手で鼻を頑張って抑え、顔を空に向けるのと同時にもう片手で心臓らへんの服を強く握る。そして、小声で興奮気味に言う。

「フロンティーネ様なんて、尊いんだ....」



 そんなフロンティーネの可愛さに浸っていると、今にでも死にそうな声で助けを呼ぶ声が地面から聞こえてくる。



「リアム....そんな事言ってないで..傘を....」

 今にでも溶けてしまいそうな顔で男はリアムに青白い手を震えながら伸ばす。



 折角可愛い成分を取っていたのに地面に仰向けでぶっ倒れている顔色の悪い男のせいで可愛い成分が途切れて素に戻ってしまい、ちょっと不機嫌になったリアムは魔法で地面に落ちていた傘を爪切り並みに小さくし軽々拾い上げた後男に渡す。



「あぁごめんフリッツ、なんか傘小っちゃくなっちゃったわ!」

 リアムは手の中心に傘を置いているのを見せびらかし、あざ笑う様にフリッツ渡した。



「ぅぅ......」

っと最後の力を使い切ったフリッツは地面に頭がバタンと力なく落ち、ピクリとも動かなくなった。



 そんなフリッツを見たリアムは(少し虐め過ぎたかな?)っと思い傘を元に戻そうとすると元気な声が聞こえてくる。



「あぁ~!! リアム! 私のフリッツを虐めないで!」

 さっきまでフロンティーネとじゃれていた少女がこちらに気付き近寄って来る。



「レイカ様これは違うのです。フリッツはここの地面が大好きなのですよ」

 リアムは焦っのか目が泳ぎ、若干早口にそう言う。



「えぇそうなの!?」

 レイカは驚いた様に口を両手で塞ぎ、地面に倒れているフリッツに近づきしゃがむ。

「ごめんねフリッツ、私全然気づかなかった。これからはここに来る時汚れてもいい服を着てこようね!」

そう言いフリッツの身体をポンポンっと優しく叩く。



 苦笑いでレイカを見ていたリアムの隣に静かにフロンティーネが近づき手で口を隠し、子声で耳打ちをしてくる。

「そんな嘘ついたら、怒られるよ」

っとちょっと心配そうに言う



 吐息なのか暖かいフロンティーネの息を耳元に感じたリアムの背中に興奮したのか鳥肌が立ち、勝ち誇ったかのように小さく拳を握る。そんな事をやっていると、ちょっと離れて一人で黙々と花の手入れをしていたメガネをかけ高身長な女性がこちらに近づいて来るのが見えた。その姿が見えたリアムの鳥肌は興奮したものでは無くなり、恐怖的なものになっていた。



 真っ先にリアムの目の前に近づいて来た女性は力強くリアムの手をつねる。相当痛いのかリアムの体はもがき苦しんでいた。そして、落ち着いた声が聞こえる。

「コラ、リアム嘘はいけません。そして、レイカもそんな直ぐ騙されない」



「あ! お母~さ~ん」

 母親に気が付いたレイカは笑顔で母親の元に近づき抱きつく。

「お母さんそんな事よりもね! お姉ちゃんを見てよ!」

っと母親の服を掴んだまま、フロンティーネに指を指す。



 そう言われ母親はフロンティーネを鋭い目つきで見てみる。



「アハハ~」

 見られたフロンティーネは照れくさそうに笑ていた。



 母親は呆れたのか静かに目を瞑ると悲痛な声が聞こえてくる。



「い~たい、ミルシャ様どうか! ど~うか! お放し下さい!」

 リアムはどうにか痛みを和らげようとヘンテコな体制になっていた。



「....」

 このカオスな状況にどうしようか考えていたミルシャはガサガサとこちらに誰かが近づいて来るのが分かり、警戒の目を向けた。

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