恋心
暑苦しい歓声の中から、静寂を求めて外に出ると、星空が美しく輝いていた。この光景を日本で見るなら相当な田舎に行かなければいけないだろう。ただもう、見慣れてしまって感動などは無く。男は足音を消し、静かに前へと進む。
ある程度歩いた所で、後ろから荒い息遣いが聞こえた。
「オオハラさん!」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、大原は足を止め振り返るとルーナが両手を胸元で握っている姿が見えた。
街灯でルーナは明るく照らされる。それとは反対に大原は暗闇の中。暗闇からじっくりとルーナの顔を見ると頬は赤く、口角は無意識にほんの若干上がっている事に気付く。その姿は正に恋する乙女かの様に大原の目に映り、最早計画を立てるほどの人物では無くなっていた..。
「ああ、これはルーナさん。こんばんは」
「え、え~と..こんばんは!」
「では、また」
そう言い大原は立ち去ろうとするが、ルーナが焦りながら喋り出す。
「あああ! ちょ、ちょっと、待ってください!」
「何でしょう?」
「オオハラさんわざわざ来てくれてたんですね!」
「まぁそうですね。暇だったので..」
「ありがとうございます!」
ルーナは深く頭を下げ、続けて言う。
「オオハラさんのアドバイスのおかげで、私のお兄ちゃんは勝てました!」
「いえいえ、そんな頭を下げる程でも無いですよ。それに..自分のアドバイスが無くてもデラインさんは勝てましたよ」
「いえ! オオハラさんおかげで....」
らちが明かないので大原は話を逸らす。
「とりあえず立ち話もあれです。そこのベンチに座りましょう」
「あ、はい!」
二人は街灯の下にあるベンチに腰をかけ、二人の距離が近づくとルーナの心拍数が更に跳ね上がり全身に力が入る。そんなルーナは頑張って気持ちを落ち着かそうと深呼吸する。そして、落ち着いた声が隣から聞こえてくる。
「いいんですか? お兄さんの所に行かなくて?」
「..はい! 大丈夫です!」
「そうですか」
「......」
(え~どうしよう! もう話す事無くなっちゃったよ~!!)
っとルーナは話題を出すため脳をフル回転させるが、特に何も出てこなく沈黙が続く。
「では....」
っと大原が立とうと足に力を入れた時。
「あっ! そういえばオオハラさん! 二日後って暇ですか!?」
「ん..? そうですね..。主人に聞いてみないと分からないです。なぜそんなこ事を?」
「え~と~、皆と一緒に平和パレードで、何かオオハラさんにお礼が出来ないかぁ~っと思いまして、誘ったんですけどですけど。やっぱり、ダメ..ですよね....」
さっきまで元気だったルーナの声が段々と小さくなっていき、身体も分かりやすく縮こまっていく。大原はそんな様子を見ながら迷う。
(失敗だったか....)
「主人に聞いてみますよ」
「え!?」
「あまり期待はしないで下さい。仕事が優先ですから..」
「はい! わかってます! でももし、無かったら来れるんですね!?」
「まぁ..そうですね」
突然ルーナはベンチから立ち、大原の目の前に行き対面になると、大原の片手を両手で包む。少し困惑した大原だったが、嬉しそうな顔でルーナが見ていた。
「じゃあ! 二日後、冒険者ギルドの入口で集合しましょ!」
何か言おうと大原が口を動かそうとするよりも、先にルーナは大原の手を離し、皆に知らせる為急いでデライン達がいる場所の方へと走っていく。そんな様子を静かに大原は見つめる。
(え~..行くのが確定みたいな終わり方だったけど..)
そんな事を考え見つめていると、急にルーナが振り向き、腕を上げ大きく手振りながら大声で何か言っている。
「待ってますから~!」
それに答える様に大原も手を振る。余程嬉しかったのだろうルーナの顔から笑みが浮き出ていた。
ある程度満足したルーナはまた走り出す。
全身の力を抜きベンチの背もたれに、もたれながら夜空を見る。そして左手を空に掲げ、ゆっくりと口を開ける。
「..まだ時間はある。焦る事はないさぁ....」
っと言い全身に力を入れ立つ。
「さ、もう帰っても大丈夫かな?」
もうフロンティーネ達が帰っていることを願い、大原は帰る。
「ちょっと、ルーナまだぁ~!? もう行っちゃうよぉ!」
扉の向こうから聞きなれた仲間の声が聞こえてくる。
「まっ、まって!」
ルーナは急ぎ帽子を選ぶ。
本当はゆっくり選びたかったが、楽しみにし過ぎて寝れなく、変な時間に寝てしまい寝坊してしまったのだ。
取り敢えず白い藁帽子を被り、鏡の前で身だしなみを確認する。
「..よし!」
本当はもっと着替えに時間をかけるつもりだったが、急がないといけない為じっくり確認せずパパっと済ませ、扉に向かい思いっきり開ける。
ゴンっと鈍い音が鳴り、何かにぶつかる。ルーナは恐る恐るドアの隙間から外を覗く。
「いった~いよ~」
っと床に倒れ、顔を手で覆っているエラが居た。
ドアを完全に開け、中からルーナが出ると同時に深くお辞儀する。
「ごめんなさいエラさん!」
「ルーナバカ! バカ! バ~カ!」
顔を押さえながらルーナを罵倒するが、何とも気迫の無い言い方だった。
「..ルーナ、エラ、もうそろ行かないとヤバいんじゃない?」
腕を組み。ミラは壁によしかかっていた。
「そうですね!」
ルーナは周辺を見渡し、疑問に思ったのでミラに質問する。
「あれ? お兄さんは?」
思い出すかの様にミラが答える。
「あ~デライン? まだ寝てるから置いて来たよ」
「え、じゃあ起こしに行きましょう!」
突然隣から震え声が聞こえてくる。
「あいつは別にいいのよ!」
おでこらへんが真っ赤になって、目の中に涙がちょっと溜まっているエラがルーナの手を掴む。
「ほら! 早く行くよ!」
そのまま手を無理やり引っ張り二人は集合場所に向かう。
その二人を追う感じでミラはゆっくり歩きボソっと喋る。
「デライン、しばらく静かにしててよ~....」
壁に埋め込まれている紋章を大原は見ていた。
(鷹....あいつらはいつ帰って来るのだろうか..)
そんな事を考え、もう一時間以上入口で待っていた。暇なので道を歩く人々を見ていく。皆派手に着込んでいる様だった。大原はというとスーツだ。
(やっぱりスーツが一番落ち着くな..)
犬を撫でるかの様にスーツを撫でていると、誰かこちらに走って来る。
「オオハラさん! ごめんなさい! 遅れちゃいました!」
息切れをしながら喋り。疲れたのか下を向いており、頑張って帽子が落ちないよう押さえる人が大原の目の前に来る。
大原は優しく声をかける。
「大丈夫ですよ。ルーナさん」
っと大原は軽い笑顔をルーナ見せる。
ルーナの心配そな顔つきが少し緩くなったのを感じ。この時大原はルーナ以外誰もいない事に気付き、質問する。
「ルーナさん、他の皆さんは?」
「あ! え~と」
息を整え、崩れた身だしなみを直しながらルーナは答える。
「ミラさんとエラさんは何か忘れ物したらしく、後で来るそうです。お兄ちゃんは寝坊です!」
「そうですか。では皆さんが来るのを待ちましょうか」
「あ~....結構時間かかるから先行ってって~って言われたんですけど。どうします」
身だしなみを終えたルーナはバレない様に後ろで手をモジモジさせる。
(なるほど。そういう展開か....)
「では、先に行きましょうか」
「はい!」
おそらく今日一番元気な返事を聞いた大原は勇者の銅像がある場所に向かう事にする。
すると寄りかかるぐらいの距離でルーナが大原の隣に立ち、大原は少し気分が下がるが、今日のパレードに対して少し気分が上がる。
「さて、行きましょうか」
二人は少しずつ歩いていく。
もうすぐパレードが始まる時間で、長い道に人々が中央を開ける感じで並ぶ中、怪しい人物が居た。
さっきの服装から着替え、バレないよう顔を隠す感じの仮面を付け、物陰から二人を見守る二人組が居た。
「ねぇミラ、本当にそうなの?」
「ええ、間違いないは」
「でも今見た感じ、ぜーんぜんそんな雰囲気無いんだけど?」
「エラにはまだ早いのかもねぇ~」
っと小馬鹿にした感じでエラに言う。
「はっ.....!」
発狂する前にエラの口元をミラは抑える。
「二人っきりを邪魔しないの。せっかくあの邪魔者を閉じ込めて来たんだから」
そんな事を言い、ミラは昨日の事を思い出す。
驚いた表情のデラインが目の前に居る。
「何!? ルーナに好きな人が出来ただと!?」
「シっ! 声がデカい!」
威嚇顔をデラインに見せる。
「だ..誰だ..。い..嫌だ..。行かないでくれルーナ....」
デラインはおかしくなり空中に手を伸ばし何もないところを掴む。
そんな様子をミラは静かに見ていると、デラインは何かを決意し立ち上がる。
「..よし! ....決闘だ!」
「はぁ~!? 一回勝ったからって調子乗ると痛い目遭うよ~。しかも相手が誰かも分からないのに..」
「相手は誰だ!?」
「....ふぅ、オオハラよ」
「なぁ!?」
目を閉じながらデラインに説明する。
「わかった? 私達の命の恩人だし..それに..」
っと途中で目を開けデライン見るが、そこにデラインは居なく、扉の方に気配を感じ見る。
「え!? ちょっと! 何処行くの!?」
「命の恩人だろうが関係ない! ルーナをお嫁には行かせはしない!」
この時デラインは自分の中で名言が誕生したと思い、にやけ顔になる。
そこにはドアノブに手をかけ部屋から出ようとしているデラインが居た。そんな様子を見ながらミラは深いため息をした後、首の後ろ目掛け太ももから小さい針を出し、投げつける。
見事針が命中すると、デラインはその場でにやけ顔のまま崩れ落ちる。ミラは倒れたデラインに近づき見下ろす。
「しばらく、眠っててね」
っと言いデラインを担ぎ、何処かに運ぶ。
そして現在、ミラとエラは二人を見守っている状況である。
こんな感じで過去を振り返っていると、いつの間にかパレードが始まる時間になっており、周りが徐々に騒がしくなっていく。
ミラは二人を見逃さないよう凝視していると、チラっと何だが見覚えのある髪型が見えた。
(あれって..まさか。行くしかないか)
「エラ、ちょっと行くよ!」
「え!? え~!?」
エラとミラは人混みをかき分け、見覚えのある髪型の所に向かう。