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『昴~……これはちょっとこの前言ってったことと違うんじゃない~?』
「そんなことないよ……リクの記憶間違いじゃない?」
『そんなワケないよ。いくら俺が旧式シッターロイドだからってね、こんな派手に記憶ミスするわけないよ』
「どうだかぁ。この前だって僕の時間割間違ってたじゃん」

 リクが昴の家に来て何度目になるかしれない秋のある日、ふたりはちらかった学習机の前で対峙していた。その周囲もなかなかな惨状だ。
 机の上は学習用品とも遊び道具ともつかないものであふれ返り、その隙間には工作で作った作品のカケラなど、ごみとも判別がつかないものが転がっている。
 ふたりが対峙をしているのは、この学習机の置かれている、かつてベビーベッドなどが置かれていた昴の部屋の散らかりようについてだった。
 夏休みに、部屋の散らかり様について昴は母親の優海にこっぴどく叱られた。
 休みの終わりにリクの手伝いも借りてようやくの思いで片付けた部屋だったのに、数か月を経てまた元の状態……いや、それ以上の惨状になってしまったのだ。
 あまりの惨状に、優海にも、普段あまり目くじらを立てない父親の空にも、「部屋を片付けられないなら、部屋を取り上げて、寝室も勉強もリビングでやってもらう」と、つい先日言われたばかりだった。
 泣きべそをかきながら、「ちゃんと片付けるから、部屋を取り上げないで!」と、両親に泣きつき、その証拠にリクの手助けを借りないで自分で片付ける……とまで約束をしたのに、だ。
 部屋の状況は改善されるどころか悪化しているようにすら見え、その点もリクは問いただしているのだ。

『こんなに部屋が汚かったら勉強どころじゃないでしょ? ママとパパの言うとおり、ちゃんと片付けられるようになるまでは自分の部屋はなしだね』
「なんでだよぉ! って言うかさぁ、リクは僕のシッターロイドなんだからさ、片付け手伝ってよ!」
『そこが話が違うって言ってるの。ママとパパに自分だけでするって約束したんでしょ?』
「う~……だってぇ……無理なんだもん~……」
『無理なほど片付けないでいたからでしょ。自業自得だよ。ほら、見ててあげるから、片付けなよ。』
「ホントに手伝ってくれないの?」

 途方に暮れた眼でこちらを窺うように上目遣いしてくる昴の眼差しを、リクはあえて見ないふりをした。そんな目で見られてしまうと、たちまちに手伝いたくなってしまうからだ。
 リクは学習机に付いている子ども用の椅子を引っ張り出して、昴から少し離れた場所に腰を下ろした。あくまで自分は片付けの監督だ、というように。
 すると、リクの態度に、昴は、今度はきゅっと目を吊り上げて地団太を踏まんばかりに怒りだす。

「なんでだよぉ! 絢斗(けんと)ンちのシッターロイドは片付けやってくれるって言ってたよ! 優紀(ゆうき)んとこだって、あやねのとこだって! 宿題だってやってくれるって…」
『よそはよそ、ウチはウチ。俺は、そういうことはしないってことになってるの』
「リクは僕のシッターロイドじゃないの?!」
『昴のシッターロイドだよ、俺は』
「じゃあ、やってよぉ! リクのマスターは僕だよ?!」

 癇癪を起しかけながらリクに部屋の片づけを要求してくる昴は、半泣きの顔をしている。昔から変わらない、感情がたかぶると泣き崩れてしまう昴の顔だ。
 その顔だってかわいいと思えるほどにリクは昴が大事だと思っているし、手伝ってやりたい衝動だってある。
 しかし、シッターロイドは子どもの言うことをなんでも聞く奴隷ではない。あくまで“彼ら”は子どもの成長のために関わり、促すための世話をする存在だ。
 それは時に、マスターの意に沿わないことも出てくる。だから、シッターロイドの契約は子どもの保護者としかできないようになっているのだ。
 唇を噛んでにらみつけてくる昴の方を見つめながら、リクはゆっくり首を横に振って、諭すように告げた。

『――俺は、シッターロイドであって、“何でも屋”じゃないよ、昴……』

 リクがそう告げた瞬間、昴は手にしていたその日の宿題である音読の本をリクに投げつけてきた。本は、リクの胴体に当たって床に落ちる。
 『こら、昴! 物を投げつけるんじゃ……』と、リクが溜息交じりに更に言葉を継ごうとした時、昴は叫ぶようにこう言って、部屋を飛び出していった。

「なんだよ! リクのバカ! 大っ嫌い!!」
『昴!』

 戸建ての二階にある部屋から飛び出した昴が、大きな足音を立てながら階段を降りて行き、やがて同じくらい大きな音を立てて外に飛び出していくのが聞こえる。
 空気をびりびりと雷のように震わせるほどの衝撃を起こしながら出て行った昴の姿を、リクは溜息交じりに見送っていた。

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