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【二十九】勇者達の末路



 俺は思わずロイを睨んだ。腰が重くて、体に力が入らない……。
 そんな俺を抱き寄せて、ロイは嬉しそうな顔をしている。

「ロイ、俺死んじゃう」
「大丈夫だ」
「なにを根拠に……」
「だってジークは、俺の事を好きなんだろう?」
「そ、そうだけど」
「だったら慣れてもらうしかないな」

 そう言って、ロイは綺麗な笑顔を浮かべた。俺の大好きな表情だ。まったく、ずるいと思う。でも俺は、ロイが大好きだから、確かに耐えられる。気持ちいいという事にも、実際慣れつつある。だからロイの方に、頭を預けた。するとより強く、ロイが俺を抱き寄せた。

 ノックの音がしたのはその時で、俺は慌てて姿勢を正そうとした。しかしロイが離してくれず、より強く抱きしめられた。すると扉が開いて、一人の青年が入ってきた。彼は、魔王国の宰相で、オズワルドという名前だと、俺は先日挨拶されて知った。

 オズワルドは、俺とロイを見ると、非常に生温かい目つきをし、その後遠い目をした。口元には、ひきつった笑顔が浮かんでいる。

「まぁなにはともあれ魔王様、恋愛の成就、おめでとうございます」

 明確に第三者に、恋愛関係を指摘されたのは初めてだったので、俺は思わず赤面した。ロイは小さく笑ってから、頷いた。

「ああ。俺は今幸せだ。それで? その幸せな場に来るのだから、相応の用件があるのだろうな?」

 ロイの言葉に、オズワルドが表情を引き締め大きく頷いた。

「勇者パーティの動向です」
「うん。続けてくれ」
「帝国に立ち寄った勇者パーティを、中立を宣言している帝国は、条約の通り、即座に追い出しました」
「そうか。第一皇子殿下には、感謝しかない。魔鉱石の輸出量に少し上乗せして、礼を示しておいてくれ」
「御意。それで、ですね……勇者パーティは、魔王国に入りました」
「そうか。それで?」
「……勇者達は、非常に弱いので、即座に魔王軍で捕らえ、現在はナナハシマ砦の牢獄に、投獄しております」
「ナナハシマ砦か。まぁ、妥当だろうな。しかし愚かな者達だ。神託に従っていれば、まだ勝機もあったのだろうが、その通りにしなければ、決して勇者一行としての真の力は発揮できない。ジークを追放した時点で、彼らには敗北以外の未来はなかった」

 ロイがつらつらと述べた。俺はロイの腕の中で、それを聞いていた。

「なぁ、ロイ? つまり俺がいたら、ロイを倒せたってことなのか? 俺は絶対にそんなことはしないけどな」
「ああ、その通りだ。だから――ジークが不在であるから、勇者達は俺を倒せない。しかしさて、どうしたものか。勇者達の処遇……」

 ロイが難しい顔をして、思案するように瞳を揺らした。考え込んでいる様子のロイを、俺は見守る。

「改心するのであれば、王国に返してもよいな」

 俺はその言葉を聞いて、少しだけホッとした。色々酷い事もされたが、それでも元々は仲間だったのだから、安否は気になる。

「少し、話をしてみるとするか」
「ロイ、俺も行っていいか?」
「――構わないし、ジークの事は俺が守るが、会いたくないのではないのか?」
「一応、元々は仲間だったわけだからな」

 俺が苦笑すると、ロイがまじまじと俺を見てから、吐息に笑みを載せて頷いた。
 こうしてその日の午後、俺達は、勇者一行が投獄されているという牢屋がある砦へと向かった。鉄格子の向こうで、四人のパーティメンバーが、不機嫌そうな顔をしていた。

「ジーク! この裏切者が!」

 俺を見ると、ハロルドが激高した顔になった。思わず俺は、ロイの腕の袖をつかんでしまった。するとロイは俺の腰を抱いて、鋭い眼差しをハロルドへと向けた。

「勇者ハロルド。ジークは裏切者ではない。善悪をきちんと判断できた善良なる冒険者だ。正義を裏切っているという意味合いで、世界に対する裏切者は、お前自身ではないのか?」

 冷たい声音でロイがいうと、勇者が目を眇めて舌打ちした。

「何を言っている? 俺が悪者だといいたいのか?」
「ああ、その通りだ。魔王として、幾人かの勇者を見た事があるから述べるが、お前は最悪だ。悪の権化のような勇者の出現に、俺は吐き気がしている」
「――悪の何が悪い?」

 その時、ハロルドが首を傾げた。俺は耳を疑った。

「俺達はそもそも、名誉と報奨金が欲しかったから、この旅路に臨んだんだ。善悪など無関係だ。俺は、金と地位が欲しい。魔王、お前はそのための犠牲になるべくして生じた存在だ。俺にとって、お前の首は金に等しい。この考えが、悪意ある事を、俺は自覚しているが、決して悪いとは思わない。だから、さっさと俺に殺されろ」

 そういうと、ハロルドが高笑した。唖然としてしまい、俺は何か言おうと思ったのだが、唇が震えるだけで、何も言葉が思いつかない。

 ロイは、そんな勇者を見て、大きく溜息を零した。

「どんな信念があっても個人の自由かもしれないが、俺としては、お前達が過去にジークに手を出そうとした事も含めて、絶対的に赦せないと考えている」

 冷酷な声で、ロイが告げた。
 俺は慌てて、ロイの袖を引く。

「ロイ、命だけは――」

 するとロイが俺を一瞥し、僅かに表情を和らげた。

「優しいな、ジークは」

 ロイは苦笑を滲ませた瞳を俺に向けてから、そっと俺を抱き寄せた。肩に感じるロイの手の感触が、俺に安堵をもたらしてくれる。

 ――牢獄の中の空間が歪んだのは、その時の事だった。

「!?」

 投獄されていた四人の体から、黒い靄が溢れ出していく。すると――四人の顔以外の首から下が、ドロドロに溶けて床に落ちていった。それらは牢獄の床で融合し、一つとなり、巨大な肌色の肉塊となってから、どんどん膨らみ始めた。そこに残っていた四つの顔が接着する。何が起きているのかわからず、俺は目を見開いたまま、滝のように汗をかく。

「そこまで堕ちたか」

 その時ロイが呟いた。咄嗟にそちらを見ると、ロイも俺を見た。

「勇者の素質とされる力が、悪意で歪んだんだ」
「え?」

 それを聞いて、俺はいつか、ジャネスから聞いた事を思い出した。あの竜は、俺に確かに言った。

『魔物は、絶望や悪意が、強い素質を歪めた時に生じる。たとえば、ジークは強い勇者の一人としての素質を持っているようだが、それが歪めば、魔物となる』

 ゾクリとした。背筋が泡立つ。

「ロイ……まさか、ハロルド達は、魔物に……?」
「そういうことだ」

 眼差しを険しくしたロイが、片手を持ち上げる。すると魔力の塊が生まれた。

「ま、待ってくれ。それをぶつけたら、あいつらは一体……?」
「魔物化した以上、もう解放するすべは、討伐以外にはない。融合した悪意を分離する事は不可能だ」
「!」
「ジークは下がっていろ。お前は優しいから、元の仲間を手にかけることはできないだろう」

 その言葉を耳にし、俺は唇をかんでから、首を振った。

「ロイだけに、背負わせる事なんて出来ない。俺も戦う」

 決意して、俺は杖を呼び出し握りしめた。その時、元は勇者パーティであった肉塊が、膨張して牢獄を突き破った。俺は外に逃がさないように、砦の周囲に立方体の結界を構築する。すると頷いて、ロイがその結界内部にて、魔力を解放した。

 バン、と、そんな音がし、肉の塊が飛び散った。
 べちょべちょと、肉片が、牢獄の床に落ち、四つの顔はすべて弾け飛んだ。
 俺、は――息苦しくなって、ロイに抱き着く。元仲間を手にかけたと考えると、全身が冷えていた。だが、ロイは俺を抱き寄せてくれた。その温もりが、俺にとっての救いだった。




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