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【二十六】宝玉



 ロイは俺にとても甘い。
 朝。
 俺はロイと並んでソファに座っている。

「ジーク」

 ロイは俺の顔を自分の方に向かせると、長い指で俺の唇をなぞる。
 それからチュッと音を立てて触れるだけのキスをした。真っ赤になった俺は、思わず両手で顔を覆う。ロイはずるい。こんな事をされたら、俺はどんどん好きになってしまう。努力しようと思っているのだが、ロイに振り向いてもらうどころではなく、俺側がどんどん好きになってしまう。俺は手を下ろしてから、唾液を嚥下し、上目遣いでロイを見た。

「ロイ……あ、あの」
「ん?」
「……ロイは、俺の事、そのだな……」

 どう思っているのだろうか? 何度か好きだと言われたことを思い出し、今もそうであることを祈るのだが、まだ魔王城に来てからは、一度も言われていない。

 ヴンと音がしたのはその時だった。
 驚いて視線を向けると、そこには魔導窓が開いていた。これは遠隔で、指定した場所を映し出すスキルだ。有用なスキルだから、有名である。ロイは魔王だから、全てのスキルを使用できるのだったと、俺は思い出した。これまでの不思議な魔術も、全てスキルだったようだ。

「あ」

 魔導窓を見て、俺は思わず声を上げた。目を瞠る。
 そこには――ラキとユースが映し出されている。なにやら海中の遺跡のようなダンジョンにいる二人は、三つ首の龍に追いかけられている。

「ロイ、これは何処だ?」
「――秘宝が眠るという海中遺跡だ」
「すぐに行きたい。あの二人は、俺の友達なんだ」
「事実か?」
「うん」
「侵入者が出た際に分かるようにと魔導窓を設置しておいたんだが……そうか。不審者ではないんだな? ジークの友ならば、信用できるはずだ」
「ああ。二人とも、いい人だ。俺は助けに行く」
「俺も行こう。魔法陣で移動する方が早い。徒歩では間に合わない」

 ロイが立ち上がった。頷き俺も立ち上がる。するとロイが俺の腰を抱き寄せて、転移の魔法陣を発動させた。瞬間眩い光に飲まれた俺達は、直後魔導窓に映っていた風景の中にいた。

「ジーク!?」

 ラキが俺に気づいた。大きく頷き、俺は杖を構える。そして魔術を発動させた。龍の首が一本ちぎれて落下した。ほぼ同時にロイが魔力の塊をぶつけたので、残りの二本の首は破裂して飛び散った。その後、胴体が地面に倒れていった。

「さすがだな、ジーク」

 ラキが呆然としている。その隣で、ユースがロイを凝視した。

「さすがです、魔王様」

 その声に、ロイがユースを見る。

「半魔か。その魔力の気配は――……ああ、久しいな」
「覚えていていただき光栄です」

 ユースが深々と頭を下げた。
 ボスであった龍の体が消え始めた。透けて溶けていくように見える。
 俺はそちらを一瞥し、その後出現したガラス玉を目にして、首を傾げた。龍の巣や山脈のダンジョンで、俺が手に入れたものとそっくりだ。中が虹色に輝いている。

「っ、見つけた。宝玉だ」

 ロイが手を伸ばすと、宝玉が手のひらサイズになった。
 それを大切そうに、ロイが握る。

「これは俺が手に入れても構わないか?」

 ロイの問いかけに、ラキとユースは頷いた。俺も欲しいとは思わないので、首を縦に振る。

「感謝する」

 ほっとしたような顔で、ロイは宝玉を見つめている。

「俺達は、ギルドに報告に行ってきます!」
「またいつか!」

 ラキとユースはロイに対してそう言ってから、それぞれ俺を見て笑顔になった。手を振って、俺は二人を見送った。その後、ロイに聞いてみた。

「その宝玉は、なんなんだ?」
「――神託を停止させる効果がある。五つ集めた場合に、神託を管理している古代の遺物、魔導兵器を停止させることが出来るんだ」
「え? 五つ……俺、二つ持ってるけど?」
「なに?」

 俺の言葉に、ロイが驚いたような顔をした。俺はカバンから二つの宝玉を取り出して、ロイに見せる。するとロイがいよいよ驚愕したように目を見開いた。

「俺もこれを含めて二つ所持している。残りの一つの在り処は、特定しているから、これらを用いれば、神託を止められる」
「そうするとどうなるんだ?」
「二度と、魔王国を害する勇者という存在が生じなくなる」
「本当か!?」
「ああ。ジーク、その二つを、俺にくれないか?」
「勿論!」

 俺はその場で、宝玉を二つロイに手渡した。それから俺は、尋ねた。

「最後の一つは、どこにあるんだ?」
「天空の塔だ。ある、というよりは、元々五つとも、その塔の石板に嵌まっていたんだ。今もそこに一つだけ現存している。この四つを、元の通りに嵌めれば、五つそろう事になる」
「ロイ、嵌めに行こう。俺、手伝いたい」

 俺が強く述べると、ロイが息を飲んだ。そしてじっと俺を見てから、はにかむように笑った。

「ありがとう、ジーク。では、一緒に行こうか」
「ああ」
「パーティを組もう」

 パーティは冒険者でなくとも、人間同士でなくとも、組めるのだと改めて思い出す。
 頷き俺は、ロイとパーティを組んだ。

 ――天空の塔は、魔王国のはずれにあるそうだった。そこには、水晶湖という魔力が強い水場があるそうで、転移は最寄りまでしか出来ないらしい。俺とロイは、水晶湖の近くの街に転移した。

「ここからは、徒歩で向かう事となる」
「俺、旅にはもう慣れたから、大丈夫だ」

 俺が両頬を持ち上げると、ロイもまた笑顔になった。こうして俺達は、天空の塔がある方角へと、旅を開始した。初日の夜から、野宿だった。けれどロイと二人で、一つの毛布にくるまり、抱きしめられるようにして眠った夜が、俺はとても愛おしい。

「ん」

 何度も何度もキスをした。手を繋いで、道を進む。
 視線を交わし、俺達はずっと話をしていた。平和な世界が来るといいなというような、そんな話を。こうして、旅は順調に進み、俺達は三日目に、天空の塔の真下に到着した。そこからは、光の梯子が天にのびていた。雲の向こうまで続いているようで、塔は目視出来ない。

「行こう」

 ロイが俺の手を握り、歩き始めた。隣に並んで、俺も梯子を上る。階段状だ。
 どんどん地上から遠ざかっていく。小さく見える建造物に、高さを再認識して、俺は思わずロイと繋いだ手に力を込めてしまった。落ちたら怖い。だが冷静に考えれば、風の魔術で、落下速度を変えられるから、別段危険はない。

 その後俺達は、雲を通り抜けて、その上にあった、天空の塔へと足を踏み入れた。
 上に上にと続いているダンジョンのようだ。

「魔物はいないんだな」
「ああ。幾度か調査をしたが、一度も遭遇したことはない」
「そうなんだな」

 頷きながら、俺は螺旋階段を上る。塔の壁に沿うように、階段がある。
 塔の中心部には、様々な大きさの歯車があって、ぐるぐると回転している。
 俺とロイは、最上階まで登り切った。
 すると開けた場所に出て、目の前に巨大な石板が現れた。五角形をしている。その一番上には、既に宝玉が嵌まっていた。

「ロイの話していた通りだな」
「ああ」

 ロイが石板に歩み寄る。そして四つの宝玉を取り出した。

「嵌める」
「うん」

 俺が見守る前で、ロイが宝玉を一つずつ嵌めていった。
 全てが嵌まった瞬間、石板が光りを放ち始めた。
 ロイが、慌てたように俺を抱き寄せる。俺も、ロイの腕を抱きしめた。

 そのまま、俺とロイは光に飲み込まれた。

「ん」

 光が終息したので、俺は目を開けた。隣にはロイがいる。それに安堵して、俺は一息ついた。その時だった。

『スキル【孤独耐性】が発動しました』

 突然響いて聞こえた声に、俺は驚いて目を見開いた。

「何故、このスキルが?」

 ロイが不思議そうに呟いてから、俺を見る。俺もまた、首を傾げるしかない。
 それから俺達は、改めて正面を見た。
 するとなにやら新しい石板が浮かんでいた。何か文字が刻まれている。

「なんて書いてあるんだろう?」

 俺はロイの腕を抱きしめたままで、一歩前へと出た。ロイも前に出る。

「ええと……『真実の愛の前では、【孤独耐性】の効果は消失します。発動しても、愛する相手がいないと、孤独に耐えらなくなります。愛し合っている二人が口づけをする事で、真実の愛は、石板により確認されます。スキルが消失した場合、そのスキルは別のスキルに進化します。それは、【永遠の絆】となります』――? どういう事だ? 確かに、今は発動中だけど、俺はロイがいない世界なんて考えられないし、今もいなくなったらと思うと寂しいけどな……」

 俺が首を傾げると、ロイがより強く俺を抱き寄せた。

「俺もジークが不在の世界なんて考えられない。石板に保証などしてもらわなくとも、俺はジークを愛しているが、せっかくだ。ジーク、こちらを向いてくれ」
「う、うん!」

 さらりと告げられた愛の言葉に、俺は胸の動悸を押さえるのに必死になりながら、ロイを見た。ロイは俺の顎を持ち上げると、顔を傾け、俺の唇を貪った。舌を絡めとられてキスに浸っていたその時、石板が輝きだした。

『進化スキル【永遠の絆】を付与しました』

 そんな声が聞こえてきた。
 スキルが進化するなんて、聞いたこともない。勿論、【永遠の絆】というスキルも、俺は知らない。ロイがその時、両腕で俺を抱きしめて、輝いている石板を一瞥した。

「俺達の愛は、石板も保証してるという事か。そうか――ジークは、きちんと俺を好きになってくれていたんだな」
「な、っ、それは俺の台詞だ。ロイこそ、俺の事、ちゃんと好きに?」
「ずっと俺は好きだったが?」
「俺の方こそ好きだった!」

 そんなことを言い合ってから、俺達はどちらともなく噴き出した。

「新しいスキルは、どんな効果なんだろうな?」
「さぁ? ゆっくり調べてみるとしよう。ジーク、帰ろう。既に神託は停止した。以後は、星読みの一族や竜でもなければ、未来の予告を聞く事はないだろう」

 ロイはそう述べると、俺の額にキスをした。俺は笑顔で、ロイに抱き着いた。
 こうして俺達は、地上に戻る事にした。





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