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【八】街の散策


 一夜明けて、今日はフォードが朝早くから剣を受け取りに出かけるのを、俺は丁度階段を降りた時に見かけた。ギルドから出ていくフォードを見送ってから、食堂で朝食をとり、茹でたソーセージを味わいながら、本日の予定を考える。

 明日からは俺も剣の鍛錬場に連れて行ってもらうとして、今日は何をしようか。まだ依頼を一つ達成した直後であるし、今日はゆっくりしてもいいと思う。次の依頼は、一週間ほどしてから受ければよいかなと俺は考えている。

「ロイはこの街のどこにいるんだろうな?」

 気づくと無意識に呟いていた。この都市に用事があったのだろうし、街を散策していたら、もしかしたら会えるかもしれない。

「まだ助けてもらったお礼をきちんとは言えてないしな」

 食後、お皿を返しに行ってから、俺は街へと出る事にした。都市アーカルネの大通りは魔鉱石が散りばめられた路が舗装されている。思ったよりも風が冷たくて、俺の茶色の髪と外套がわりでもあるローブが揺れた。杖を握って歩いていくと、次第に人の数が増え始める。ロイの姿を探して周囲をきょろきょろと見ていたら、いくつものお店が視界に入った。

 どうやらこの都市は、武器や防具、魔力のこもった装飾具などを扱っている店が多いようで、冒険者が旅の準備をする際に立ち寄る事が多いらしい。様々な看板にそういったうたい文句が描かれているし、歩く人々も装いから冒険者だと分かる者が多い。

「俺も新調しようかな?」

 今、俺は十一年前に王宮で用意してもらった旅装束をそのまま身に着けている。あまり魔術師のローブには流行はないし、王宮で用意してくれた品は、魔王討伐のための最高の品ではあるが、使いやすさという意味では、別に最高だとは感じない。ただ十一年も身に着けているから愛着はある。

 そんな事を考えながら、俺はまず、ローブ専門店へと足を踏み入れた。
 中は混雑していて、雑多にローブが並べられている。戦闘用のローブから、初心者用のローブまで、様々な種類があって、俺はその中で、魔力糸で刺繍が施されているローブを見つけて、立ち止まった。他の品に比べて、その青灰色のローブからは、強い魔力が感じられる。その左右にあるローブはごく一般的なもので、そこに紛れているというのに、なんだか不思議だ。手に取ってみると、刺繍だけでなく、布地全てが魔力糸で織られているらしいと分かった。珍しいなぁと思う。過去に師匠が身に着けていたローブもこの作りで、当時師匠は『全てを魔力糸で作ってある生地は、魔王国の貴族階級以上か、人間であれば耐えられる魔術師しか身に着けられないんだよねぇ』と話していたように思う。俺の師匠は、孤児である俺に格安で魔術を教えてくれたいい人だが、現役時代は強かったのだと本人は言っていた。

「それが気に入ったとはお目が高い」

 不意にそう声をかけられて、俺は我に返った。見れば店主らしき好々爺が、目じりの皺を深くして、穏やかな笑顔を浮かべていた。

「試着なさいますかな?」
「あ……は、はい」

 俺が頷くと、店主がローブを手に取り、俺に渡した。その場で俺は、これまで羽織っていた品を脱ぎ、代わりに新しいローブを羽織る。すると強い魔力が体の中に流れ込んできた気がした。だが、息苦しさはないし、魔力を一度受け止めてしまえば、驚くほど布地は軽い。

「ほう。中々の実力ある魔術師とお見受けしますぞ」
「えっ……いえ、そんな事は……」

 店主は元々俺が身に着けていた品を紙袋に入れ、俺に渡した。

「次にいつ、それを身に着けられる魔術師が来るかも不明で、作ったはいいもののローブが不憫だったのです。どうぞ無料で構いませんのでお持ちください」
「え!?」
「代わりに、なにかいい事をなして、何処でローブを買ったかと聞かれたら、この店の名を宣伝してくださいね。ここは【ユリノール】というローブ店ですので」
「は、はぁ……」

 俺はそのまま押し切られて頷きつつ、無料でローブを手に入れてしまった。
 ありがたく頂戴した俺は、店を出てから、再び街の散策を開始した。杖は、師匠にもらったもので、こればかりは変える気が起きない。購入するとすれば、他には魔術が込められた石を加工した装飾具などになるのだろうが、俺はピアスはつけていないし、指輪や首飾りも今のところは何もない。必要なものが明らかになってから、購入する方がいいだろう。そう考えつつ眺めて歩いていると、すぐに日が高くなった。

「美味しそうだな」

 街の一角に、肉の串焼きの露店が出ていた。そちらへと歩み寄り、俺は大きな串焼きを一つ購入した。近くのベンチに腰を下ろして、一切れずつ食べていき、昼食とした。食べながら見ていると、行きかう人々も冒険者らしき人々が本当に多い。

 結局ロイには会えないままで、俺は夕方になってから冒険者ギルドへと戻った。

「ジーク!」

 すると食堂にいたフォードが立ち上がって、俺を見て声を上げた。そちらを見て俺が笑顔で歩み寄ると、フォードが嬉しそうに剣を見せてくれた。

「どうだよこれ? ちょっといい感じだろ? いや、最高にいい感じだろ?」
「うん。長剣なんだな」
「そうそう。俺はこの剣と一緒に、これから冒険者として、剣士として、名を上げるつもりなんだ! 俺にかかれば、その辺の雑魚魔族なんていちころだな!」

 満面の笑みのフォードを見て頷きつつ、『魔族』という言葉にドキリとしてしまった。人型だとロイは話していたから、俺には倒せないかもしれない……。

「俺、あんまり外の事に詳しくないんだけどな……なぁ、フォード? 魔族と人間は戦っているのか?」
「ん? そりゃぁ……魔物や魔族は、襲ってきたら撃退しないとなぁ。みんなを守るのも冒険者の大切な仕事だろ?」
「襲ってくるのか……怖いな……」

 俺が呟くと、フォードが不思議そうな顔をした。

「ジークなら余裕で撃退できるだろ?」
「う、うーん……」

 ちなみに人間だって襲ってくるだろうと、俺は思う。なにせここに来る直前、俺とフォードは襲われたのだからな。ただ、人間が襲ってくるのは、理由がわかる。山賊の目的はみぐるみをはぐことだ。

「魔族はなんで襲ってくるんだ?」
「さぁ? 魔王の命令なんじゃないか? 俺、深く考えた事はない」

 フォードの言葉に、俺は曖昧に頷いた。確かに旅立つ前にも、魔王が悪いという話はひとしきり聞かされているから、魔王にも何か人間を襲う理由があるのかもしれない。

「それより明日から一緒に鍛錬場に行くんだろ? 夕食食べたか? 一緒に食べながら相談しよう!」
「ああ、まだ食べていないから、何か注文してくる。俺にも剣が使えるようになるといいな」
「うんうん。ジークなら、魔術を使って加速したりできるだろうし、きっと色々役に立つ事を覚えられると思うぞ!」

 励まされて、俺は頷きながらメニューを見た。



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