バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

【二十二】病室



「っ……」

 目を覚ました森永は、天井を見上げて、二度瞬きをした。

 白い板に丸い模様――軍病院の何処でも変わらぬ風景だ。その事実に死ぬほど安堵しながら、ゆっくりと半身を起こす。頭部に巻かれている包帯に触れてみる。全身から力が抜けていく。

「優秀な部下を持って、本当に私は助かったよ……」

 森永は記憶を辿った。先程まで見舞いに来ていた高瀬大尉に聞いた事を思い出す。森永が殴られた直後、屋上で待機していた高瀬大尉をはじめとした部下が乗り込み、救出してくれたのだ。会議を見に行く事は、部下には伝えていなかったのだが、『森永少佐なら行くと思ってました』と、高瀬大尉に言われて、森永は苦笑するしかなかった。そのおかげで、命が救われたのである。

 殴ってきた相手は、大貫中佐の部下の一人だったらしい。それを理由に、大貫中佐の進退を今、軍の内部で話し合っているとも聞いた。こちらも上手く行きそうだ。森永はそう考えながら、正面にある大きなテレビのモニターを見た。映像通話も可能である。病院の特別室には、ほかには冷蔵庫なども備え付けられている。

 あとは首脳部が、文字通り脳であった証拠を固めて、遇津に迫れば、ひと仕事が終わりである。一人、森永は頷いた。そうなったら、亘理も少しは解放された気持ちになってくれるのだろうか? まだ出張中であるから、直接は顔をあわせていない。だが、毎夜、映像通話は行っている。だから森永は、夜が待ち遠しかった。点滴を見上げながら、早く亘理に直接会いたいと考える。

 亘理からの通話があったのは、夜の十二時をまわった時の事だった。

 いつもとほぼ同じ時間である。こんなにも働いていては、体を壊してしまいそうで心配だ。モニターが点いた瞬間、森永は満面の笑みを浮かべた。

「お疲れ様」
「――お疲れ様です。体調はどうだ?」
「もういつでも退院できるんだけどね、みんな心配性だから」
「……」

 森永の声に、亘理が小さく頷いた。笑顔が浮かんでいたから、前よりも心を開いてもらえている気がして、森永は嬉しくなった。通話を重ねる度に、亘理の笑顔は深くなる。

「早く君に会いたいよ」
「俺も、会いたい」
「出張はいつまでだっけ?」
「――もう少し、かかりそうなんだ」

 亘理の瞳が、少しだけ暗くなったように思えた。口元の笑みは変わらないが、森永は確かに違和感を覚えた。考えてみると、亘理の笑みも、どこか作り物めいて見える。それはまるで、妹の前で彼が見せていたような表情に近い。

 そう考えて――森永は小さく息を呑んだ。嫌な予感が全身を支配した。

 考えてみる。入院してから、もう何十回も、亘理と通話をしている。即ち、それだけの数、夜は巡ったのだ。その間――点滴の薬液を取替に医者が訪れた記憶が一度も無かった。食事をした記憶も無かった。面会者の記憶――『先程』高瀬大尉が来たというこの記憶――だがこれは、果たして、いつだ? 今日は、寝て起きて目が覚めて夜を待って、今に至る。昨日もそうだ。そもそも――一ヶ月以上包帯を巻きっぱなしで痛みもない頭部が、まだ完治していない……? 森永は、己の手を持ち上げた。握ってみる。確かに手の感覚がそこにはある。だが――仮想現実とは、そういうものだと聞いていた。

「まさか」

 森永は唇を動かした。凍りついた自分の顔が、血肉を伴っているのか、自信が無い。
 亘理の背後の風景を見る。
 ――亘理の部屋だ。もう見慣れてしまった、彼の部屋の壁だ。出張中なのに?

「亘理くん、いつ帰ってくるの?」
「……もうすぐだ」
「いつ、会いに来てくれるの?」
「……近い内に」
「今、君は何処にいるの?」
「……」
「私には君が今、君の自宅にいるように思えるんだけど」
「っ」

 森永の言葉に、驚愕したかのように亘理が目を見開いた。その反応に、森永は半ば確信しながら続けた。

「私は……見てはいけない首脳部の会議を見に行って、そのまま拉致され脳だけにされたという事でいい?」
「それは――、……ッ」

 モニターの向こうで亘理が立ち上がった。拳銃を手にしている。亘理が引き金に手をかけたのが見えた。

「亘理くん、それはダメだ」

 自殺する気だと、そう判断して森永は思わず叫んだ。ベッドを降りて、モニターの前へと走る。しかし、いくら手を伸ばしても、届くはずはもない。その無力感に苛まれそうになった時、亘理が銃口をモニター越しに構えた。

 ――銃声が響いた。


しおり