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【十八】事後の翌朝





「――大尉、亘理大尉」
「っ」

 声をかけられて、亘理はうっすらと目を開けた。白い朝の陽の光を先に感じ、続いて正面にある森永の顔を見た。そして一気に覚醒した。

「!」

 起き上がりながら、亘理が目を見開いている。そんな亘理の様子に、森永が苦笑しながら珈琲の入ったカップを差し出した。亘理はそれを受け取る。

「あ……ありがとうございます」
「どういたしまして」

 上品なカップを静かに傾けながら、亘理は大きく瞬きをした。対面するソファに、森永が座り、彼女もまた己の分の珈琲を飲んでいる。湯気が二つのカップから上がっている。亘理は何を言えば良いのか分からず、沈黙の理由を作るように、珈琲を飲み込んだ。味などしない。無性に煙草が吸いたいと思った時、森永が見計らっていたかのように黒く丸い灰皿をテーブルの上で滑らせた。

「どうぞ。私は吸わないんだけど、この部屋に来る客人は喫煙者が多いんだ。私は気にしてないから、吸っていいよ」
「……ありがとうございます」
「お礼を言われるのは、悪くないね。何度言われても」

 喉で笑った森永を一瞥してから、亘理は床にたたんであったコートを見た。軍服もシャツも几帳面にたたまれている。それから昨夜の事をおぼろげに思い出して、亘理は硬直した。煙草を取ろうと伸ばした手が、震えそうになる。表情を変えないように努力をしながら、煙草の箱とオイルライターを手に取った。机の上に、置かれていた。制服から取り出してくれたのだろう。星が印字されたボックスを無意味に見つめながら、白いフィルターを銜えて、火を点ける。

 それから動揺を押し殺すように、深々と煙草を吸い込み、肺を満たした。
 そんな亘理の姿を、カップを傾けながら森永は見ている。

 どうすれば良いのか、そもそもなにかをどうにかする必要があるのかと、悩みながら亘理は森永を見た。森永もまた亘理を見ていたから、正面から視線が合う。

「亘理大尉がどんな反応をするか、楽しみにしていたんだけどね。いつも通りかぁ」
「……」

 亘理は何も言わなかった。ただ内心で、決していつも通りなどでは無いと考えていた。

 夢ではない。それは、体の気怠さが証拠だ。煙を吐き出しながら、亘理は言葉を探す。しかし何も見つからない。

「気持ち良かったよ」

 揶揄するように森永が言った。瞬間――亘理は赤面した。無性に恥ずかしくなり、俯いて眉間に皺を寄せる。その反応に、森永が目を丸くした。そうしながら、唇の両端を持ち上げる。

「意外と可愛い顔をするんだね」
「……」
「大貫中佐の気持ちが分からなくもない」
「……? それは、どういう意味ですか?」

 純粋に分からず亘理が尋ねると、森永が苦笑した。

「――昨日私がしたような事を、大貫中佐は君にしたかったんだと思うよ。上か下かは別として」

 分かっていなかった様子の亘理に、率直に森永は告げた。
 それを聞いた亘理の顔が、今度は蒼褪めた。眉を顰め、険しい顔で煙草を吸っている。

「今後は気をつけた方がいい。まぁ、私が言えた事ではないけどね」
「……肝に銘じます」

 答えながら亘理は時計を見た。腕時計が、六時半を指している。軍への出勤は、八時半までと決まっていた。

「帰ります」
「私の車で一緒にどう?」
「いいえ、一度家に戻ります」
「送るよ。先に、シャワーを浴びてきな」

 促され、確かに体を流したいと思い、亘理はシャワーを借りる事にした。
 自宅とは違う温度に、髪を濡らしながら嘆息する。

 ――森永から香ったものと同じ匂いがするボディソープで体を洗う。女性向け特有の甘い香りがした。

 そうして浴室から外へと出ると、洗濯機の上に、真新しい軍規定のシャツと、新しい下着が置いてあった。軍服等は自分のものだったから、迷った末、新しい下着とシャツの封を破り、亘理は身につけた。何故自然と、男物が出てくるのかと、内心では疑問だった。

「着替え、ありがとうございます」
「はい、お水」

 リビングへと戻り本日三度目となるお礼を亘理が告げると、笑顔の森永が頷いてからミネラルウォーターのペットボトルを手渡した。いくつも常備してあるのだと言って笑っている。冷えた水は、美味しかった。

 その後、亘理は森永に家まで送ってもらった。

 帰宅して、後ろ手に扉を閉めた直後、玄関で亘理は座り込んだ。手袋をはめた右手で、口を覆う。緊張が解けた気がした。今更ながらに動悸がする。ドクンドクンと心臓が騒ぎ立てるのだ。ここまで平静を保ってきたが、限界だった。頬が熱い。瞬きをする度に、昨夜の自分の状態と森永の顔が過る。

「っ」

 今後、どのような顔をして会えばいいか分からない。
 そう思い悩む程度に、亘理は身持ちが硬かった。



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