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【四十八】記憶の封印



 こうして七月末が訪れた。

 ぼんやりとテレビを見ていた山縣は、十八歳の誕生日を迎えたその日、占いが最下位だったのを見て、思わず噴き出した。それから、笑ったままで泣いた。

「誕生日、祝ってくれるんじゃなかったのかよ」

 もうこの家に、朝倉はいない。猫も、いない。山縣は、一人きりだ。
 喪失の恐怖は、次第に孤独感へと変わりつつあった。

 朝倉が生きていてくれるだけでいいのは間違いなく本心だ。けれど、現状が辛くて、山縣は一人何度も泣いた。しかし慰めてる者は、誰もいなかった。

 そんなある日だった。
 この日もいつものように山縣が花束をもって見舞いに行くと、天草に呼び止められた。

「あのね、山縣くん。僕は提案したい事があるんだ。一つの賭けではあるんだけど」

 それを聞いて、山縣は立ち止まる。

「過去、こういった症例への対応として、一番効果を上げている手法なんだけど」
「どんな?」
「特殊催眠療法というんだけど――要するに、自我を失う原因となった、辛い記憶自体を封印して、無かった事にするという手法なんだ。いわゆる、記憶喪失を、人為的に誘発する手法だよ」
「記憶喪失……」
「これには、起点と終点がいる。そして朝倉くんの場合、事件で最後に目にした相手は救出した山縣くんだよね? だから、起点も君にして、山縣くんとの出会いから、最後に山縣くんを見た瞬間までの記憶を封印したならば、あるいは自我が戻るかもしれない」

 山縣が目を丸くする。

「ただしそれを行えば、朝倉くんの中から、山縣くんの記憶は消える。もっとも、封印しているだけだから、精神的に受け入れられるようになったら、少しずつ記憶は自然と戻るけどね」
「俺の事を忘れれば、朝倉は元に戻るのか……?」
「その可能性があるという話だよ。必ず成功するわけではない。ただ、朝倉くんのご両親は、山縣くんの同意が得られるならば、この治療をしてほしいとご希望されているよ」
「……っ」
「君としては、どう?」

 山縣は俯き、息をつめた。それから決意をした顔で、上を向く。

「俺の事を忘れたとしても、朝倉が元に戻るなら、それがいい」
「――そう」

 こうして、朝倉の記憶は、封印される事となった。

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