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第3章の第60話 X7 バイクマンの手術



【――そして、いよいよ手術が始まるの……――】

「シュー……シュー……」
既に、手術台には患者さんが乗せられている。
その口元には酸素マスクが掛けられていて、
両手両足には、カテーテルの器具が取り付けられていた。
「……」
そして、そのカテーテル通して、麻酔科医のドクターライセン(僕)が、手術中、血液の状態と酸素飽和度を、こちらの意のままにコントロールするために、挿入と投入を行う。
この患者さんには、既にオーバが局所麻酔しているので、
後は僕は、ドクタースプリング様の指示に従うように、『吸入麻酔』を行っていた。
「シュー―ッ……シュー―ッ……」
今、患者さんな眠っている状態で、かつ痛覚が麻痺している。
これから、メスを入れても、出血漏れを起こしても、痛覚が麻痺しているので、患者さんは痛みを感じないハズだ。
ハズだというのは、
投薬次第で、患者さんの意識が保ったまま、手術を執り行う事もできるからだ。
まぁ、そんな事ができる、酔狂な患者さんは、実に手に数えるほどだけど……。
「……」
僕は意識を切り替える。

――とここで、
「――……」
ドクタースプリングが、助手の位置に就き、患者さんの容態を見て、クレメンティーナさんにこう指示を飛ばす。
「患者さんを、右側臥位(みぎそくがい)にするんだ!」
「はい」
そうする事により、手術が行いやすくなる。
私は、そうクレメンティーナに、手術の仕方を伝えた。
あたしはその指示に従い、患者さんを右側臥位にした。
右側臥位とは、患者さんが横向きになる体(てい)のことよ。
このまま正中の場合、例え胸中切開しても、術野は狭く、カテーテル検査ぐらいしかできないから。
なぜならば、そうね……。
胸の肋骨、つまりあばら骨が邪魔して、手術なんて行えないのよ。
その為、一度患者さんを、右側臥位にする必要があったの。
これにより、手術が格段にし易くなったの。
「……右側臥位胸中切開します!」
あたしは手にシックルメスをもって、いざ、切ろうとしたら。
「クレメンティーナ……!」
「!」
彼から待ったがかかったの。
何かしら。
「それでは、胸ぐらいしか見えない……。腹当たりの見れる、『全開胸手術』が強く望ましい……!」
「――!」
全開胸手術……そうか。
あたしはドクタースプリングの意図を読み取ったの、その指示に従う。
「イエス、『全開胸手術』します!」
「……」
――表皮の切開。
それは、私の見ている前で行われた。
あたしは、右側臥位になっている患者さんの横面の皮膚を、波打つような波紋を利かせ、シックルメスで切れ込みを入れる。
人の皮膚の作りは、表皮、真皮、皮下組織、筋肉、骨となっている。
ただし、これは腕などの皮膚の場合で、臓器に及ぶところは、表皮、真皮、皮下組織、筋肉、臓器となっているのよ。
血が滲み出る範囲は、表皮から筋肉までで。
血の事を、術中では、虚血という医師もいる。
筋膜というのは、割と深いところにあり、皮下組織の事を指すの。
あたしは手に持ったシックルメスで、患者さんの皮膚に当てがって、波打つ波紋のように利かせて引くと――

【――それが最初の執刀だったの……】
【ウソ……でしょ……】
【おっお前……お前……ッ、なんで助手で終わらなかったァアアアアア!!!?】
【……ッ、ちょっとした魔が差したの……ッ!! 今では、凄く後悔してる……ッ】
【……ッ】
【バカ野郎……ッ】
【……】

――ジワァ
と血が滲み出てきた。
初めて、人の皮膚を切った感想としては、まるでビニールシートみたいなものだった……。
だけど、初めてということもあり、1発で表皮を切れなかったわ……。
だから、2回、3回と繰り返して、皮膚を切り、
――真皮に達したの。
「……」
だけど、それを見ていたドクタースプリングは首をひねり。
(切りの入りが悪い……。まだまだだな……)
と評価を決める。
それは初めてということもあり、クレメンティーナの評価としては低い……。まぁ、こんなものだろう。
(このメス……思ったより、切れやすい……!! 豚足の結紮吻合で使う、あたしの練習用で使ってるメスより、断然いいかも……!)
あたしは、心の中で感心の声を上げた。
このシックルメスの切れ味は、あたしは思っていた予想以上のものだ。
その時、ドクタースプリングからの指示が飛ぶ。
「真皮だ……このまま横に切るんだぞ……!」
「はい……」
緊張の一時だ……。
あたしから見ても、ドクタースプリングの指示は、とてもわかりやすい。
「………………」
あたしはこのまま、なぞらえるように切開していき、
シックルメスで波打ち切れ込んでいくと……虚血が滲みだしてきたの。
――真皮の切開。
すると、滲み出してきた虚血が、術部を見え辛くさせる。
「……!」
するとここで、気を利かしてくれたドクタースプリングが、横から合いの手を伸ばしてきて、血液吸引機で吸い上げていくの。
そのおかげで術部が見え易くなったわ。
「いい調子だ、そのまま切開するんだ!」
「はい!」
頼もしい。
「左手のガーゼで、自分がやり易いよう、術部の確保も忘れるなよ!」
「……わかってます!」
あたしは彼のサポートもあって、先に進む。
あたしは、利き手に持ったシックルメスで、真皮を切り開き、
――皮下組織に達するの。
もちろん、左手に持ったガーゼで、滲み出た虚血を拭い取り、術部の確保も忘れない。
スプリング様も大したものだ。
血液吸引機で吸い取りながら、鉗子で広げて、あたしのメスをやり易いようにしてくれる。
すると……。
「あっ……」
大胆な事に、術部に親指を入れてきた。
「………………」
あたしの時が止まる。
「手術では、指を使う」
「えっ……」
「今、この下では大事な血管が走っている……! メスや鉗子などで傷つけないために、こうして指を用いるんだ……!」
「……」
あたし達は顔を見合わせる。
彼はこう問いかけてくる。
「癒着したものを剥離するときにも、大胆に指を使った方が、術後の経過から見ても、安全なんだ!」
「……」
「今、この指の下は、脈に触れている……!!」
顔を下げるドクタースプリング。
そして、この時、あたしの方に顔を振り向き、お互いの顔を見合う。
「……」
「……」
あたし達は、以心伝心を行う。
(何よりの実践だ、勉強になるだろ? クレメンティーナ……いや、クリスティ!)
(ホントねスプリング……あたしを導いてくれる……。この医師の道に……!)
心が通じ合う。
「……お願いします!」
「ああ。……ここから位置を少し変えて、思い切りメスで術部を広げるんだ!」
「……はい!」
(導いてくれる……!!)
「急げ、時間はないぞ!」
「わかってます!」
(正しい医の道へ――!!)
あたしは、スプリング様の指示もあり、脈が触れている位置は避け、新たに術部の確保のために、思い切りメスで切り開く。
滲みだす虚血を、ドクタースプリングが血液吸引機で吸い取りつつ、鉗子を使って、術部を見え易くしてくれる。
この時、ドクタースプリングは、クレメンティーナの左手を見た。
「……」
「――!」
彼のご教授が飛ぶ。
「クレメンティーナ!」
「はい」
「やり方を教えてやる」
「!」
「私たち現場の医師は、メスを入れる度に、左手にガーゼを持ちつつ、その指で脈に触れるんだ!」
「――!」
それは大きなヒントだった。
手術の基本にして原則。
より早く、外科医の道の階段を駆け上がるために。
「……」
「……」
向き合うあたし達。
「患者さん、1人1人によって、体の中に流れて入る血管の位置が微妙に違う」
「……」
手術中、あたしの手が止まる。
「左手で、ガーゼを持ちつつ、神経を研ぎ澄まして、体の中にある血管の脈を感じ取るんだ!」
「……」
「繊細なお前の手技なら、いずれはモノになる……!」
コクン
「……はい……!」
とあたしは強く頷き得たの。
それは大きなヒントだったわ。あたしは、ドクタースプリングの期待に、信頼に答える。
「メスで切り開く時、そんなに急ぐな!」
「……」
「切開は、滑らせるように切るんだ!」
「滑らせるように……!?」
「ああ、切るという意識ではなく……。滑らせて、切り開く・切り裂くようなイメージだ」
「……」
「それは切りの極意……!!」
「切りの……極意……!!」
スプリング様は、実践を通してあたしに教えてくれる。
実際に、人の皮膚を切っているからこそ、言える切り方だ。
「表皮から下は、真皮があり、その下には動脈より細い静脈がある……!」
「……」
「お前も体構造を覚えているが、今はまだまだだ」
「……はい」
そこはしょうがない。
だから、
「下手に急ぐな。ゆっくりでいい、丁重にやりつつ、急ぐんだ!」
「……はい……」
ホント勉強になるわ……。
注文としては難しいけど……。
だけど、彼は、実地で注意してくれる。
だが、これには麻酔科医のドクターライセンも驚き得ていた。
(エエエエエッ!?)
そこまで教えるの~~ッ。

【――フフッ、でもね】
【!?】
【彼ったら、術中でもあたしを育てていたの……】
【……】
【そう、実際、大したものよね――】

――皮下組織(筋膜)の切開に入る。
「フゥ……」
「どうだ……意外と人の皮膚は厚いものだろ?」
「はい……」
思った以上だ。
「人を刺すとき、ナイフとかでは大したものではないが……。こうして手術の場に立ち会った時、大事な血管を避けつつ、手術を進めなければならないから、慎重にならざるを得ない……」
「……」
「だから人の皮膚は厚く感じ、手術時間も長く感じるものだ」
「……なるほど……だから体感時間がこんなに……」
「ああ……! さあ、続けるぞ!」
「はい!」
ここからは医療機器の交換だ。
あたしは、先ずシックスメスを、シルバートレイトレイの上に置き、その手をフリーにさせる。

『イオンプラズマ パルフォロン マンチスツー モノポーラ』

電気メスには、大きく分けて2種類ある。
その名を、モノポーラとバイポーラといい。
主にモノポーラは組織の切開・剥離に、バイポーラは止血・凝固に利用されている。
モノポーラは、
組織の切開を目的に利用されている。
メスの先から反対側に置かれた対極板まで、生体に電流を流して切開する方法が挙げられる。
この時、電流は体内に流れても、メスの先だけが熱を持つというもので、焼いて固めることができる。
これにより、出血が少なくて済みのだ。
そして、未来進化系のマンチスツー モノポーラは、
その名前の由来は、カマキリの腕刃からきていて、その鋭利な刃先で、対称を切り裂きつつ、剥離を進め、適度に焼いて、虚血を少なくすることができる。
なお、救急医療で、取り急ぎ術部を切り開いていくのを、目的としているため、
止血・凝固するのには適さない。
第一助手、第二助手の方で、適時、止血・凝固ができる電気メスが求められる場合もある。
別名、タイムアタックの電気メス。
――私は、機器出しの要領で、空いたクレメンティーナの手に、電気メス『イオンプラズマ パルフォロン マンチスツー モノポーラ』を手渡した。
実際のところ、医療の現場では、メスを使うのは最初だけで、その全体の1%にしか過ぎないの。
最もよく使うのは、そう、この電気メスなのよ。
切開・止血・凝固が同時に行えるからね。
――ただし、基本原則では、超音波メスを用いるのが正しい選択肢。
なぜなら、そう、超音波メスを使う事により、より安全に、止血しながら、剥離を進める事ができるから。
つまりそれは、大事な血管を避けながら、手術をより安全に進められることと同義なの。
そう、より組織にダメージを与えるのが少なくて済むからよ。
なにより、剥離・止血・凝固が行えるんだから。
……だけどね。
それは、一般の患者さんの場合に限られる……。
今回の場合は、外傷性の事故により出血がとにかく酷いのよ……。
だから、超音波メスよりも、電気メスの方が、救急医療の現場において、もっとも正しい選択肢といえる。
メスの種類は、大別して5種類あり、
普通のメス、機械式のメス、電気メス、超音波メス、そしてレーザーメスの計5種類に大別されるの。

「……」
「……」
私は、クレメンティーナの手術を見守る。
電気メスとは、
その名の通り電気を使って、メスのように組織を切ることができる医療機器だ。
電気を流したときに発生する熱を利用する事で、止血しながら切っていくことができる為、金属のメスに比べて出血が少なくて済み、
未来(現代)の医療の現場においても、外科手術において必要不可欠な医療機器として推奨されている。
「………………」

【――手術中のあたしは緊張していたわ……。それはもうヒドク……】
【無理もないわ、だってひったくり犯が目の前にいたんでしょ?】
【……うん……】
【よくお前は、そんな状態で、手術なんて踏み切れるもんだなァ……!?】
【……】
【大丈夫……クリスティさん……?】
【うん……ありがとスバル君……】
【……】
【当時のあたしは、平常心を取り戻そうと、呼吸を意識していたの……息苦しさを覚えているわ】
【その時、他ならないスプリング様からの助言(アドバイス)がかかるの……――】

「――!」
「フゥ……」
「……クレメン……ティーナ……?」
「フゥ……フゥ……」
「クレメンティーナ!?」
「……フゥ……」
「クレメンティーナ!! オイッ!!」
「ハッ!」
術部に意識が集中していて、患者さんの皮下組織の一部が炭化していた。
(しまった、やり過ぎた……ッ!?)
原因は、電気メスを必要以上に当てがっていた事だ……。うっすらと白煙も上がっている。
「あっ……」
「やり過ぎだ……」
これには彼も落胆してしまう……。
「肩に力が入り過ぎだ……」
「ご、ごめんなさい……」
「あまりやり過ぎると……麻酔から覚めた時、痛みが少ないんだぞ!?」
「うっ……」
「ドクターライセン! この場合、どうなると思う!?」
「簡単ですね! 傷の治りが悪くなります。それは皮下組織の回復に時間がかかり、患者さんの免疫力低下により、風邪やウィルスなどの抵抗力が弱まる原因になります」
「……そーゆう事だ。あまり、当て過ぎるな……適度に焼きつつ、出血を抑え、なるべくなら炭化前で引き揚げて、他を止血した方がいい」
コクリ
「……」
とあたしは頷き得る。
「止血と凝固だ! それが電メスのコツだ!」
「うん!」
平常心を取り戻したあたしは、横に付いているドクタースプリングの協力もあって、心強く、手術が続けられる。
(心強い……!! なんて……!!)
あたしは頼もしさすら覚える。
さすがは病院長様だわ。
あたしは、利き手に持った電メスで皮下組織を焼きつつ、左手に持ったガーゼで虚血を拭い取る。
術中、合いの手が入り、血液吸引機が滲み出てきた虚血を吸い上げつつ、鉗子も伸びてきて、術部の確保をしてくれる。
まるで手が4本あるみたいだ。
――と術中、適度に麻酔の状態、生命兆候(バイタルサイン)などを取っていたドクターライセンの声が上がる。
それは感心の声だったの。
「……にしても凄いですね」
「……?」
「……」
その声にあたしの意識が、スプリング様の意識が傾く。
その度合いの違いについては、長らく手術経験のあるスプリング様は、さすがね。
「フツーは、まだ人を切るのに慣れてないのに……。……失礼ですがクレメンティーナさんは、生の血は大丈夫なんですか?」
「……」
「……」
あたしはこのまま、意識を術部に傾けつつ、聞き耳を立てる。
応対に当たるのは、ドクタースプリングだ。
「ハァ……。クレメンティーナは私が見た時、動物を切っていたぞ」
「えっ……!?」
「フッ」
あぁ、あの話か。
あたしは過去の事なので、今は語らない。
「動物を……!?」
「ああ……生きたままな! 当時からクレメンティーナは、医学志望だったんだ!」
(ウソ~ン……)
「フゥ……」
あたしはマスク中呼気を吐き、ドクターライセンにこう告げる。
「……動物の血も、人の血も、そうは違いはありませんよ」
「!」
「表皮や真皮の分は、血は黒っぽいですが……。皮下組織を切れば、そこには脂肪質みたいなものも見えて、色鮮やかなピンク色の世界が広がっていたんですよ」
「えっ……すでに経験がある……!?」
僕もこれには驚き得る。……まだ、学生さんなのにスゴイッ。
「だからこいつは、血は大丈夫な方だ! 脈打つ臓器を見ても……大丈夫な方だ……!」
「……」
「鮮血色の脈打つ臓器も、見たことがありますよ……現ナマで」
「……ッ」
これにはドクターライセン(僕)も、置いてけぼりを喰らう。……面を喰らってしまう。
なんて人なんだ、クレメンティーナさんは……ッ。
僕よりも年下のはずなのにッッッ大した度胸だッ。……彼女は、グロとか大丈夫な部類だった。
「……」
――あたしは、皮下組織を切り開き、臓器の領域に達した。……その時だったの。


★彡
――シパァ
と紅き鮮血が勢いよく噴き出したの。……これにはあたしも……ッ。
「キャッ!」
「!?」
「ッ!? ……こっ……これは……ッ!?」
執刀医クレメンティーナが驚き、
麻酔科医の位置に就いているライセン(僕)も、彼女に悲鳴には驚いた。
そして、その原因を特定する為、助手に就いているドクタースプリングが身を乗り出し、切開した箇所から術野を覗き込むと……。
「………………肝臓が破裂してる……!!」
ドンッ
位置的に見て、肝臓が怪しかった……。
肝臓は、胸にある心臓と肺の下の方にあり、どちらかと言えば腹部切開に当たるが……。
なるほど、胸中切開ではなく、右側臥位にして、全開胸手術したことが大きな要因である。
「……」
「……」
黙って、術野を診るクレメンティーナに。
私はその間、頭を働かせていた。
(なるほど、血液が溜まって圧迫していれば、メスで切った時、その膨張分噴き出すな……!!)
それが私の仮説である。
例えそれは、メスでも電気メスでも、多少の違いこそあれど、噴き出す勢いは、電メスを使っていれば、軽減できる。
今回は、電メスを使っていて、正解だった。
チラッ
と私の対面にいるクレメンティーナを見て。
「そんな……あんな隠れた位置に……、骨が折れて……、肝臓に突き刺さってるだなんて……!!」
「……」
私はこう考える。
(初めての難手術だ……! これは、クレメンティーナには最初から元から無理があるな……)
うん
と私は頷き得、クレメンティーナに手を差し伸べることにした。
私は、ワザとらしく。
「……マズいな、肝臓は、大事な血管が集中している……!!」
「……」
助手であるスプリング(私)は、一度ここで、クレメンティーナに不安を与える。
それは、彼女の気概を削ぐために、必要なことだ。
「………………」
「………………」
効いたかな?
私は嘆息し、一度ここで、鉗子を置く。
「………………」
「………………」
静寂の間。
医療機器の、ピッ……ピッ……と電子音が妙に甲高く手術室に響く。
不安になったドクターライセンが。
「………………どうしますか? スプリング様!?」
「………………」
僕は、そう問いかけた。
(どちらにしろ、この患者さんは死ぬ、予定ではそうなっている。
……あなたもご存じのはずだ!?)
僕は心にそう思いつつ、あなたを見た。
「……」
「……」
そのクレメンティーナさんの自尊心をへし折り、僕達側に引き込むためにも、今回の計画を立てた。
あなたはどうしますか?
それに対し、私の英断は――
「――中止だ!」
「えっ!?」
「……」
これには僕も驚き得、
あたしだって顔を上げ、彼を驚き見たわ。
中止っていったいどーゆう事よ、患者さんを見捨てるの、ダーリン。
「……」
次の瞬間、彼は顔を上げ、こう言い放った。それはとんでもない術式だった――

「――『メディケアパッキング法』を用いる!!」

「「『メディケアパッキング法』!?」」
メディケアパッキング法。
それは、現行のガーゼパッキング法に代わる、新しいメディケアパッキング法というものをいうの。
まず、現行のガーゼパッキング法は。
肝臓に穴が開いている場合、長時間の難手術に耐えられるはずもなく、その傷口の周りを、ガーゼ等で止血・凝固し、再手術の準備をしなければならない。
これには、患者さんの体力が戻る必要があり、
また、ガーゼを取り除くために、再手術の必要があるからだ。
その為、患者さんに事情を説明し、いつ、踏み出すかが生死を分けるポイントである。
次に、メディケアパッキング法。
その大きな違いは、基本的に再手術の必要はなく、そのメディケアを取り除く必要がない事が挙げられる。
メディケアは人の組織の素から創られていて、拒絶反応はなく、ゆっくりと時間をかけて、組織に吸収されながら、新しい組織の素となる革新的な医薬品なのだ。
まぁ、一部例外もあり、再手術の必要性も否めないが……。

【――メディケアパッキング法……!?】
【ええ、200年ぐらい前に、実際にあった症例の1つで、『ガーゼパッキング法』の後天的なものに当たるの……!】
【その最大の違いは、再手術の必要がなく、そのメディケアを取り除く必要がない事が挙げられるわね!】
【それはなぜかと問われれば……】
【それは、組織の一部に吸収されて、新しい組織の素となるからよ】
【へぇ~……そんなものがあるんだぁ……】
【うん、でもね……症例によっては、再手術の必要も否めないのよ】
【今回はそれに当たる……】
【……】
【だからそこを決めるのが、医師の腕と勘の見せ所ね!】
【なるほど……】
【勉強になるわね……】
【でも、その当時、患者さんは、肝臓も破裂していて、肝臓は多くの血管が通っている為、どうしても長時間の難手術になってしまう……ッ】
【えっ……】
【じゃあ、メディケアパッキングは……?!】
【……残念ながら、中ほどだったわね……】
【ガクッ……】
【……続けて】
【ええ……出血が多過ぎて、今の患者さんには、手術に耐えられるだけの体力がないとわかったの……】
【だから、メディケアで傷口の周りを固め、止血をはかりながら、患者さんの体力回復を待って、2回目の手術を踏み切ることにしたのよ】
【……】
【まぁそこは、さすがはスプリング様の英断だったんだけどね……――】

「――なるほど、メディケアパッキング……!!」
「だが、人工心肺を仮に稼働しても、心臓と肺までやられている為、こちらの方は、執刀医クレメンティーナ、君に任せる!」
「……はいっ!」
あたしは、手術に踏み切る。
ここまでくれば、後は血管吻合と電メスで止血・凝固を適時行うだけ。

【――手術は予定通り、再開したわ】
【あのまま放置しても、確実に死ぬとわかっていたからね……】
【………………】

スプリング様は第一に、そのメディケアパッキング法を用いて、ガーゼを張る要領で肝臓に張り付けていく。
「メディケアをしても、明日、患者さんの体力回復を待ち次第、再手術を行う」
「……はい」
スプリングはそう説明を行い、
あたしは電メスを使いながら、その言葉に頷き得る。
それを見て僕は、
(……何だ……助けるのかよ……?)
と疑問を抱いたほどだ。でもその心中では。
(……だが、これでいいのかもしれない……。作戦の概要は、予め僕たちは知っている……!
……この手術で患者さんを助け、計画通りにあれが動く……! 
……クレメンティーナさんはその時、再び、僕たちに恩義を感じるはず……!
……手筈通りだ……!
うん、計画通りだ!)
コクリ
そう心の中で思った僕は、勝手に頷き得る。


★彡
――メディケアパッキング法が進む。
ドクタースプリングは、肝臓にメディケアを貼り付け終え、万が一にも外れないように、とある医療機器を持ち出す。
あたしはそれを見て驚く。
「!」

「これは『メディケア用自動結紮器スリップノット』だ!」

自動結紮器スリップノットは便利な機械式だ。
手技が標準化できるのが大きなメリット。
この医療機器を患部に押し当てて、引き金を引くと……カチャンと音が鳴り、5重結紮が完了しているという優れモノだ。
しかも、レベルゲージがついていて、張力の調整ができる優れモノなのだ。
「専用の機械……あったんだ……」
「あぁ……。
大動脈や大静脈、動脈や静脈に寄り添った、専用の機械式もあるが……。
そんなものを安易に使い続ければ、いつか人の手技は、目に見えて衰えてしまう……」
(あたしはそっちの方が楽なんだけどなぁ……)
それが後世に生きる私たち(あたし達)の課題だ(課題なの)。
「本校の方針で、また病院の運営もあって、その医療機器は、安易に使わない事に取り決めている!」
「……」
(……そう言えばあったわね……)
とあたしは知れず、チラッと講師であるドクターライセンの方を見て。
コクリ
「……」
とドクターライセン(僕)は頷き得る。
確かに、あなた達には伝えているよ。
もちろん、講義でその医療機器があるという事だけは伝えている。
その時、ドクタースプリングが、こう語りかけてきた。
「クレメンティーナ」
「!」
「基本中の基本だが、メディケアパッキング法は、5重結紮なんだ……」
「……ああ」
あたしはそれとなく呟く。
もちろんスプリング様なら、機械式を用いずとも、手技で5重結紮ぐらいできて当たり前だろう。
でも、それを行わないのは、メディケアパッキング法に対応した専用の医療機器を用いた方が、効率的に考えて速く、安全だからである。
今回は何よりも、スピードが求められるから。
「基本中の基本だ! 一般的な結紮は5重結紮……! 心臓みたいに拍動する臓器では7重結紮と定められている」
「……」
「それにこの縫い方なら、圧迫する臓器相手でも解ける心配はない。後で簡単に抜糸もできる!」
「……」
これにはあたしも頭が下がる思いだ。
付け入るスキがない。
安全性、スピード、抜糸まで織り込み済み。
その上、手術中で講義まで行うのだから、もう頭が下がるばかりだ。
ここは、医大か……ああ、医大だったわね……。
ドクタースプリングから説明が行われる。
「ほんの短い間だが、このメディケアから成分が溶けだして、臓器の修復作用が行われる……」
「……」
「……」
「自家臓器再生の大元ができるんだ。患者さんの体力回復もまた速い……!」
「……」
「……」
あたしは、(なるほどねぇ……)、と思いつつ、感心し。
僕は、そんな会話を聞きながら、モニター画面を見ていた。


★彡
――そして、メディケアパッキング法が終了した。
「――これで、肝臓の心配はないはずだ……!」
肝臓からの出血はなく、これで残すは心臓と肺だけになる。
もちろん血管などもこれに含まれるが……。
それはおいおい、クレメンティーナにやらせるとしよう。うん、と頷き得る。
「……」
あたしはその様子を見ていたわ。
「……」
で、私は、『メディケア用自動結紮器スリップノット』をシルバートレイの上に置き、
鉗子と血液吸引機に持ち替える。
まず、血液吸引機で、素早く術野に広がっている血液から吸い上げる。
「……」
「……」
あたしはその様子を見ていたわ。
あたしの手にあるのは、電メスとガーゼだから、こうした術野の広がりは仕方がなかった……。
赤き鮮血が……。
彼の手にかかって、見る見るうちに吸い上げられて、術野を見え易いように確保してくれる。
チラッ
「……」
とあたしは、執刀医側にも血液吸引機を見る。
ええ、もちろん、こうした場合に備え、執刀医側にも血液吸引機はもちろんあるのよ。
でもね……。
あたしがまだまだ経験不足というもので、いつ吸おうかいつ吸おうか、迷いがあったの……。
正直に言うとね……。
とてもとても、あたし1人じゃ無理があったわ……。
それに対し、ドクタースプリングは。
「……血液吸引機は、こちら側に『も』あるからな……!」
「!」
あたしの考えていることを、当ててしまう。
そしてその言葉は、あたしを安心させるものだったのよ。
「今、助手に就いているのは私だ」
「……」
私は顔を上げ、クレメンティーナに、こう語りかける。
「君は執刀医として、患者さんを救いたいと動きなさい……!」
「……」
この言葉にあたしは、
「……はい」
と言い、微笑みを浮かべるの。
「……」
迷っていた胸中(心)が、1つに定まる。
「……」
ドクタースプリング(私)は、ただ医師としてあるべきことを行う。それは指導者としてもだ。
それに対し、あたしは。
(患者さんを救う……。甘いけど……医師としてそんな感情を持ちゃいけない!)
あたしはそう心に決める。
ドクタースプリングはこう語りける。
「私たち医師は、甘いぐらいがちょうどいいのさ」
「!」

【――そうそれが、彼が、医師の在り方ついて語ったものだった】
「……」
「……」
【その言葉を胸に、あたしは誠実に取り組み】
「……」
【この手で、目の前の患者さんを救おうとしていたわ……】

「……」
だけどドクターライセン(僕)は、やるせなせを思い浮かべながら、悔しさ交じりで、麻酔科医として、動いていたんだ。

――手術は進む。
電子機器音がピッピッピッと命の鼓動を刻みながら……。


TO BE CONTINUD……

しおり