バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第二十九話 孤児院

--少し時間を戻した商店街

 ケニーとルナは、商店街に入る。

 商店街には多くの人が集まり、肉屋、パン屋など日常生活に必要な商店の他、世界各地から来たであろう商人たちにより、果物や毛皮や織物、宝石などの取引が行われていた。

 ルナは、上機嫌でケニーに微笑み、話し掛ける。

「へへーん。また、ケニーたんと二人きりでデートだね」

「そうだね」

 ケニーは照れながら、ルナに答える。

 二人は、各地から商人たちが持ち寄った珍しい品物を眺めたり、港街の商店街を散策していた。

 突然、二人の耳に女性の声で叫び声が聞こえる。

「泥棒!!」

 二人の前の商店街の通りに人だかりができる。

 どうやら泥棒は、すぐに捕まったようであった。

 ケニーとルナは、人だかりを分けて、輪の中に入る。

 店員らしき女性に、六歳くらいの小さな男の子が捕まっていた。

 女性が小さな子供に言い放つ。

「盗んだものを出しな!!」

 捕まった男の子は、液体の入った小瓶を女性に差し出す。

「・・・痛み止めのポーション? こんな物を盗んで!!」

 店員らしき女性は、小さな男の子を叱りつける。

 小さな男の子は、両手を握ったまま、俯いていた。

 ケニーが店員らしき女性に話し掛ける。

「そのポーションはおいくらですか?」

「銀貨一枚だよ。全く困ったもんだ」

 ケニーは、財布から銀貨一枚を取り出すと、店員らしき女性に渡す。

「代金は、僕が支払いますよ。これで問題無いでしょう?」

「金を払ってくれるなら、それで良いよ」

 店員らしき女性は、ケニーから代金を受け取ると、店に帰って行った。

 ルナは、しゃがんで小さな男の子の目線に自分の目線の高さを合わせ、話し掛ける。

「お金を払わないで、お店から物を盗んじゃダメよ。・・・どうしてお薬なんか盗んだの?」

 小さな男の子は、苦しそうに話す。

「先生が・・・病気なんだ。だから、薬が欲しかったんだ」

「そっか」

 ルナは、笑顔を見せて、小さな男の子の頭を撫でる。

 ケニーが、小さな男の子に話し掛ける。

「その先生は、どこに居るの?」

「こっち」

 小さな男の子は、ルナの手を引きながら、二人を道案内する。





 小さな男の子が二人を案内した先は、商店街の外れにある『孤児院』であった。

 小さな男の子の案内で二人は孤児院に入る。

 建物の中に入った三人を、線の細い中年女性が出迎える。

 小さな男の子は、女性にケニーが買った薬を渡す。

「ケビン、どうしたの? このお薬。それに、この人達は??」 

 小さな男の子、ケビンが答える。

「この人達が、お薬を買ってくれたんだ」

 ケニーは、女性に商店街での出来事を話す。

「そうだったのですか。私は、この孤児院を経営するジェシカと申します。あなた方には、なんとお礼をしたら良いか。ありがとうございます」

 ジェシカは、二人に深々と頭を下げる。

 しかし、直ぐにジェシカは、咳き込んで(うずくま)る。

「ゴホッ、ゴホッ」 

「先生!!」

 ケビンがジェシカに駆け寄り、その背中を擦る。

「大丈夫よ」
 
 そう言うと、ジェシカはケビンの頭を撫でて、立ち上がる。

「大したおもてなしはできませんが、お茶でもどうぞ」

 ジェシカは二人を孤児院の食堂へと案内する。





 孤児院の食堂には、十二歳から十四歳くらいの少年少女達が八人ほど居て、より年少の子供たちの面倒を見ていた。

 食堂の一角でジェシカとケニー、ルナは向かい合って座る。

 黒目黒髪の十四歳くらいのショートカットの女の子が、三人に冷たいお茶を持ってくる。

 ジェシカは、女の子にお礼を言う。

「ありがとう。マギー」

 マギーは、三人に微笑んで挨拶すると、仲間の元へ戻っていった。

「よしなよ! マギー!! 他所の人に、おべっか使うの!」

 仲間の元へ戻ったマギーは、赤毛のリーダー格の女の子から注意されていた。

「ミランダ、そんなのじゃない。院長先生にお薬を買ってくれて、ケビンがお世話になったの」

 マギーの言葉に、リーダー格の女の子ミランダは、ケニー達の方を見ると、マギーの手を引いて、食堂の奥へと連れて行った。

 ジェシカが二人に謝る。

「気を悪くなさらないで下さい。難しい年頃なの」

 ジェシカの言葉に、ケニーとルナは苦笑いする。
 
 ジェシカは、この孤児院が寄付で運営されている事や孤児達の事を二人に話した。

 戦争や麻薬、奴隷貿易や人身売買で親を無くした子供たちや、捨てられていた子供をこの孤児院で引き取って育てているという。

 ケニーとルナは、『偽の身分』で自己紹介する。

 ケニーは、ジェシカに話し掛ける。

「あの、お節介だとは思いますが、貴女は医者に診て貰った方が良いのでは?」

 ジェシカは答える。

「私が医者に診て貰えるだけのお金があるなら、そのお金で子供たちの食べ物を買うわ」

 ジェシカの答えにケニーは俯いて押し黙る。




 貧困。

 子供たちの食べ物にさえ事欠く孤児院に、高額な医療費が払えるはずもなかった。

 ケニーは、何も言えなかった。





 ルナが口を開く。

「ケニーたん。ケニーたんの『お友達』に相談してみたら?」

 ケニーが訝しんで、ルナに聞き返す。

「『お友達』って?」

 ルナは、ケニーの耳元に顔を近づけると、小声で囁く。

「・・・ラインハルトさんなら、何とかしてくれるでしょ?」

 ケニーは、ハッと気がつく。

 ラインハルトは、ケニーが所属した『ユニコーン小隊』の隊長であり、現在は、世界最強の軍事力を誇るヴァレンシュテット帝国の皇帝である。

 彼は、帝都から東西南北に伸びる交易公路に沿った『帝国横断鉄道』や『帝国縦貫鉄道』を建設している『世界一の大富豪』でもあった。

 この孤児院一つの運営費用や、ジェシカの医療費など、簡単に都合してくれるだろう。

 ケニーは、ジェシカに力説する。

「僕の友人に頼んでみます! 孤児院の運営費も貴女の医療費も、お金の心配はしなくて良いです! それなら大丈夫ですよね?」

 ジェシカが寂しげに答える。

「そこまでして頂いたとしても、私達には、何も返せるものが・・・。その気持ちだけで嬉しいわ」

 ケニーは、熱く語る。

「貴女方は、彼に感謝と笑顔で返せば良いのです! 彼は、そういう男です! 任せて下さい!!」

 ジェシカは、一瞬、少し困った表情をしたが、直ぐに笑顔を見せる。

「ありがとう。それじゃ、よろしくお願いするわ」

 ケニーは、席を立ち、口を開く。

「ジェシカさん、待っていて下さい! 行こう、ルナちゃん! では、失礼します!!」

 ケニーとルナは、ジェシカと子供たちに見送られながら孤児院を後にすると、足早に宿屋へと向かった。

しおり