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何かを告げる声

 すっかり魔窟となってしまっている、都内某所のおんぼろアパート。全部で六部屋あるこのアパートは、今のところ俺しか住んでいない。
 住人は俺だけなのだが、厄介なのが三匹ほどいる。
 
 え? ペットはいいのかって?
 
 もちろんペット禁止です。俺も好き好んでそんな危険な橋を渡ったわけじゃない。全部不幸な事故だったんだ。

「呑気なもんだよなぁ……」

 目の前の奴らを見て、俺はため息を漏らす。
 まな板の上で眠るドラゴン、両手両足が生えてて、そこらじゅうを走り回るサバ、猫くらいの大きさの黒と白のぶち模様の牛。
 信じてもらえないと思うが、そんな奴らが俺の目の前に確かに存在している。何度、これは夢に違いないと自分に言い聞かせたか……。
 まぁ、結局のところ何度目を覚ましても、こいつらは存在し続けてるわけだが。

「しかし、本当に現れんのかなぁ……」

 そういって玄関のドアに目を向ける。
 最初のドラゴンが現れたときから、このふざけた状況を何とかするために、俺もふざけた方法を取った。それは玄関に『ドラゴンを倒せる勇者募集』と言う張り紙を出した事だ。マイナスとマイナスをかけたら、プラスになる……はずなんだけど……。

「数学だけかぁ……」

 まぁ、分っていたが、誰一人としてドアをたたく者はいない。セールスも、新聞の勧誘も来なくなったのは唯一の救いかも知れないが、おかげで友人を呼ぶこともできないし、宅配便が来た時なんかすごい目で見られるし……結局、失ったものの方が多いかもしれない。

「しゃーない、買い物でも行くか」

 あまり気が進まないが、現在冷蔵庫には飲み物しか入っていない。それ以外のものは、さんまのかば焼きの缶詰が一個。このままだと、俺が飢え死にしかねない状況だった。死後にこいつらが残されると思うと、まだ倒れるわけにはいかないと言う謎の責任感が湧いてくる。
 テーブルの上にあった財布と携帯をひっつかみ、サンダルを履きながらドアを開ける。外は今日もいい天気で、差し込んできた日差しに思わず目を細める。

「あ、ここの部屋の方ですか?」
「は?」

 外に出た瞬間に、何やら爽やかスマイルのお兄さんに声をかけられる。

「お届け物です」
「あ、はいはい」

 日差しにも負けない位の輝く笑顔と、春風のような爽やかさを放出するお兄さんから、荷物を受け取ってサインをする。

「ありがとうございましたー」

 挨拶まで爽やかに、お兄さんは去っていった。
 というか、張り紙とか気にならなかったのか? まったく気にもせず、笑顔を崩さすに去っていったけど……。
 それよりも、同じ人間なのにどうしてあんなに爽やかなんだろうか……俺も、にこやかにしたら、この状況が変わったりするのかな?

「んなわけないか……」

 自分で言っててちょっと悲しくなるが、まぁ、仕方ない。きっと生まれ持ったものが違うんだ、そうに違いない。
 なんとなく虚しくなりながら、俺は受け取った荷物を部屋に運んだ。差出人は実家の母で、中身はどうやら鶏肉……らしい。

「鶏肉……」

 嫌な予感が俺の中に広がる。
 この部屋、なぜか変な生物が出現するおかしな空間になっている。バターを作ろうとしてドラゴンが現れ、捌き方を勉強してたらサバが走り出し、日向で寝ていた猫が牛になる……そんなふざけた場所だ。
 そして今、俺の目の前には箱に詰められた鶏肉がある。幸いにして、変な音もしてないし、変な動きも見せていない。と言うことは、まだこいつは鶏肉のままって事で、間違いないはずだ。

「とりあえず、中を確認するか」

 しっかりと貼り付けられたテープを、カッターを駆使して封を解放する。中からは、僅かな冷気と共に、真空パックされた鶏肉が姿を現す。

「うまそうだけど、これだけかよ……」

 クリスマスシーズン中、よく見かけた形をした鶏のモモ肉だった。
 一人で食うには、確かにこれくらいの大きさはちょうどいいんだけど、だからって一本だけってどうなんだよ、母ちゃん。
 まぁ、とりあえず今夜の食材ゲットって事で、冷凍庫に入れておいて料理の仕方でも調べるか。
 こうして、俺は鶏肉を冷凍庫に封印した。

 数時間後――

 夕方、今夜は見逃せない映画がテレビで放映されることを思い出した俺は、慌てて晩飯の準備に取り掛かった。
 実家から送ってきた鶏肉は、とりあえず塩焼きにしておけば食えるはず。食材を活かすのはシンプルな味付けって、さっき見たサイトにも書いてあったし。

「まさか、本当に使う時が来るとはなぁ」

 我が家のレンジには解凍機能がついている。いや、確かに最近では珍しい機能でもないんだけど、男の一人暮らしで使うと思わないじゃん?
 冷凍庫から取り出した鶏肉を皿に乗せ、レンジに放り込んで解凍モードのボタンを押す。詳しい時間とかわからないから、お任せでスタート。

 ブゥゥゥゥン……

 低いうなり声をあげて、レンジが動き出す。
 今のところ異常なし……これ、もしかしたらちゃんと料理までたどり着くパターンじゃないか?

「やっと……やっと、冷凍食品以外の物が食える……」

 思わず涙がこぼれそうになる。
 初めのドラゴンが現れてから、およそ一か月……諦めかけていた料理が、ついに完成する時が――

 ピー!!

 栄光を告げるレンジの音が響き、俺は喜びとともにその扉を解放する。

 ブワサッ!!

 レンジの中から七色に輝く翼が力強く羽ばたき、美しい鳥がその姿を現した。
 優雅に飛び回るその鳥の顔は、何やら非常に神々しいものを湛えていた。そして、なぜかサバが膝まづいて祈りを捧げるように頭を下げている。
 てか、コイツが来ると本当に生臭い……。

「俺の晩飯……」

 涙と共に膝から崩れ落ちた俺に、新たな同居人が頭の上に着地する。そして、ゆっくりと周囲を見回した後、天に向かって誇らしくその声を響かせた。

「ピーーーー!!」

 鶏声暁を告げると言うけど、俺の暁はいつ来るんだろうか……。

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