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「お目覚めかね?」

「はい。我々オリシャ・ンラ一族に伝わる伝承にこのような話があるのです。はるか昔、創造の神オリシャ・ンラがこの宇宙を創造したとき、その力の一部を悪魔たちが奪い去ったと言います。悪魔たちは創造の力を利用して時空を超越する術を手に入れたのだとか。その結果、宇宙のバランスが大きく崩れてしまいました。宇宙に穴があいてしまったのですね。宇宙の穴から大量の異物が溢れ出しました。それが我々人類です。人類が出現したせいで宇宙のバランスが崩れ、あらゆる因果が狂い始めたのでしょう。我々の住むこの世界は『宇宙の穴が開く前の世界の姿』に戻ろうとしています。その証拠に宇宙に空いた穴は徐々に小さくなり、やがて消えてしまうはずです。この空間そのものが消滅し始めているんです」
オリシャ・ンラは私とオリシャに視線を移し言った。
「我々がここに存在する理由が分かったところで時間切れのようです。この世界に未練はありますか?」
「いや、ない」
「では、ここでお別れです」
私は妻と娘たちに告げた。
「アリサ、レオ、そろそろ行こうか」
妻は不安そうな顔で言う。
「行くって、どこに?」
「この宇宙の外だ」
私は答える。
この世界の外へ行けば「宇宙に空いた穴」は完全に閉じるはずだ。そして、私たちがこの宇宙に存在し続ける限り、私たちの「人間を人間たらしめるもの」が脅かされることになる。それは「魂」と呼ばれるもの。私たちは人間であり人間でない。私たちの存在はパラドックスによって成立し続けている。だから「人間」という概念が存在するかぎり、私は「人間」を創ることをやめられないし、「宇宙」も消滅できない。それは私たちの存在を否定することに繋がるからだ。「宇宙に開いた宇宙に穴を開けないために、この世界を破壊する」。それしか方法はない。この世界で生きる人間たちには本当に申し訳ないが、もはやそれしかないのだ。
私は妻と子供たちを連れてオリシャ・ンラのもとへ歩いていった。オリシャは言った。
「最後にひとつ質問してもよろしいでしょうか? もしも生まれ変わるとしたら何になりたいですか?」
妻の目が一瞬だけ泳いだ。何か思うところがあったのだろう。しかし、すぐに彼女は答えた。
「もし叶うなら、もう一度、ママとして生まれて、パパの子供を生みたいかな」
「僕も同じ意見だね。でも、それだけじゃないんだよね? ほら、言ってごらん」
「……わたしが欲しいものは……」
「うん、なになに? 教えてくれるかい」
「わたしはもう一度、家族を持ちたい。今度は三人でも四人でもいい」
その言葉を聞いたとき、オリシャ・ンラは驚いたように目を見開き涙を流した。そして彼は静かに頭を垂れると、両手を合わせ祈った。
「……わかりました。その願い、聞き届けましょう」
次の瞬間、オリシャ・ンラは光に包まれ消滅した。この世界に存在した痕跡すら残さずに。
私は言う。
「行こう」
そして歩き出した。
妻も息子たちも私のあとに続く。
こうして私たち家族の新しい冒険が始まったのだった。
――――完――――
「……あれ」
ふっと、意識を取り戻した時。僕は暗闇の中にいた。
(ここは……どこだ?)
ぼんやりとする頭を振り、周囲を見回す。だが真っ暗で何も見えない。……確か……僕は…………。
(……そうだ!)
記憶を手繰り寄せて思い出した。そう、あの時………………。
「……あ」
その時、不意に明かりが灯る。眩しさのあまり、反射的に腕で目を覆ってしまう。
しばらくして光が落ち着き、視界を確保していくとそこには……。
「ようこそ。我らが城へ」
一人の少年と思しき人物が立っていた。年の頃は10歳ぐらいだろうか?……しかし妙な格好をしている。まるでファンタジー漫画に出て来る魔術師のような服装をしていた。しかも、その服の各所からはチューブのようなものが伸びている。それらはどう見ても普通の代物には見えなかった。
「君は……」
思わず尋ねようとしたが、声が出せなかった。喉の奥が渇き切っていたのだ。
「無理もないよ」
そんな僕の様子に気付いたのか、少年は近くのテーブルに置かれていた水差しを手に取り、コップに注ぐとこちらに差し出してきた。
「どうぞ」
「……」
恐る恐る受け取ると、一口、口に含んでみる。冷たい水が身体中に行き渡り、潤されていく感覚が心地良かった。
「……はぁ」
息を吐くと力が抜けた。少し落ち着いたようだ。
「ありがとう」
お礼を言うと、彼も笑みを浮かべながら応えてくれた。
「いいよ、別に。それより、ちょっと待っていて」
言いながら彼は立ち上がると、部屋から出て行った。恐らく他の誰かを呼びに行ったのだろう。
「ふう」
再び一人になった所で周囲を見渡す。
今居る場所は広い空間らしく、かなり天井が高い事が分かった。また、床一面に幾何学的な紋様が描かれており、何らかの魔法陣を思わせる。だが、描かれている線は複雑すぎてよく分からず、何を意味しているかまでは分からない。
次に気になったのは壁際に置かれている巨大な本棚である。こちらは高さ5mほどもある金属製で、中にはぎっしりと本が詰め込まれていた。ジャンルは雑多なようで、ファンタジー系の小説やゲームでよく見かけるモンスター図鑑などが見受けられる。他には宗教書と思われるものまで存在していた。
さらに部屋の隅には大きな檻があり、その中には一匹の大きな犬が寝転んでいた。体躯は中型犬ほどで、白い毛並みが特徴のその獣は僕の方にチラリと視線を向けると小さく鳴いてみせる。
(……この子にも見覚えがあるな)
確か名前はシロとか言っていた気がするけど……まぁ、合ってるかは自信が無いのでそこはスルーしておく事にしようと思う。
やがて扉の開く音がしたのでそちらに振り向くと先程の少年ともう一人、ローブを身に纏った老人が部屋に入ってきた所であった。老人の方は初めて見るが、少年の方はよく知っている。……というのも彼は僕の通う学校のクラスメイトであり、かつ親友でもあるのだから。
「……タツヤ」
呟いてみるもやはり反応は無い。彼の目はどこか虚ろであり、僕の方を向いていないように見える。
「お目覚めかね?」
老人が尋ねる。
「はい」
素直に答えた。何故なら他に出来る事など無いのだから。すると、満足そうに微笑む老人であったが、そこで表情を引き締めて僕を睨め付けた。
「さて、改めて名乗らせて貰おうかのう。私はアルスランと言う者じゃ」
その名前を聞いて内心驚いてしまう。アルスランといえばこの地方における有力な大魔導師の名前だ。彼が作ったと言われる様々な魔法道具はどれも非常に高値で取引されており、貴族達ですらおいそれと手が出せないと言われているらしい(以前、同級生の女子生徒が自慢気に話していたっけ)。もっとも目の前の相手が本人だという確証は何処にも無いのだが。
「お主は死んだのだよ」
いきなり言われて戸惑ってしまった。……僕が死んだ?いやいやまさか。
「えーと……何を言ってるんです?」
「おや?自覚していないのかい?だとしたら困ったものだけど……そうだね、ではこう言ったら分かるかな?」

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