34話 僕は勝ったのか?
精神世界の中で魔剣と戦い続けて、どれだけの時が過ぎたのだろう? 現実世界で覚えているのは、誰かに抱かれ、ベッドまで運ばれたことだ。そこからは奴を食うことだけに専念して、全くわからない。というか、構っている余裕がない。
『おい、クロード』
『何だよ、魔剣』
『もう、戦闘をやめないか?』
『はあ? どういうつもりだ?』
その手には乗らないぞ。戦闘をやめても、僕が魔剣を所持している限り、こいつはいつでも僕に戦闘を挑み続けてくる。今叩いておかないと、こっちの体力が尽きてしまう。
『私の思った通りだ。貴様は、私を持つに相応しい存在のようだな。お前を、我の主人として認めよう』
主人? 何を言っているんだ?
『気づいているだろう? 私もクロードも、もう限界に近い』
それは、感覚的にも理解している。
『それにだ、貴様は私に気付かぬよう、剣の周囲をギフトによる壁で囲み、他者に寄生させないよう封壁を施した。貴様を殺さない限り、絶対に解けないほどに強力なものだ。しかも、クロードの心はギフトの力に影響し、時間の経過と共に、どんどん強固になっていく。今の私では、お前の心を壊せそうにない。私にとって、これは敗北に等しい。お前は、私を屈服させたのだ。私として、まだ死にたくない。故に、クロードには私の主人となってもらい、私との共生を望む。お前も、私の攻撃力がどれ程高いのかをその身に感じているはずだ。どうだ?』
確かに、この魔剣ダーインスレイヴの攻撃力は脅威だ。それに、教会本部の宝物庫に保管されていた物を、無断で破壊していいのか疑問に思う。仮に、魔剣の破壊に成功したとしても、今度は教会側が僕を目の敵にする可能性がある。それじゃあ、不幸が連鎖してしまい、[神の死らせ]も消えない。ここは休戦して、僕が魔剣の主人として監視しておく方が得策かもしれない。
『その条件を呑もう。でも、何か如何わしい行為をしたら、その時は容赦なく破壊するからな』
『今後、無駄な殺生をしないことを誓おう。というか、そもそもその行為にも少々飽きてきたところだ。お前と共生した方が、スリリングな生を歩めそうだ』
『僕のモットーは、スローライフだ!!』
『私を屈服させ、あの気まぐれ女神にも目を付けられたお前がスローライフ? あははは、不可能だから諦めろ。今後、教会の教皇や聖女、王族も貴様に興味を抱き、接触を図ってくるぞ。ハラハラドキドキの冒険が、本格的に始まるな〜あ〜楽しみだ。どんな人生を歩むのかね〜』
こいつ、他人事だと思って楽しんでいるな!! とは言っても、魔剣の言っていることも事実だから、スローライフを望めないのは僕も賛同するよ。
『今後、君のことを何と呼べばいい? ダーインスレイヴか?』
女性の声と口調なんだけど、魔剣だから性もない。
ダーインスレイヴと呼び捨てで呼べばいいのか?
『やめろ!! 女神によって名付けられたその名前が、一番嫌いなんだ!! だが、それ以外で呼ばれると、イマイチしっくりこない……【インス】でいい』
一番嫌いと言っておきながら、間の文字を使うのかよ。
やっぱり、変な魔剣だ。
『わかったよインス、これから宜しく』
『ああ、宜しく頼む』
これで神の知らせの呪縛から解き放たれたのか疑問だけど、今はこれでいい。現実世界に目を向けよう。
○○○
ゆっくりと目を開けると、目の前にはミズセとエミルがいて、目覚めた僕を見て涙をこぼしている。特に、エミルの方は、何故か目を輝かせ、尊敬の眼差しで僕を見ている。
「クロード〜〜よかった〜〜〜目覚めたんだね〜〜〜」
ミズセが僕に右手を握り締めると、その温かさのおかげでここが現実世界だと実感できる。
「お兄ちゃん、凄いよ!! 聖女様でも敵わないあの魔剣を屈服させて、主人と認めさせたんだよ!! 凄いよ!!」
イマイチ、状況が飲み込めない。僕はベッドで寝ていて、周囲の壁も無傷ということは、ここは別の部屋だろう。
「ミズセ、僕が魔剣と戦い始めてから、何時間経過したの?」
二人とも、何故か僕の言葉に驚いている。
「クロードは、丸二日も戦い続けていたんだよ!! 実感がないの?」
二日だって!? 全然、実感が湧かない。それじゃあ、フランソワ様とソフィア様はどうなったんだ? 教皇様たちも、戻ってきているはずだ。
「全然、実感がない。こっちの状況を教えてほしい」
「うん、私から説明するね」
ミズセからここ二日間の状況を聞いたことで、当初僕がかなりまずい状況に陥っていたことを知る。夜明けを迎え、皆の出勤時間になったことで、教会3階の騒動が露見され、大勢の人々が僕たちの部屋へ押しかけてくる。そこでの惨状を見た者たちが、一斉に魔剣を持つ僕を非難し、その場で殺そうとしたらしいけど、その場にいたソフィア様とミズセが懸命にその行為を止めて、事情を説明したことで、駆けつけた者たちも事情を知ることになり、諸悪の根源となるソフィア様とフランソワ様は地下牢に入れられる。
その後、王城で滞在中の教皇様たちに直ちに通達され、ローラ、教皇様、枢機卿様、大司教様の4人が戻ってきて、気絶から復帰したエミルからも事情が説明されたことで、今の状況がかなり危険であることを知る。ここで、[僕ごと魔剣を葬り去る][魔剣と僕の状況を見守る]という二つの意見に分かれてしまい、判断は教皇様に委ねられ、[見守る]という選択が取られた。この選択により、この2日間、僕は厳重に保護されていたようだ。
そして、その間にソフィア様とフランソワ様の処罰も決まり、ソフィア様は聖女候補から外されるも、処罰は奉仕活動3ヶ月だけに留まり、フランソワ様は聖女候補の剥奪だけでなく、貴族籍も抹消され、最も過酷とされるシュライツァー修道院行きが決定した。準備が整うまでは、地下牢へ幽閉となる。
「なんか、ソフィア様への罰が手緩い気が?」
「それがね、二人から事情聴取した結果、今回のアイデアを発案決行したのは、全部フランソワ様なの。ソフィア様は彼女に唆されただけなんだって」
「それを信じろと?」
「ソフィア様には、女神様の加護が残っているの。それで更生の余地ありと判断されたの」
なるほど、確か[女神の加護(小)]だったかな。
それが残っているのなら、教皇様たちも厳しい処罰を与えられないか。
たった二日で、騒動自体を完全に収束させたのか。
さすが、教皇様だ。
「ははは、どうやら全てを知ったようだね」
部屋に入ってきたのは、威厳溢れる存在感と立派な口髭を持つ50歳くらいの男性だ。僕は、この男性を雑誌で知っている。慌ててベッドから起き上がろうとしたけど、全然力が入らなかった。