閑話 風使い、後輩、三人娘(末っ子) その六
しまった。本命はこっちっ!? 私は降ってくる炎柱を見て冷や汗をかく。これまで物理的な攻撃のみで、相手が魔法による追撃をしてこないと無意識に思ってしまっていた。
炎柱は見るとかなりの大きさがある。無詠唱の強風では防ぎきれず、詠唱有りでは間に合わない。
かといって先ほどのように無詠唱を重ね掛けようにも、今使ったばかりで連発が出来ない。
このまま走り抜けるのは範囲的に避けきれず、引き返して直撃を避けても爆風で大怪我は必至。逃げ場がないっ!
私一人だけなら全力で回避に専念すれば……でもそうなればネッツ達は間違いなくやられる。
炎柱が直撃するまであと僅か。どうする……どうすれば良い? とっさに使える分全てで少しでも相殺する? それとも風でむりやり回避? ダメっ! 考えがまとまらないっ!
「「エプリさんっ!」」
後方から聞こえるその言葉に、私は一瞬だけチラリと視線を向ける。顔に疲れが見えながらも、
「「任せてください(っす)っ!!」
最後尾を走る二人の半ば叫びに近い大声により、ほんの少しだけ諦めかけていた私の心に活が入る。
私は傭兵。護衛として依頼人を護る者。本来それは誰の手によるものでもなく自分の力で行うこと。……だけど、自分だけで出来ないからって諦めていては護衛なんて言えないわね。
「このまま走り抜けるわっ! 私が出来る限り散らすから……
覚悟は決まった。なら後は行動するだけ。私は足を止めることなく迫りくる炎柱を見据える。
「風刃っ!」
普通に風をぶつけても、生半可なものでは炎の勢いを強めるだけ。ならばより鋭く研ぎ澄ませたもので切り散らすっ!
私は周囲を探っていた風を攻撃に回し、風刃で炎柱を切り刻む。だけど、
「エプリさんっ!? まだ核がっ!」
「……っ!? やはり
ネッツの焦ったような声に、私も苦々しくそれを睨みつける。
炎柱の特徴は、
なので炎だけ散らしても、一抱えほどある大きさの核を防ぎきれなければ被害が出る。
だから……
「『どこでもショッピング』、カテゴリは槍。
「魔力、注入。……抜剣っ!」
私の後ろから、左右に別れて二つの影が走り出る。二人は壁の僅かな出っ張りや壁そのものを足場に、瞬く間に迫りくる炎柱の核の前に躍り出た。
よく見れば二人……オオバとソーメはそれぞれこれまで持っていなかった武器を持っていた。
オオバはどこかで見たことのある装飾の施された槍を、ソーメは持ち手から魔力が噴き出して薄青色の刀身となった剣をそれぞれ携え、構えも堂に入ったものだ。オオバに関しては以前武器屋で見た時とはまるで違う。
「せ~の……ちょいさ~っすっ!」
オオバがどこか気の抜けた掛け声と共に槍を投擲。槍はグングン速度を上げて核に到達し、そのまま貫いて打ち砕く。しかしまだ拳大の破片が大量に残っている。
「やあああっ!」
それはまるで舞踏を見ているよう。降り注ぐ破片をソーメが素早い身のこなしで切り払い、走り続ける私やネッツ達には一切届かせない。その舞踏は全ての破片が粉々になるまで続いた。
「ふい~。……今の内っすっ! 次が来る前に早いとこ逃げるっすよっ! どうっすかあたしの活躍は? 褒め称えてくれても良いっすよ!」
「皆止まらず走り抜けて! ソーメも早くこっちに。……もう後方の警戒は要らないわ」
「えっ!? ……は、はい!」
「ちょっと!? あたしを置いてかないでほしいっすよ~っ! だから殿は嫌っす~!」
調子に乗って鼻高々な
まずは安全を確保してからよ。叱るのも……礼を言うのもね。
「ふひ~。疲れたっす。もう後はさっさとセンパイ達を迎えに行ってぐっすり寝たいっすよ」
「私も、へとへと、です」
「……同感ね。私も、少し疲れたわ」
まあ疲れたと言っても、少し休めば戦闘続行できる程度だけど。……そしておそらくこの二人もそんな所ね。
私達はクラウドシープに乗り込み、ネッツの情報から衛兵隊の本隊が来る方角を目指していた。
周囲を微風を重ね掛けして探っているので、今なら大分離れた所でもそれらしい動きが有れば分かる自信がある。念の為追手の気配も探っていたが、どうやらその気配はなさそうだ。
「皆様。この度は本当にありがとうございました。深くお礼申し上げます」
「ネッツさんの、役に立てて、良かったです」
「……護衛として仕事をしただけよ。それに礼なら無事に合流してからにすることね」
ネッツ一同が頭を下げようとするのを軽く制する。そういうのは全部終わってからで良い。
「しっかし驚いたっすね。この羊さんの所に戻ったと思ったら、周囲に変な奴らが倒れてるんすから」
「……おそらく先回りしていたのでしょうね。だけど、クラウドシープを甘く見ていたのね」
「メエ~」
私の言葉に呼応するようにクラウドシープが高らかに鳴く。
気性がおとなしくこんな見た目で油断する者が多いけど、成獣のクラウドシープはれっきとした
高い防御力で並の魔法や武器では傷つけることが出来ず、その巨体を活かして敵に突撃していくのはかなり厄介だ。その上都市長直属のテイマーに躾けられているとなれば尚更だろう。
「けど倒れてる人達をそのままにして良かったんすか? 捕まえて話を聞くって手もあったっすよ?」
「……雇い主を護ること以外に首を突っ込むつもりは無いわ。それに乗せる人数を増やしたらそれだけ速度が落ちるし、取り戻すためになりふり構わず追手がかかる可能性もあったから避けただけ」
止めを刺すという手もあったけど、それこそ時間をかけて追撃されたら本末転倒だしね。
今再び探ってみると、倒れていた男達の反応は消えている。おそらく誰か起こしたか運んで行ったのだろう。
「にしても、よくあの時あたし達を信じて動いてくれたっすね。任せてくれたのはちょっち嬉しかったっすけど、我ながらよく任せる気になったなって思ったっすよ」
「私も、気になって、ました。どうして、ですか?」
「……別に。私一人で護り切るのは難しい場面で、可能性が有りそうなヒトが名乗りを上げたから任せただけよ。……最悪少しでも時間が稼げれば対処の仕様があるし、それぐらいはおそらく出来るって予想できたから」
そう。ある程度は予想出来ていた。この二人は少なくともそこそこの実力か、もしくは隠している何かがあると。
「う~ん。あたしエプリさんの前でそんな素振り見せましたっけ? それにソーメさんも」
「……最初にアナタの家で会った時、実力を訊ねた時にこう言ったわよね?
トキヒサの言動から想像するに、異世界はそれなりに平和な場所のようだ。そんな世界から急にこちらに飛ばされてそう言えるとなると、それだけの実力があるか余程強い加護かスキル持ちと考えられた。
「……一応それとなく観察していたけど、身のこなし自体はトキヒサより上だけど一流とは言い難い。なら加護かスキルだと踏んで任せたけど、どうやら当たっていたようね。武器屋で試し切りをした槍が出てきた時は少し驚いたけど。……あれは確か
「これはその、あんまり褒められた能力じゃないんで出来れば言いたくないんすよ。実質使い捨てにしてるみたいなもんですし……その内言えるようになったら言うっす」
「……なら良いわ」
護衛としては護衛対象の能力は把握しておきたい。言わないと言うなら聞き出すつもりだったけど、言う意思があるのなら待っても良いだろう。
ちなみに、決してオオバがすまなそうに目を伏せていたことに調子が狂わされたわけではない。無理やり聞き出すことで不和を招かないように配慮しただけのこと。
「次にソーメだけど……こちらも最初から大体察しはついていたわ。
「そうだったんですか?」
ソーメが驚いたような顔をするが、これくらいは普通に推測できると思う。そもそも夜の町を巡回するという時点で、最低限の実力が無ければ危険だ。
加護のことを考えれば、実力が無いなら教会で連絡役に徹するという選択肢もあった。そうしなかった時点で、
「……三人一緒に居ることに意味があると考えはしたけど、途中でアーメが一人で離脱した時点でその線は消える。ならやはり一人でも何とかなる実力があると考えた方が自然ね」
「よくそこまで相手のことを推察できるもんっすね。……エプリさんって探偵か何かっすか? その内椅子に座って話を聞くだけで謎を解いたりとかしそうっす」
「本当に、凄いです」
「……そんなに大したことはしていないつもりだけどね」
あと敢えて言わなかったが、先ほど衛兵達に見つかった時にこれらはほぼ確信に変わっていた。
武器を所持した男達に囲まれれば、まず普通なら身が竦む。でもオオバはどう見ても普段通りだし、ソーメも縮こまっているように見せながら服に仕込んだ何かを取り出そうとしていた。多分さっき使っていた魔力剣だろう。
こうしてどこか余裕が有るのを確認したので、私も最悪押し通る気で行動した。流石にそうでもなければあそこまで強引な手は使わない。……大抵は。
「お喋りはそこまで。少し先にかなりの数のヒトが集まっているのを感じるわ。……多分ネッツの言う衛兵隊の本隊だと思う」
そう伝えると、全員の雰囲気が大分和らいだ感じになった。
それと何故かオオバが「しかしその剣カッコいいっすね! ライト〇イバーかビーム〇ーベルかって感じっす!」などと訳の分からないことを言いながらソーメの魔力剣を見ている。ソーメも褒められて満更でもないのが何とも言えない。
と言っても後はネッツを送り届ければ護衛は完了。先ほどの場で衛兵達がまだ戦っているようだけど、それは本隊に任せるとしましょう。
ただ一つ気にかかるのは、あの仮面の男達の動向だ。周囲を探っているのにそれらしい反応がない。
さっき私は少しの間炎柱を迎撃するべく周囲の察知を止めた。そしてクラウドシープに乗り込む際、察知を再開した時にはもう仮面の男達を見失っていた。時間は長くても数分といった所だろう。
わずか数分で範囲外に逃れるのは難しい。少なくとも荷車を牽きながらではほぼ不可能だ。荷物だけ持って逃げるにしても、あの量をそのまま運ぶのは少し苦労する。
空属性持ちでも近くに居て転移で逃げた? その場合途中まで普通に移動して逃げるのは不自然だし、魔法を使えば前にクラウンと戦った時のように風が反応する。転移珠も同じ。あと考えられそうなことと言ったら、
「……風の届かない場所に入った?」
つまり反応が消えた辺りに、仮面の男の隠れ家か何かがあるという事になる。ただしその場合、下手に閉じこもったら追い詰められるだけなので、他にも何か有りそうなものだけど……。
まあこれ以上は私の考えることではないか。もう会うことはないだろうし、ネッツ達を無事届けたら最低限状況を説明して早くトキヒサと合流しなくては。
もうすぐ迎えに行くから、どうか何事もなく待っていなさいよ
「ところで、あたし達が自衛出来るって考えてたんなら、どうして護衛云々って言い続けてたんすか?」
「……自衛出来るかどうかは関係ないの。強かろうが弱かろうが、一緒に行く以上二人共私の護衛対象で護らない理由はないわ。だから……おとなしく護られていなさい」
「……何かセンパイがある意味気の毒になってきた気がするっす」
「これは……やっぱり強敵だよセプトちゃん」
普通に答えたら、二人の目が何とも言えないヒトを見るような目になった。何故かしらね?
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純粋な戦闘力だけなら大葉もソーメも時久より普通に上ですね。……まあ本人も言ったように、対象の強さは護らないという理由にはならないのでエプリは普通に護衛に付きますが。
少し間を置いて次回からまた時久視点に戻ります。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
読者様の反応は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!