閑話 ある『勇者』の王都暮らし その三
「ちょっと待って!? 色々理解が追いつかないんだけどっ! そもそも何で抜け出そうなんて?」
「そうだね。まずそこから説明しようか」
明は落ち着いた様子でテーブルに置かれた紅茶を一口飲む。
「優衣さんは憶えているかな? 最初にボク達がここに来た時の事を」
「……忘れられないよ」
あの日から私の世界は変わってしまった。この場合文字通りの意味で世界が変わったのだからしょうがないのかもしれないけど。
「急にこんな所に連れてこられて、『勇者』だって言われて、あの日の事を思い出さない日なんてない」
「……そうだね。その点はおそらくここに来た全員が思っていると思う。黒山さんも高城さんもね。じゃあ次の質問。今でも優衣さんは元の世界に帰りたいと思っている?」
「思っているに決まっているじゃない!」
当然だ。何故今更そんな事を。
「うん。それじゃあ続けて訊くけど、
「えっ!? それは……」
「その反応だとどちらもないみたいだね」
そう言って明は軽くため息をついた。
恥ずかしい。こうして指摘されるまで、流されるばかりで自分から帰る為の行動をまるでしていないのに気がついてしまったからだ。
今やっている訓練だって、最低限身を守る為に必要だからと
「……ごめんなさい」
「仕方ないよ。こんな状況じゃあね。……話を戻そうか。もうこの世界に来てから一月近く経つけど、城側からは“天命の石”の調査状況はまるで報告されていない。そこが問題なんだ」
私達が元の世界に戻るだけなら可能だと、以前王様は証言している。しかし今のまま戻ってはその時点でそれぞれ何らかの理由で死んでしまう可能性が高い。
『勇者』として呼ばれる理由の一つに
その戻った際の死を誤魔化せるという天命の石だけど、最後に確認されたのが魔族の国デムニス国らしい。王様はその石の所在について調査してくれるという話だったけど。
「それは調査が単に進んでいないからじゃない? 魔族の国ってくらいだから仲が悪いだろうし、襲撃があって移動用のゲートも壊されたから思うように移動できないとか」
「……それだけなら良いんだけどね。問題なのは、こちらに報告が一切ないという点なんだ。いくら調査が難航しているからって報告しないのは変だよね」
言われてみればその通りだ。この場合調査報告っていうのは、内容があまり進んでいなくても
「サラにそれとなく聞いてみたけど、詳しい事は聞かされていないみたいだった。黒山さんや高城さんも同じ。ここまで来ると可能性は二つだ。何か知らせるとマズイ事が分かってこちらに情報を与えないようにしているか、そもそも最初から調べるつもりが無いか」
「調べるつもりが無いって……まさかそんなっ!?」
「あくまで思いついた二つの可能性の一つだけどね。ボクとしても何かの間違いで報告が届いていないだけって思いたいよ。しかし向こうとしては好都合な展開なのも事実なんだ。天命の石が在る
信じたくない。何かの間違いだって叫びたい。だけど明の言葉を聞けば聞くほど国への不信感が募っていく。
「仮に何か適当な事を報告しようにも、黒山さんの心音の加護は相手の悪意や害意を感じ取る。騙そうとした瞬間にバレるから嘘は吐けない。ならもう不都合な事を隠すには沈黙しかない」
「じゃあ明は、この国が国ぐるみで私達を騙そうとしているって言うの?」
私の脳裏にこの国で会った人達が浮かぶ。確かに『勇者』の付き人として選ばれた人達が『勇者』の事を色々話していたのは以前聞いてしまった。だから必ずしも信用出来る訳じゃないのは分かる。
だけどイザスタさんやマリーちゃんみたいな人もいる。そういう人達も疑うのは何か違う気がする。
「今までの事がボクの壮大な勘違いって線もあり得る。そうあってほしいという信じる気持ちもあるしね。だからその確証を得る為に城中を調べたいんだ。優衣さんの力を貸してほしい」
そう言って、急に明は椅子から立ち上がると私に丁寧に頭を下げた。
「えっ!? 頭を上げてよっ!? そもそも私に何が出来るって言うの?」
「今日の訓練の時、優衣さんの月属性魔法“
「身代わりって……無理よっ! そんなに長く保っていられないし、そもそもなんで訓練の時間に?」
「これまで城の探検と言ってあちこち調べて、情報がありそうな部屋の目星はつけていたんだ。だけど見張りが居て通してはもらえなかった。そもそも『勇者』は人目につくから一人で行動するのは難しいんだ」
それは私も分かる。少し前にもサラさんが愚痴っていたからね。明はよく自分を撒いて一人で行動したがる。それこそあの手この手を使って逃げ出すから付き人も大変だって。
「夜中は特殊な魔法がかけられていて部屋を入退出した時点で気付かれる。だから昼間の内に、『勇者』の位置がはっきりしていて警戒が薄れる訓練中に抜け出そうと思ったんだ。普段急に優衣さんが魔法を使ったら驚かれるけど、訓練中なら不自然じゃないからね」
「理由は分かったけど……ダメだよ。私じゃ精々三十分が限界だし、姿を誤魔化せるだけで声や能力は真似できないもの。うっかり話しかけられたら言い訳も出来ないよ。それに貼り付ける何かだって必要になるんだもの」
「三十分もあればざっと調べて何とか戻ってこれるよ。それにボクも何か理由を付けて話しかけられない状況に持っていく。貼り付ける物もこちらで用意するよ」
問題点を一つずつ問題ないとばかりに返していくその姿は頼もしいの一言だ。だけど、
「……やっぱり無理。明だって知っているでしょう? 私が『勇者』の中では間違いなく一番の役立たずだって。月属性だって全然扱えないし、さっきイザスタさんはゆっくり自分の出来る事を見つければいいって言ってくれたけど、それだって……分からないの」
「優衣さん……」
私は絞り出すようにそう口にして俯く。皆が『勇者』だって言ってくれるけど、自分はただの女子高生なんだとこれまで何度も痛感している。
だけど明は違う。こんな状況でも何処か落ち着いていて、今だって私と違ってしっかりと考えて行動に移そうとしている。『勇者』とはこういう人なのだろうと間違いなく思える。私なんかが助けになれるとは思えない。
「……ボクは役立たずだなんて思わないよ」
明はどこか悲しそうな声でそう告げる。手伝えなくてごめんね。だけどこんな私じゃやはり力にはなれないと思う。誰か代わりの人を探すぐらいなら手伝えるかもしれないけど。
「ありがとうね。でも、やっぱり私は」
「話は聞かせてもらったわ!」
はっきりと断ろうとした時、その言葉を遮るように聞き覚えのある声がして扉がゆっくりと開いた。そこに立っていたのは、
「は~い! 面白そうな話をしているわねぇ。アタシも混ぜてもらっちゃダメかしらん?」
先ほど何か準備があるとかで、朝食が終わってすぐに別れたはずのイザスタさんだった。何でまたこんな所にっ!?
入って来たイザスタさんに、明は素早く警戒するような構えを取る。
「ちょっと何やってるの明っ!? イザスタさんに失礼でしょ!?」
「良いのよ! あんまり人に聞かれるのは良くなさそうだもんね。あっ! このクッキー貰うわよ」
イザスタさんはまるで気にしていないように予備の椅子に座ってクッキーを摘まむ。その様子を見て、明も落ち着いたのか構えを解く。
「すみません。少し神経が過敏になってました。……その、どの辺りから聞いてましたか?」
「う~ん……アキラちゃんが『今でも優衣さんは元の世界に帰りたいと思っている?』って言った辺りかしら。聞き耳を立てるつもりは無かったんだけど、扉をノックしようとしたらそんな会話が聞こえちゃってね。深刻そうだし入る機会を窺っていたの」
わりと最初の方だった。明も気のせいか顔色が悪い。
「ボクが今言った事を誰かに報告しますか?」
「えっ!? 別にしないけど?」
イザスタさんはそんな風に軽い調子で言う。この返しには明も僅かに唖然とする。
「だって面白そうじゃない! こっそり訓練を抜け出すなんてスリリングだし……まあ
「そう言えば今日の訓練はイザスタさんが主体で行うものだったわ。明よくそんな時を狙って抜け出そうなんて考えたね」
「……忘れてた」
忘れてたのっ!? 意外に明もうっかりしてる。そんな気持ちを込めて視線を投げかけると、明は少し顔を赤くして気まずそうに目を逸らした。ちょっと可愛い。
「さっき聞いた話をまとめると、訓練中にユイちゃんの月光幕でアキラちゃんの姿を何かに貼り付けて、それと入れ替わる形で城内を探索。部屋を調べたら月光幕の効果が切れるまでに戻ってまた入れ替わると。中々難しそうねぇ」
改めてまとめるととんでもない話だ。昼間だって巡回している兵士さんがいるし、私が明に手を貸す以前にいったいどうやって場内を調べるつもりなのだろう?
「ちなみにアキラちゃんは隠密行動に向いたスキルか加護が有ったりするの?」
「一応は。本職には及ばない程度ですが」
「あら意外! だけどそれならなんとかなりそうね」
イザスタさんが驚いているけど私も同じだ。明ったら強いだけでなくそんな事も出来たらしい。
「となると問題は入れ替わる時ね。ここでアキラちゃんはユイちゃんに月光幕を使ってもらうつもりだったけど」
「……ごめんなさい。私には無理だからって断っていたんです」
イザスタさんがチラリと視線をこちらに向けてきたので、私は申し訳ない気持ちで頭を下げる。
「分かったよ。これ以上無理強いする訳にはいかないからね。だけど困ったな。ボク自身の光魔法では離れたら数分くらいだし、それだけの時間じゃ流石に部屋を調べるのは無理だ」
「なんなら手伝ってあげましょうか?」
今回は諦めるしかないか。そう言いながら肩を落とす明に、イザスタさんが思わぬ提案をする。
「……手伝ってくれるんですか?」
「まあね! 水属性にもそういった魔法があるし、アキラちゃんが大まかに形作ったのをアタシが補強すれば暫くはいけるんじゃないかしらん」
「だけどタダじゃないんですよね?」
明の探るような声に、イザスタさんはう~んと指を顎に当てて少し考える。
「アタシ的には面白そうだからお代は要らない……と言いたいけど、どうも納得しない感じね。じゃあ一つ貸しって事で! 何か思いついたら言うわねん」
「ありがとうございますイザスタさんっ!! 良かったね明。イザスタさんが手伝ってくれるなら心強いよ」
「……そうだね」
どこか悩んでいるような素振りの明。だけど実際心強い手助けだ! ……私なんかと違って。
◇◆◇◆◇◆
困った時のイザスタさん登場ですっ! 大抵のことは力技で解決してくれますともっ! ……まあ欠点として、確実に事態がややこしくなりますが。
この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。
読者様の反応は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!