28章 切実な問題
ビールを運んだあと、シノブがこちらに戻ってきた。
「ミサキさんに会っていなかったら、店を閉めていました」
「そうなんですか?」
シノブは冷たい声を発する。
「焼きそば屋を始めたものの、やりがいを感じていませんでした。焼きそばづくりは、性に合っていなかったんです」
「あんなに上手に作れるのに・・・・・・」
「料理が上手=仕事が楽しいではありません。得意なこと、好きなことは異なります」
自分の好きなことを仕事にできるのは、ほんの一握りである。ほとんどの人間は、やりたくないことを強要される。
シノブは本音を漏らす。声は小さいはずなのに、大きな説得力を伴っていた。
「人員不足についても、店を閉めようと思った理由です。一人だけで営業するのは、体、心にきついです」
客としてやってきたときに、他の従業員の姿はなかった。
焼きそばだけを販売しているのは、従業員不足の影響を受けているのかな。他に働いている人
がいれば。餃子、から揚げなどを販売していたかもしれない。
「人を募集しないんですか?」
「求人を掲載しても、誰も応募しないんです。応募してこないことには、人を雇うことはできま
せん」
人員不足で悩む中小企業が浮かんできた。彼らも同じような気持ちになっているのだろうか。
「人がやってこない理由は、はっきりとしています。他の会社と比べて、給料が安すぎるんです。通常の半分の金額で、働きたいという人はいません」
こちらの世界の平均給料は、1時間で20ペソ。それだけのお金をもらえるなら、他の会社を選ぶのは必然だ。仕事は楽しさよりも、給料で選ぶ傾向が強い。給料をたくさんもらえることで、
生活は豊かになっていく。
カウンターから、大きな男性の声が聞こえる。
「シノブさん、ビールを10人前」
「ありがとうございます」
シノブはビールの準備をしている。後ろ姿を見ていると、接客業に対する思いが、伝わってく
るかのようだった。