唯一の出口
バーディは気を取り直すように続けた。
「ちなみに炎の魔法が得意か、水の魔法が得意かは見た目ですぐにわかるんです」
「髪の色?」
「そう、赤髪ならば炎、青髪ならば水が得意とされています」
「バーディは紫色だね」
「そうなんです。この髪色はどちらもそれなりという感じですね」
「どっちも得意!とかじゃないんだ」
「そういう人もごくまれにいます。どちらも得意だったり、その逆でどちらもいまいちだったり。赤髪なのに水の魔法が得意という人もいたりするので、あくまで目安にといった感じですね」
「もしそれがギリーにも当てはまるなら…」
少女のことばをギリーがつなぐ。
「炎の魔法が得意、ということになるな」
だがな、と続ける。
「感覚がつかめないんじゃ、どうしようもないな」
赤髪の青年はやれやれといったふうに言い放った。
「さて、これからについてなんだが」
集まった4人に向け、言う。
「外に出てみれるか、試してみようと思う」
「うん、そうだね」
ルーチャも賛同する。
「そうですか。なにか案があるなら、是非やってみてほしいです」
こうして脱出を試みることになった。
ふらふらと歩いていた昨日とは違い、まっすぐに出入り口のある施設へと向かっていく。
ルーチャはワンピースをマドリーに渡し、白のシャツに赤のベストへと着替えている。
「二人は出ようとしたことあるの?」
「いいえ」
バーディが答えた。
「ここに入った時、人間が言ったんです。ここはネズミ一匹通れない。出ようとすればどうなるか、試してみればいい。と」
バーディが扉の前にたどり着き、すんなりとドアを開ける。木製のドアは音もたたずにすっと開く。内から鉄のにおいが鼻につく。
「いくつか植物を投げ入れたりしてみたんです。こちら側には生物は植物しかいませんから」
中を見渡すと辺り一面銀、銀、銀。継ぎ目のあるだけの鉄板がいくつも張り付けられている。そんな殺風景な中身の気休めでもあるかのように、もう一つのドアが鎮座している。こちらも鋼鉄製。隣にはロック解除用の装置があった。バーディはそこを指さしながら言う。
「ここがそうです。少しやってみましょうか」
青年は持っていた木の葉を複数枚投げ込んだ。突如、静かに扉が閉まる。数秒後、空いた扉の中には、何もなかった。
「こうして跡形もなく消し去るということです」
「他に抜け道らしきものは?」
「ないですね。ここから出るためにはこのゲートをどうにかするしかありません」
「なるほどね」
そう言ってルーチャは黒い鞄をごそごそと探った。
まもなく彼女の手には小さな黒い機器が握られている。
「それは…スタンガン?」
バーディが聞く。ネロが機械を作っていた分、彼らも知っているのだろうか。
「そうだよ。ほんとはドライバーみたいな工具があったらいいんだけど」
母子は察したような素振りを見せる。
「それで…どうするんだ?」
「壊してみよう」
ルーチャがスタンガンを扉のロック機械に向かって撃った。
ほとばしる青白い閃光。バチバチという自然では決して聞かない音が立ち、機械は黒煙を上げ、焦げ臭いにおいがあたりに漂う。
「よし、バーディ。やってみて」
バーディは頷き、再び葉を数枚放り込む。
何も起こらない。葉は消し去られることなく、そこにある。
「よし、行ってみよう」
ルーチャが先頭になり、歩いていく。
ゲートは何も言わない。
が、ルーチャの後に続いていたギリーが踏み出した瞬間
ビーッビーッビーッ
けたたましい警報音が鳴り響きドアが閉まる。前後にいたルーチャとバーディは間一髪でよけたが、ギリーは閉じ込められた。頭の上にいくつもの赤い線で作られた一枚天井が出来上がる。そうして
「う…」
声を上げる間もなく、熱線の壁が降ろされたのだった。
「…はっ!」
目を覚ます。木製の天井。体は布団に入っている。辺りを見渡す。小部屋にいる。窓からは鳥かごの骨組みと灰色の天井。部屋の中はいくつもの本に囲まれた壁。立派な机と椅子、その上にペンが見える。
死んだと思った瞬間、さっきいたところとはまるで違う景色が見える。夢ではない。はっきりとした意識があり、体は空気を求め、生命活動を続けている。前に同じような体験をした。これは…
「転生、か」
つぶやくと、口は少ししわがれた、穏やかな声を放った。いつもの少し高めの良く通る青年の声ではない。着ているのは寝巻だろうか。灰色のローブを体にまとっている。
身を起こし、ゆっくりと立ち上がる。慣れない体でよろよろと歩いていき、ドアを開ける。やはりそうだ。この景色は知っている。鳥かごの中にあるたった一つの家。その2階だ。
隣のドアはさっき服を着替えた部屋だ。見知った廊下を歩き、階段を下りる。1階の木製のドアを開け、さらに右手に見えるもう一つのドアを開ける。ここには洗面台がある。ギリーは鏡を見て、自分の姿を確認した。目元は少しやつれているが、バーディにそのまま齢を取らせたような大きな目、そこに覆いかぶさる二重、高い鼻に薄い唇を備えている。
ともかく、彼らの元に行こう。これをあの3人に伝えねば。
動くこと自体が久しぶりな体は走ることを拒む。ギリーははやる気持ちとは裏腹に、ゆっくり、ゆっくりと3人のいる場へ歩いていくのだった。