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黒き意識

「いくぞおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

俺の声に硬直した人獣の集団に向かってまずはご挨拶代わりに一撃。さっきまで椅子代わりに使っていた切り株を投げつけてやった。
はるか遠くでぐしゃりと音がして、奴らの悲鳴が俺の耳にまで届いた。

まだある、今度は俺の背丈の倍くらいの巨大な丸太を抱えてひと振り、奇声を上げて小粒な人獣たちは水しぶきのように飛び散ってゆき、潰れた血の塊だけが残されていった。
それを皮切りに、今度は一斉に俺たちに向かって波が押し寄せてきた。

そうだ、俺にだって集団戦における戦いのセオリーはあるんだ。何百回と親方から叩き込まれたやつが。
自分の武器が全力で振れるだけの距離は常時確保しろ。殴り合いでもない限り密着するのはできるだけ避けるんだ。
こんな蟻の大群みたいなものにとりつかれたら一瞬で終わりになっちまう。そう、さっきのマティエのようにだ。

とにかく、散らせ。間隔をあけろ。全力で振り抜け。この三つさえ貫けば、あとは体力の続く限り俺たちの方がひたすら有利に持ち込めるんだって。こんな時に役に立つとは思わなかった。地獄にいる親方に感謝だ。けど俺はまだ死ぬ予定はないぜ。

エッザールは大きな幅広のサーベルと盾を駆使して、一匹ずつ倒してゆく堅実な戦いっぷりを見せている。俺みたいな荒いスタイルとは大違いだ。それはあいつの喋り方にも表れているしな。

イーグはというと……こいつ過去に拳闘でもやっていたのかな。俺たちより小柄な体格、けど骨太の手足。
それを生かして、両手につけた籠手兼用の巨大なダガーで、相手を一撃で殴り、そして刺し殺す。
結構フットワークもいいんだ……正直斥候で終わらすにはもったいないんじゃないかって思えるくらい。

そしてマティエ。さっきまで死にそうだったっつーのに、この回復っぷりは一体何なんだ!?
やっぱ酒なのか……そうなのか。ラザトみたいにこいつも酒が原動力みたいだな。とはいえ酒が切れたときが怖い。大丈夫とは言ってもこの女、結構強がりっぽいところはあるしな。

……え?
なんで俺は全員の心配なんてしてるんだ?
みんな大丈夫って言ってるのに、俺の鼻をぺたぺた触ってディナレの加護があるとか抜かしてたのに。
俺だけひとり、こんな意識も消えるくらいの、敵も味方も分からなくなるほどの乱戦で、何故だか仲間たち一人一人の観察までしてるし。

……バカじゃねえのか、俺。
一体俺はなにしてるんだっていうと……やっぱりそうだ。人獣たちは俺を指揮官的なものとして見ているっぽい。俺の方へと大挙して押し寄せてきている。
折れた丸太をいつもの大斧に持ち替えて、俺はひたすら振り回した。一振りで十匹くらいの蟻共が、首から胴から真っ二つにされてすっ飛んでゆく。これの繰り返しだ。いったい何匹くらい殺したのか……おそらくいま、空に瞬いている星の数くらいだろうな。
そっか、星の光がだんだん明るくなってきているのって、こいつらが死んで星になっていってるからかもしれない。

しかし、斬っても切っても人獣の数は減っては来ない。
こいつら……もとはオコニドの兵士だったっけか。それほどまでに兵士がいたってことなのか。それにしたって数が多すぎねえか。いいかげん、腕が、重く……

そのうち、だんだんと俺の耳から、あらゆる音が遠ざかってきているのが感じられた。耳が遠くなっているんじゃない。音が俺を避けてきているかのような、言葉にしづらい不思議な感覚。

耳だけじゃない。今度は俺の視界が黒く染まってきやがった。これも……そう、真夜中だからじゃない。それに相手は火矢も放ってきている。それが森の木々に引火して、まぶしいくらいに燃え盛ってきているっていうのに……だ。

煙で目がやられてきているのか? いやそれも違う。
血が目に入ったか? ためしに顔をぬぐっても、全然汚れてもいない。

……あれ? いったい俺って何をしていたんだっけ?
畑仕事だったか、それとも近所の家の修繕をしてたんだっけか。
なんだろう、頭の中が、まるで溶けちまうかのようにふわりと、でもってぐにゃりと、ゆっくり、じかんが。

ああ、そうだ、おれはたたかっているんだっけ。でもおれひとりじゃなかったきがする。

時間がゆっくりと流れている。周りを見渡すと、マティエが、イーグが、そしてエッザールが、疲れで動きの鈍った隙に乗じて人獣の大群から反撃を受けていた。

だめだ、だめだ、てをゆるめちゃだめだ。じゃないとぜんめつしちまう。

そんな俺の胸元に、一本の矢がぐさりと突き刺さった。
けど痛みは全然感じられない。血も出ているか分からない。
今度は立て続けに、背中に、太ももに……

だめだ、だめだ、たちどまっちゃだめだ。じゃないとみんなやられちまう。

視界を覆っていた黒いものが、だんだんと目の奥から頭の奥へと侵入する感覚。
ダメだろラッシュ。おまえは狼聖母ディナレの加護を、聖痕を背負っている存在なんだから、こんなところで倒れてちゃいけない。
俺が俺に言い聞かせている。けどそうしている間にも、人獣は俺に襲い掛かってきている。俺はいま何をしているんだ。
ディナレ。ディナレっていったい何だっけ?

「かあ……さん?」

突然、そんな意図しない言葉が俺の胸の奥底から漏れ出て、

意識が、真っ黒に倒れた。

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